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辞書

【ゆき】

日本大百科全書(ニッポニカ)

雪(snow)
ゆき
snow

雪の語義

雪ということばは次の三つの意味で使われている。第一は、水蒸気が雲のなかで昇華凝結してできた氷粒子をさし、雪結晶を意味する。第二は、雪が降る現象、すなわち降雪の意味である。第三は、降り積もった雪のことで、積雪を意味する。日本では、降る雪は古くから花にたとえられ、雪花、六花とよばれていた。日本文化の中心であった奈良や京都では、雪は、純白ではかない優雅なもので、月や花とともに風流の代表ととらえられていた。『万葉集(まんようしゅう)』『枕草子(まくらのそうし)』『源氏(げんじ)物語』その他の多くの文学作品にも、雪はこのような意味で頻繁に登場している。これに対して、数か月も深い雪に閉ざされる雪国の生活において、雪はそのような優雅なものではなく、生命や生活をおびやかす脅威でもあった。このような雪国の状況は、江戸後期の越後(えちご)の文人、鈴木牧之(ぼくし)の『北越雪譜(ほくえつせっぷ)』(初編1837年刊)によって広く紹介された。
 日本の国土の約半分は最大積雪深が50センチメートルを超えるので、日本人にとって雪はそれほど珍しいものではない。しかし、世界の国々のなかで日本が多雪国といわれるのは、日本海側の多雪地域にも多くの人たちが住み、活発な社会生活、生産活動を行っているためである。今日それらの地域では、雪による悪影響や被害を防ぐだけでなく、雪のもっている特長を認識し、逆にそれを利用する試みが続けられている。[前野紀一]

雪の科学


雪の研究
雪の科学研究として、本項では雪結晶の研究と積雪の研究に分けて述べる。第一の雪結晶の研究は、ドイツの天文学者J・ケプラーの『新年の贈物――六角の雪』(1611)以来、世界各国で進められ、数えきれない程多くのスケッチや顕微鏡観察が残っている。日本では、下総古河(しもうさこが)の城主土井利位(どいとしつら)がまとめた『雪華図説(せっかずせつ)』(1832年=天保3)とアメリカのW・A・ベントレーとハンフリーズW. J. Humphreysによる『Snow Crystals』(1931)がよく知られている。『雪華図説』は、顕微鏡観察の結果を筆でスケッチした木版刷りの小冊子であり、『Snow Crystals』は、雪結晶の本格的な顕微鏡写真集である。とくに後者は今日でも世界中のデザインに利用されている。
 雪結晶の科学的研究は、日本の中谷宇吉郎(なかやうきちろう)によって始められた。中谷は天然の雪結晶の顕微鏡観察を精力的に進め、雪結晶の分類を行った。そして、その結果を実験室のなかで再現するために対流型の人工雪実験を行い、雪結晶の外形と成長条件(温度と過飽和度)の間の関係を見出した。同様の人工雪実験は、イギリスのメーソンB. J. Masonと日本の小林禎作(ていさく)(1925―1987)らにより、中谷が使用した対流型装置だけでなく、より精度の高い拡散型人工雪装置を用いて進められ、雪結晶の形と温度、過飽和度の関係を示すダイヤグラムが完成した。この結果、温度と過飽和度を指定すると、その条件で成長する雪結晶の形がわかり、逆に雪結晶の形を見ると、その結晶が成長した場の温度と過飽和度が推定できるようになった。中谷はこのことを「雪は天から送られた手紙である」と表現した。このダイヤグラムは「中谷ダイヤグラム」とよばれることもあるが、正確には「中谷・メーソン・小林ダイヤグラム」とよばれるべきである。その理由は、中谷がいくつかの報告書に発表し、現在でもときどき引用されるダイヤグラムの過飽和度(縦軸)の値は、人工雪実験での水分測定法が適切でなかったため正しくなく、そのため雪結晶の形、温度、過飽和度の関係を正確に示してはいないからである。この点を修正し、かつメーソン、小林らの測定結果も加味した正しいダイヤグラムは小林によって作成され発表された。それが「中谷・メーソン・小林ダイヤグラム」である。しかし、ダイヤグラムの意味を示すために個人名は必要ない。「雪結晶の成長形ダイヤグラム」という呼び名が望ましい。
