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麻生三郎【あそう さぶろう】

美術人名辞典

麻生三郎
洋画家。東京生。初め小林萬吾主宰の同舟舎で素描を学ぶ。太平洋美術学校中退後、渡欧。のち美術文化協会新人画会を結成、自由美会会員となる。同会退会後は無所属として個展を中心に活躍。日本国際美術展優秀賞・芸術選奨文部大臣賞受賞。武蔵野美大教授。平成12年(2000)歿、87才。

出典:(株)思文閣

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

麻生三郎 あそう-さぶろう
1913-2000 昭和-平成時代の洋画家。
大正2年3月23日生まれ。昭和14年美術文化協会,18年松本竣介らと新人画会を結成した。22-39年自由美術家協会会員。34年日本国際美術展で「家族」が優秀賞。38年「人と雲」ほかで芸術選奨。武蔵野美大教授。平成12年4月5日死去。87歳。東京出身。太平洋美術学校中退。

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

あそうさぶろう【麻生三郎】
1913(大正2)‐
画家。東京の京橋鉄砲洲に生まれ,明治学院中等部時代に白馬会系の小林万吾主宰の同舟舎に通う。東京美術学校の受験に失敗して太平洋美術学校に入り,松本竣介,寺田政明,靉光らと親交。1938年井上長三郎と渡欧し,帰国後に《イタリア紀行》(1940)を出版。福沢一郎を中心に結成されたシュルレアリスムグループ〈美術文化協会〉に参加して,内省的な自画像を発表する。戦時下にあって作家的良心を貫く〈新人画会〉の結成にも加わって抵抗の姿勢を保持。

出典:株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

麻生三郎
あそうさぶろう
[生]1913.3.23. 東京,東京
[没]2000.4.5. 神奈川,川崎
洋画家。人間の内面を深く見つめ,存在の根源的イメージを追求した重厚な作品が特徴。隅田川沿いの炭問屋に生まれた。明治学院中学部を卒業後,小林万吾が主宰する同舟舎洋画研究所を経て,1930年太平洋美術学校(→太平洋画会)選科に入学。1933年に退学し,1938年に渡欧。約 1年間フランスベルギーイタリアを放浪した。1943年松本竣介靉光(あいみつ)ら気鋭の画家たちと美術集団,新人画会を結成し,第2次世界大戦中の暗い時代への抵抗をみせた。戦後の 1947年に自由美術家協会に参加し会員となり,1964年まで在籍した。1950年代後半の代表作『赤い空』シリーズは人間のいる都市を描いたが,ほとんどの作品は人物がモチーフで,厚く絵の具を塗り重ねた暗い紫色の画面にぼんやりと浮かび上がる。1952~81年には武蔵野美術大学で教鞭をとり,後進を育成した。1963年『人と雲』ほかで芸術選奨文部大臣賞を受賞。代表作に『人』(1960)がある。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

麻生三郎
あそうさぶろう
(1913―2000)
洋画家。東京生まれ。1930年(昭和5)明治学院中等部を卒業。同校在学中に油絵を描き始め、卒業後、太平洋美術学校に学び、制作を本格化させる。また、そこで松本竣介、寺田政明(1912―1989)らと知り合う。1936年同世代の作家が多く集まったエコール・ド・東京展結成に参加。1938年渡欧して各国を巡遊する。1939年福沢一郎を中心とする美術文化協会創立に参加、1943年松本、寺田らと新人画会を結成。第二次世界大戦の戦況が激化するなかで発表を続ける。第二次世界大戦後は1947~1964年(昭和22~39)自由美術家協会の会員、1959年より武蔵野(むさしの)美術学校(現、武蔵野美術大学)の教授を1981年まで務め、名誉教授となった。1959年第5回日本国際美術展で優秀賞を受け、1963年芸術選奨文部大臣賞を受賞する。第二次世界大戦後から一貫して、厚く塗り込めた画面のなかに現代の人間像をさまざまに追求。1979年には東京都美術館で、1994年(平成6)には神奈川県立近代美術館などで大回顧展を開いた。代表作に『赤い空』シリーズ、『人』などがある。[小倉忠夫・柳沢秀行]
『『麻生三郎デッサン集』(1973・南天子画廊) ▽麻生三郎ほか画『創立20周年記念版画集』(1979・南天子画廊) ▽『麻生三郎作品集』(1983・南天子画廊) ▽粟津則雄著『日本洋画22人の闘い』(1988・新潮社) ▽『絵そして人、時』(1994・中央公論美術出版) ▽神奈川県立近代美術館ほか編『麻生三郎展』(1994・神奈川県立近代美術館)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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