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高麗【こうらい】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

高麗
こうらい
Koryǒ
朝鮮,統一新羅朝鮮王朝 (李朝) との間の王朝名,国名 (918~1392) 。始祖の名を取って王氏高麗ともいう。新羅末期各地に豪族が起ったが,開京に拠って建国した王建は天授 18 (935) 年新羅を降伏させ,翌年,後百済 (こうひゃくさい) を滅ぼし,朝鮮半島のほぼ全域を掌握した。 10世紀末頃の成宗時代には政治の基礎も固まった。しかし固定し貴族化した官人層は互いに派閥を形成し,反乱が相次いだ。この間に外には契丹女真の圧力が加わり,特に契丹軍は一時王都を陥落させたこともある。こうした内外の政情は次第に武人の勢力を高め,なかでも崔氏一族は国王の権威をしのぐほどの有力者になった。王氏政権が武人崔氏によって左右されていた頃,侵入したのがモンゴル軍であった。高麗朝は高宗 19 (1232) 年,崔氏のすすめによって江華島に都を移したが,モンゴル軍は朝鮮全土を侵略したので,国王はやむなく降伏し,以後元の属国となった。 14世紀後半,中国で朱元璋 (洪武帝) が明を建てると,モンゴル人は北に逃れたが,なお北元と称した。高麗朝でも親元派,親明派の2派が対立した。このとき親明派の李成桂は有名な「威化島の回軍」というクーデターを行なって王都に帰り,やがて恭譲王に代り太祖1 (1392) 年開京で即位し,李氏朝鮮,すなわち朝鮮王朝が成立,高麗は滅亡した。高麗の社会上の問題は貴族や武人支配層による大土地所有の進行,すなわち荘園化とその対策で,それは朝鮮王朝の田制改革まで持越された。また中国から科挙制を導入したが事実上は文武高官の家柄が支配的で,次代のヤンバン (両班)制の基礎となった。高麗の文化としては仏教が国教の待遇を受け,庶民にまで行き渡った。特にモンゴル軍襲来の頃,大蔵経開板を行なったことは有名で,その板木は海印寺に現存して朝鮮の代表的文化遺産となっている (→高麗板大蔵経 ) 。また高麗末頃にすでにヨーロッパに先んじて活字がつくられていたという説もある。さらに陶磁器も宋の製法を取入れながら,上質の陶土と相まって高麗独自の象眼青磁や白磁が主として中部,南部の窯場でつくられ,その現存の逸品は世界的に名高い。

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デジタル大辞泉

こうらい〔カウライ〕【高麗】

朝鮮の王朝の一。936年、王建が朝鮮半島全土を統一して建国。都は開城。仏教文化が栄えたが、13世紀には服属。1392年、李成桂(りせいけい)に滅ぼされた。こま。
高句麗(こうくり)、また、広く朝鮮異称
高麗縁(こうらいべり)」の略。

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こま【高麗/狛】
朝鮮半島古代の国名である高句麗(こうくり)。または、高麗(こうらい)
名詞の上に付いて、それが高麗から伝来したものの意を表す。「高麗楽」

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世界大百科事典 第2版

こうらい【高麗 Koryŏ】
朝鮮の王朝。918‐1392年(図)。かつて日本では高句麗とともに高麗を〈こま〉と呼んだ。英語のKoreaは高麗の朝鮮語音コリョのなまったものである。 高麗時代の特色は,第1に朝鮮史上初めて統一国家が出現したことである。新羅時代には,高句麗の後継者である渤海国が北方(中国東北地方)にあり,南北に2国家が並立していた。高麗成立の直後に渤海が契丹に滅ぼされ(926),多数の遺民が高麗に移ってきた。これによって従来南北に分かれていた朝鮮人が高麗の下に統合された。

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こま【高麗】

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大辞林 第三版

こうらい【高麗】
王建が建てた朝鮮の王朝(918~1392)。都は開城。936年朝鮮半島を統一し、仏教を尊崇して栄えたが、一三世紀に元に服属、一四世紀に倭寇わこうの侵入で弱まり李成桂りせいけいに滅ぼされた。
◇ かつて日本で、朝鮮の別名。こま。

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動植物名よみかた辞典 普及版

高麗 (コウライ)
植物。イネ科一年草,園芸植物,薬用植物。トウモロコシの別称

出典:日外アソシエーツ「動植物名よみかた辞典 普及版」
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精選版 日本国語大辞典

こうらい カウライ【高麗】
(「らい」は「麗」の音)
[1]
[一] 朝鮮王朝の一つ。九一八年、王建が建国。王都は開城。新羅、百済を征服し、九三六年に半島を統一。一二五八年、崔氏滅亡を機に元の属国となり、元の日本遠征(元寇)に協力し衰退。一三九二年、李成桂によって滅ぼされた。高麗朝。
[二] 日本でいう朝鮮半島の別名。高句麗(こうくり)。こま。
[2] 〘名〙
① 高麗から輸入された錦織物。高麗錦(こまにしき)
※宇津保(970‐999頃)吹上下「かうらいのあげばり十一間を、鱗(いろこ)の如く打ちたり」
※枕(10C終)二七七「ことさらに御座といふ畳のさまにて、高麗など、いときよらなり」
※虎寛本狂言・子盗人(室町末‐近世初)「この茶碗は疑ひもない高麗であらう」

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