 もう一つの雪の研究は積雪の研究である。雪国で社会生活や生産活動が円滑に進むためには、美しい雪結晶の形やでき方の研究だけではなく、降り積もった雪の構造や性質の研究が重要となる。家屋や橋などの建造物に雪はどのような力を及ぼすのか、効率的な除雪や融雪はどうすればよいのか、雪崩(なだれ)や吹雪(ふぶき)を防ぐにはどのような対策をすればよいのか、などの多くの雪氷問題を解決するために、積もった雪そのものの実態と物性の研究が要求された。このような研究は、世界の多くの雪氷国で進められたが、そのなかで、20世紀初頭から行われた日本とスイスの研究が特筆される。日本では、山形、新潟、北海道などの積雪地域に設置された公的機関、大学、その他の雪氷研究者が、雪に関する実験、観測、理論研究を精力的に進め、多くの成果をあげた。なかでも北海道大学の吉田順五(1908―1992)らは、雪の微細構造、力学的性質、電気的性質、熱的性質、光・音響的性質、などの広い物性について詳細な研究を実施し、今日世界に認められている雪の科学的理解の体系化の基礎を築いた。[前野紀一]
雪結晶の分類と成長形・晶癖変化
自然に降る雪結晶の形としては、六角板や6本の枝が中心から放射状に伸びた星状・樹枝状がよく知られているが、そのほか、降るときの気象条件に応じて、六角柱、針、あるいはそれらが立体的に組み合わさった多結晶構造のものなどがある。大きさは普通0.1~5ミリメートルで、おおよその形は肉眼でも識別できる。樹枝状などではまれに10ミリメートルを超すものもある。大きさ0.1ミリメートル以下の雪結晶は氷晶(ひょうしょう)とよばれ、形は単純な六角柱や六角板が多い。アラスカや極地などで気温が零下30℃近くに下がると、地表付近の霧が氷晶化して、氷霧(こおりぎり)あるいはダイヤモンド・ダストとよばれている。ダイヤモンド・ダストは、日本でも北海道の寒冷地でときどき観測される。
 雪結晶は、中谷宇吉郎の分類によれば、大分類で7種類(針状結晶、角柱状結晶、板状結晶、角柱・板状組み合わせ、交差角板、雲粒付結晶、無定形)、小分類では41種類に分けられる。さらに気象学的要素を考慮した孫野長治(まごのちょうじ)(1916―1985)らの分類によれば80種類に分類される。しかし、実際上は、国際雪氷委員会が1949年に制定した10分類(角板、樹枝、角柱、針、立体樹枝、つづみ、不規則、あられ、凍雨、雹(ひょう))が実用されている。は中谷宇吉郎による雪の結晶の一般分類であり、写真はそのうちの代表的なものの顕微鏡写真である。
 雪結晶は氷の結晶であるから、水分子は六方晶系の配列をしており、したがって、雪結晶の外形は、理想的な熱力学的平衡状態では六角柱と考えられている。われわれが目にする雪結晶の形は成長形であり、成長場の温度と過飽和度によってつくりあげられた形である。温度と過飽和度が違えば、水分子の氷結晶への取込まれ方が異なるため、雪結晶の形も違ったものになる。このような条件の違いによる成長形の変化は、晶癖(しょうへき)変化とよばれる。中谷宇吉郎、B・J・メーソン、小林禎作の人工雪実験は、雪結晶の晶癖変化を調べるための実験であった。彼らの実験結果によれば、雪結晶の晶癖は、平衡形である六角柱が長さ方向(すなわちc軸方向)に伸びるか、それに垂直な方向(すなわちa軸方向)に伸びるか、によって決まる。c軸方向に伸びれば針や角柱結晶となるし、a軸方向に伸びれば角板や樹枝状結晶となる。人工雪実験によれば、この晶癖変化は、零下4℃、零下10℃、零下22℃を境に起こる。このような境界温度は自然の雲のなかでしばしば現れるため、いろいろな形の雪結晶が生み出される。[小林禎作・前野紀一]
雪の分類と構造変化
日本雪氷学会によれば、積雪は4種類に分類される。積もったばかりの「新雪」は、降ってきたときの結晶形をとどめているが、結晶どうしの結び付きは緩く、密度も50~150キログラム毎立方メートル(kg/m3)と小さい。時間の経過につれて雪は自らの重みで圧密し、構造が緻密化してゆく。このとき雪粒子表面の凹凸は減少して丸味を帯び、同時に粒子間の結合が成長する。この状態の雪は「しまり雪」とよばれる。日本では春になると雪は融けてしまうが、氷河や氷床が発達する寒冷地や多雪地では、この雪の変化過程がいつまでも続く。その結果、雪は最終的に氷に変化する。雪が氷に変わる境界は、雪氷学では密度820~840キログラム毎立方メートルと決められている。この密度は、雪に含まれる空隙間の連結がなくなる状態に対応している。すなわち、雪は氷と空気の混合物であるが、空気に注目したとき、通気性のあるものが雪、通気性を失ったものが氷である。なお、春先になって融解と再凍結を繰返した大粒の雪は「ざらめ雪」とよばれ、温度勾配のもとで雪質の変化した雪は「霜ざらめ雪」とよばれる。[前野紀一]
雪の性質
雪の性質のほとんどは、雪が氷粒子と空気の混合物であることに深い関係がある。たとえば、雪が白く見えるのもこのためである。個々の氷粒子は透明であるが、それらが集まった雪は白い。これは、雪に入射した光は、氷粒子で反射や屈折をするが、結局は吸収されずに出てくるからである。これは、透明なガラスを粉々に砕くと白く見えるのと同じである。日射に対する雪の反射率(アルベド、反射能ともいう)は雪の種類によって違う。新雪で80~90%、古い雪で65~80%の程度である。汚れた雪では30~45%にまで下がる。
 氷と同じように、雪も粘弾性を示す。雪を急速に押すと壊れるが、ゆっくり押すと破壊せずに縮む。急速な力が加えられたとき、雪の内部では氷粒子や結合が破壊する。しかし、緩慢な力の場合、氷粒子と結合は破壊せず、伸びたり曲がったりして、全体が圧縮する。このような粘弾性は、氷そのものの性質に加えて、雪が氷粒子と空気の混合物であることに起因する。
 雪のいろいろな物性、たとえば破壊強度も、熱伝導度も、電気伝導度も、雪の密度が増すほど増える。雪が氷粒子と空気の単純な混合物であるならば、密度がわかると雪の物性は氷と空気の物性から簡単に計算できるはずである。しかし、実際上、雪は単純な混合物ではない。たとえば、密度250キログラム毎立方メートル(kg/m3)の同じ「しまり雪」の熱伝導度でも、報告されている値は0.1~0.3ワット毎メートル毎ケルビン(W/m.K)の幅がある。これは測定誤差によるのではなく、雪を構成する氷粒子の大きさ、形、配列、結合などが違うためである。なかでも、氷粒子間の結合の度合いが違うためである。同じ密度の雪でも、粒子間の結合が発達していれば熱を効率的に伝達する。この状況は、他のほとんどすべての雪の物性について同じである。
 雪が氷粒子と空気の混合物で、かつ粒子間には結合が発達していることに関連して、次の2点が重要である。
(1)雪の物性の多くは、おおよそ密度で決まるが、詳細は内部構造、とくに氷粒子間の結合の度合いによって決まる。
(2)雪の物性は時間とともに変化する。これは、雪の構造が降り積もった瞬間から変化しているためである。
雪の種類と物性を取扱うときは、以上の2点をつねに念頭に置かねばならない。[前野紀一]
雪の分布
冬の最初に降る雪が初雪(はつゆき)で、山の頂上付近が初めて雪をかぶるのを初冠雪(はつかんせつ)という。これらはたいてい消えてしまうことが多いが、冬が進むにつれ、一度降った雪が消えないうちに次の雪が降るというように、地面を積雪が覆うようになる。気象台で使われる積雪の定義は、観測場所の周囲の地面が半分以上雪に覆われた状態をいう。積雪の深さを測るには、適当な場所にセンチメートル目盛りを刻んだ雪尺(ゆきしゃく)とよばれる棒を鉛直に立てて読み取る。ある場所の積雪を全部融かしたときの水の深さを積算相当水量といい、普通、雨量と同じミリメートル単位で表す。
 日本は世界的にみて多雪国といわれるが、北海道から本州中部にかけて日本海に面した地域はとくに雪が多い。東京・大阪などの太平洋側では、積雪日数が10日以下なのに対し、北海道の札幌や新潟県の高田などでは100日を超す。積雪が消えないで継続しているものを根雪(ねゆき)というが、札幌では、平均して根雪の始まりは11月30日ごろ、根雪の終わりは3月30日ごろである。寒さが厳しく根雪期間が長いと思われる北海道の積雪量は比較的少なく、もっとも雪の深いのは北陸地方の山間部および福島・新潟県境で、最深積雪は3メートルを超え、豪雪地帯といわれるゆえんである。
 冬の季節風による新潟県平野部、新潟・福島県境および北陸地方の降雪には、山間部に多い山雪(やまゆき)型と、平野部に多い里雪(さとゆき)型とがある。両者は気圧配置の相違によるもので、山雪型は、日本付近への大陸高気圧の張り出しが強く、等圧線が南北に走る場合である。これに対し里雪型は、気圧の傾きが緩み、日本海沿岸に小低気圧もしくは局地的前線が生じた場合で、等圧線はむしろ東西にゆがんでいることが多い。里雪型の豪雪は、鉄道・自動車交通に大きな災害を与え、また、農作物への影響も大きい。[小林禎作・前野紀一]
あられ・雹
雪の結晶の落下速度は、大きさや形によって異なるが、静止空気中で毎秒0.3~1メートルである。雲粒の大きさは直径1~30マイクロメートルで、ほとんど空気と同じ動きをする。その結果、落下する雪の結晶は雲粒をとらえようとするが、小さい雲粒は流線に沿って逃げるか、あるいは衝突する前に蒸発してしまう。それに対して10マイクロメートル以上の大きな雲粒は、結晶に衝突して粒状のまま凍り付く。このような結晶を雲粒付きといい、本州の平地でみられる雪はほとんどこれである。零下20℃近くの低温で平板状結晶に凍着した雲粒は、二次的に伸びる立体状結晶の枝の芽となるものもある。立体あるいは放射樹枝の結晶に非常に多くの雲粒が凍着すると、もとの結晶の形はまったく隠されて、全体が白色不透明な玉状あるいは紡錘状の形をとる。これが「あられ」で、落下速度は毎秒2.5メートルからそれ以上に達する。
 夏でも巨大な積雲の上部は0℃以下であるが、内部の上昇気流が強大となり、雲粒も大きく濃密になると、次々とあられに衝突してくる雲粒の凍結による潜熱の放散がまにあわなくなり、あられは0℃の水で包まれる。これがスポンジ状の雹(ひょう)である。これらはときに毎秒10~30メートルに及ぶ強い上昇気流に支えられる間に、凍結と雲粒付着とを繰り返し、透明な氷の層と不透明なあられ層とが幾重にも同心球状に重なった構造の雹となる。アメリカ中西部の地域では、これら雹の大きさが10センチメートル以上にも達し、農作物などに甚大な被害を及ぼすことがある。[小林禎作]
降雪の仕組みと条件
水蒸気を含んだ空気が上昇すると、空気は断熱的に冷却してやがて過飽和に達し、水蒸気の一部は微小な塵(ちり)などを核に凝結して雲を生ずる。これらの雲粒は0℃以下でも凍らずに水滴のままでいることが多い。これを過冷却の状態という。ときとして零下40℃くらいまで過冷却の雲あるいは霧として存在するが、これは氷晶を発生させる働きをもつ氷晶核が大気中に不足しているためと考えられている。氷晶核としてもっとも有効なものは氷の粒子それ自身であるが、氷とよく似た結晶構造をもつヨウ化銀なども顕著な氷晶化能力をもつ。大気中の自然氷晶核としては、地面から舞い上がった土壌粒子であることが多い。過冷却の雲の中に氷晶が現れると、過冷却水と平衡する水蒸気圧が氷のそれより高いために、雲粒は蒸発し、蒸発した水蒸気は氷晶の上に凝結してきて、氷晶は急速に成長する。氷晶は成長して雪となり地面に向かって落下する。落下途中で0℃以上の温度になると融(と)けて雨となり、あるいは雲底下で蒸発して消えたりもする。
 雪が継続して降るためには、氷晶核あるいは氷晶の存在と、水蒸気の補給源としての十分な雲の存在とが必要である。下層に濃密な雲があり、その上部に氷晶からなる巻雲がかかると、雪や雨が降りやすいとの観測はしばしばなされている。しかし、観測される氷晶核の数は1リットル中1個の程度であるのに対し、降ってくる雪の結晶の数は1リットル中10個から数十個もあり、量的にあわない。そのほか氷晶核の性質や降雪の仕組みについても、まだわかっていない点が多い。
 次に、冬の日本海沿岸地域で大雪が降る代表的な仕組みをみてみよう。地上の気圧配置は、シベリア地方に優勢な高気圧があり、オホーツク海やカムチャツカ方面には発達した低気圧があって、いわゆる西高東低の気圧配置となり、北西の季節風が強く吹く。この北西の季節風は、シベリアにあるときは冷たい乾いた空気であるが、暖かい日本海を渡ってくる間に、しだいに下層から暖められるとともに、海面からは活発な蒸発によって水分が補給される。このとき北極地方からの強い寒気が日本上空にまで張り出してくると、下層は暖かく上層は冷たいというきわめて不安定な、対流のおこりやすい状態になる。こうして海上を渡るうちに変質した季節風が、日本に上陸して脊梁(せきりょう)山脈に突き当たると、激しい上昇気流を生じ、海上で十分に吸収した水蒸気を凝結させて雪を降らせるのである。気象衛星からの観測写真によると、シベリアからの季節風の吹き出しに伴う雲は、日本海中部から日本の陸地に向かって筋(すじ)状に並んでいるのがよくみられる。北アメリカ大陸の五大湖は、冬の日本海と同様な役割をするので、その南東岸地域はしばしば大雪にみまわれることがある。これに対して日本の太平洋沿岸に雪が降るのは、南岸に沿って東進する低気圧によってもたらされることが多い。[小林禎作]
雪の造形
雪が積もるときには、風や地物の影響でさまざまな外観や模様がつくられたりする。積雪が山の稜線などの風下側に庇(ひさし)のように張り出したものが雪庇(せっぴ)であり、高山や極地の固い雪面にみられる波形模様はサスツルギsastrugiとよばれ、風と雪粒の侵食によってつくられる。また、樹上から落ちた雪塊が傾斜地の雪面を転がり円筒形の塊となる「雪まくり」、棒杭(ぼうぐい)などの上に積もる「雪饅頭(ゆきまんじゅう)」、塀や枝に降り積った雪がずれて長く垂れ下がる「雪紐(ゆきひも)」、春先の雪面に点々と現れるくぼみ模様の「雪えくぼ」など、自然の造形が見られる。[小林禎作]
融雪
春近くなると、積雪は日射や暖気のために表面から融ける。融け水は積雪内部に浸透し、積雪は全層0℃になる。風が吹けば表面からの蒸発も促進されて雪融けは進むが、気温が異常に上昇すると、ときに融雪洪水をおこすことがある。春になっても雪融けが遅れると、畑での耕作・播種(はしゅ)が遅れる。そこで積雪表面に土やカーボンブラックをまいて人工的に融雪を促す方法がとられる。雪の表面は日光を80%近くも反射してしまうが、土などをまくと日光をよく吸収して暖まり、1~3週間も早く雪を消すことができる。[小林禎作]

雪の利用

雪の存在のために、雪国では円滑な交通が阻害されたり、豪雪や雪崩のために被害の起こることがある。しかし、雪が果たしている重要な役割も多数ある。春の融雪水は河川やダムに、また地下水として蓄えられ、発電、農業用水、工業用水、生活用水などに使われる。日本では、山地に降った雪は、台風や梅雨の雨とともに重要な水資源である。北海道では年間の水の必要量の約2分の1が、本州では約4分の1が雪融け水でまかなわれている。近年、雪の特長を生かして雪を積極的に利用する試みが活発に行われている。衛星画像データを利用した雪の水資源利用、冬季の雪を貯蔵保存して夏期に使用する雪冷房、食糧大量保存など、いろいろなアイデアが実行されている。[前野紀一]
人間生活と雪
雪の文化を発達させたのは、まとまった雪が年に何回か降る温帯都市の余裕のある住民と、北極に近い地域の狩猟・遊牧民であった。高山に雪の降る熱帯・亜熱帯高地の住民も雪を知ることがあるが、すこし山を下れば暖かいので、できるだけ避けたい雪に関する文化を発達させた事例はまれである。東アフリカ赤道直下のケニア山やキリマンジャロなどにある万年雪を、雪をまったく知らない平地民が遠望すると、平地民に雪に相当する外来語があっても、遠望している雪と雪相当語をつなげられずに、塩などの白いものと混同することさえあった。
 温帯の暖かい地方では山地に短期間、少量の降雪があり、温帯の寒い地方では平地でも長期間相当量の雪が降る。山地に降雪をみる地中海東岸で成立した聖書では、雪を純潔と無垢(むく)の象徴としたので、ヨーロッパでも「ホワイト・クリスマス」に好ましい意味をもたせるが、北上するにつれて長い冬の雪の恐ろしさの意識が強くなるのは、グリムの『白雪姫』とアンデルセンの『雪の女王』の差にみるとおりである。アジア内陸の中緯度地域では、少量の降雪が長期間続く所があり、積雪の下から餌(えさ)をみつけられる馬、トナカイ以外の家畜が多ければ、初雪とともに暖かい冬期放牧地に移動した。多雪地域では雪質にあった移動具が発達した。古代インドでは雪の文化が貧弱で、『倶舎論(くしゃろん)』にヒマラヤ(「雪山」パミール高原、ヒンドゥー・クシ山脈をさす)への言及があるだけである。「牛の目に届く」大雪の降ることのある中国北部の雪の文化はヨーロッパと同様に発達し、雪を高潔、無垢、さまざまの白く好ましいものの意味で用いたほか、雪景色を楽しみ、また晋(しん)の孫康の故事にちなんで「窓の雪」の光での読書を苦学の象徴とした。アジアの太陰暦、太陰太陽暦は自然現象とずれるので、雪ととくに関係のある年中行事はない。
 年間降雪量が多くなくても、積雪が長く残り、強風にあおられ、少量の降雪と混じって吹雪(ふぶき)となり、吹きだまりをつくる極北の住民は、雪の文化を発達させざるをえなかった。ヒマラヤ、チベット高地の住民の一部もこれに準ずる。雪穴の動物を襲う、吹きだまりに追い込むなどの狩猟技術が発達したが、雪の反射光で目を傷めるので、「雪眼鏡」が発達した文化もある。吹きだまりを選んでキャンプしてトナカイの逃亡を予防したトナカイ遊牧民もいた。北アメリカ北部では雪の文化がとくに発達した。相当量の降雪をみる太平洋岸では、主要な活動は積雪のない水面での漁労であり、雪の文化は目だたないが、アラスカからグリーンランドにかけての極北諸民族は生活のあらゆる分野で雪の文化を発達させた。家(イグルー)を冬期は雪(または氷)でつくることはとくに有名である。固い積雪をブロック状に積み上げ、柔らかい積雪を「めじ」にして家屋の概形をつくり、ベッド、調理台、棚などの内部構造も雪でつくった。光を通す雪の家は、寒い時期の乏しい日照を活用させ、保温性も優れているが、非常に寒い地域では雪の家の上に毛皮をかぶせる必要もあった。極北以外の南北アメリカ大陸諸地域では、寒冷地の先住民に雪に関する文化要素が多少みられたが、全体として雪の降る地域が少なく、南アメリカ南端のオナ人に乳児用「雪眼鏡」があった程度である。オーストラリアのタスマニア島とニュージーランド南島の山地にはまとまった降雪があるが、南アメリカ南端のヤーガン人同様に、雪への適応は低いレベルに終始した。[佐々木明]

雪の民俗


日本の民俗
雪の降る地域は広く分布し、わけても東北地方から山陰地方にかけての日本海側が多雪地である。千国(ちくに)街道筋に「一里一尺」という諺(ことわざ)が聞かれるように、海岸から平野部へ、さらに平野部から山間部へと積雪量が増すという地域も少なくない。丈余(じょうよ)の雪が降り積もる所を豪雪地といい、そこの雪は、住民の生活を強く制約し、他地域ではみられない、特色ある民俗を展開する。家屋の屋根雪を除くことはもちろん、板戸、障子(しょうじ)戸のすきまから吹き込む雪を防ぐため、杉板、茅束(かやたば)を組んだ雪囲いを巡らし雪に備えた。大根室(だいこんむろ)をしつらえて生鮮野菜を確保し、雪吊(つ)りを施して庭木などを保護したのも同じ趣旨の営みである。大戸口前や公道に降り積もった雪を除くのに使ったのが、古くはコスキ、バンバなどとよばれる木製除雪具で、それには一枚板のものと先端の篦台(へらだい)に柄(え)を取り付けたものの2種類があった。その形態差は、積雪量や、べた雪かさらっとした雪かの雪質に関係が深い。雪道を踏み固めるために用いた踏み俵、防寒を兼ねて歩行用に履いた藁(わら)で編んだ雪沓(ゆきぐつ)、滑りを防ぐために考案された雪下駄(げた)、山野に積もった雪上を沈まないで歩行するのに用いた輪かんじきなど、雪に対処してきた生活のくふうを語る用具が多い。
 春先の屋外作業では、積雪による反射光線によって雪目(雪面から反射された太陽の紫外線で目を痛めること)を患うことがあったので、庇(ひさし)のきわめて長いかぶり物を着装したり、目簾(めすだれ)、雪眼鏡をかけて予防しようとした。こうした対応の仕方はほかにもあり、その顕著な例が、小(こ)正月の鳥追い行事用などの雪室(ゆきむろ)をつくること、固雪を利用した橇(そり)による材木・春木などの搬出のことである。この雪室は、秋田県南部でカマクラとよばれており、全国的には50例余りの呼称がある。雪室をつくることは、雪国のみの風物詩である。橇には十指に数えられるほど種類があり、夏場では搬出困難な山野からでも、固雪を利用することで直線的に材木が搬出できて好都合だった。著名な越後縮(えちごちぢみ)は、積雪にさらすことにより名声を高めもした。
 多雪地に伝承されている、男児たちによる落とし穴遊び、越後十日町近在に分布する、春彼岸(ひがん)に雪墓(ゆきばか)をしつらえて参る習俗、新雪上に描かれた野兎(のうさぎ)の四肢跡に着目してなされてきた威嚇猟法などは雪国ならではのものである。初冬の雷鳴で雪降りを予知したり、モズの餌食(えじき)で冬季の積雪量を判断したり、春の残雪が描く雪形によって農作業時の目安を得たりしたことは、雪国の人々の知恵といえよう。[天野 武]
外国の民俗
世界の諸民族の間では、雪がどのようにしてもたらされるかについて、さまざまな説明がなされている。ヨーロッパでは、魔女の着物や羽から雪ができるという伝承があり、ドイツでは、ホレばあさんが寝床を振るって羽を飛ばすと、それが雪になって人間界に落ちてくるという。雪をもたらす神は、同時に寒さや冬をつかさどっている。南サーミ人は、雪と氷の神を「霜男」とよぶ。アイヌ民族によれば、雪を降らせるのは冬をつかさどる女神である。古代中国でも、青女という女神が雪や霜をもたらすと考えられた。また、北東シベリアの民族集団チュクチの信じるところによると、冷たい風を吹かせるのは、大地のへりに住んでいる巨人たちであるが、この巨人たちは日がな一日、クジラの骨でできたシャベルで雪を掘り返しているという。
 また、モンゴルでは、風、雨、雪などをもたらすザダという石があると信じられている。この石は山の中や動物の体の中から発見され、これを水に浸すと、風や雨や雪をもたらすことができるという。[清水 純]
雪と文学
『枕草子(まくらのそうし)』に、村上(むらかみ)天皇のときに、月夜に器に雪を盛り梅の花を挿したのを「歌に詠め」と兵衛(ひょうえ)の蔵人(くろうど)という女官に命じたところ、『白氏文集(はくしもんじゅう)』の一節の「雪月花の時」と答えてその機知を賞せられた、という挿話が記されているように、早くから、自然美を形成する典型的な景物の一つとして賞美されてきた。『万葉集』では「大雪」「白雪」「み雪」などとも詠まれ、とくに「沫(あわ)雪」は天平(てんぴょう)のころに流行した歌語らしく、巻8、巻10に集中してみられる。「降る雪の」は「白」「消(く)」「日(け)」「行き」などにかかる枕詞(まくらことば)となった。「梅の花」に見立てる歌も『万葉集』から数多く詠まれた。『古今集』では、吉野(よしの)山や白山(しらやま)などの歌枕と結び付き、月や花に見立てられ、荒涼とした冬の山里の景色を形成し、また、降るもの、積もるもの、消えやすいものとして、懸詞(かけことば)や縁語に用いられ、これらが類型として継承されていくことになる。「沫雪」は、平安時代になると「淡雪」と意識されるようになり、「雪消(ゆきげ)」「雪気(ゆきげ)」「雪間の草」などの歌語もある。雪で山をつくったり(雪山)、雪の玉を転がしたり(雪まろばし)などの「雪遊び」も、女房や女童(めのわらわ)にもてはやされたことは、『源氏物語』や『枕草子』などに描かれている。『新古今集』冬、藤原定家の「駒(こま)とめて袖(そで)うち払ふ蔭(かげ)もなし佐野のわたりの雪の夕暮」の名歌があり、謡曲の『鉢の木』、宴曲の『雪』など、雪をめぐる文学は数多い。季題は冬。雪催(ゆきもよい)、初雪、風花(かざはな)、吹雪(ふぶき)など多彩。[小町谷照彦]
『小林禎作著『雪の結晶』(1970・講談社ブルーバックス) ▽小林禎作著『雪に魅せられた人びと』(1975・築地書館) ▽小林禎作著『雪』(1977・北海道新聞社) ▽小林禎作著『六花の美――雪の結晶成長とその形』(1980・サイエンス社) ▽小林禎作著『雪華図説新考』(1982・築地書館) ▽小林禎作著『ちくま少年図書館 雪はなぜ六角か』(1984・筑摩書房) ▽吉田順五著『雪の科学』(1971・日本放送出版協会) ▽高橋喜平著・写真『日本の雪』(1974・読売新聞社) ▽高橋喜平著『雪と人生』(1980・岳(ヌプリ)書房) ▽高橋喜平著・写真『雪と氷の造形』(1980・朝日新聞社) ▽高橋喜平著・写真『日本の雪と氷』(1992・岩手日報社) ▽高橋喜平著・写真『あんな雪こんな氷』(1994・講談社) ▽富山地学会編『豪雪』(1982・古今書院) ▽日本雪氷学会編『雪氷辞典』(1990・古今書院) ▽柏原辰吉著『雪を知る』(1993・北海道新聞社) ▽前野紀一・黒田登志雄著『雪氷の構造と物性』(1994・古今書院) ▽若浜五郎著『雪と氷の世界』(1995・東海大学出版会) ▽木下誠一著『雪の話・氷の話』(1996・丸善) ▽日本自然保護協会編・監修『雪と氷の自然観察』(2001・平凡社) ▽鈴木牧之編『北越雪譜』(岩波文庫) ▽中谷宇吉郎著『雪』(岩波文庫)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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