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【チン】

デジタル大辞泉

ちん【陳】
中国の国名
春秋時代列国の一。強国にはさまれた侯国で、は宛丘(河南省淮陽県)。前478年、に滅ぼされた。
南北朝時代の、南朝最後の国。557年、武将陳覇先が敬帝の禅譲を受けて建国。都は建康南京)。589年、楊堅文帝)に滅ぼされた。

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ちん【陳】[漢字項目]
常用漢字] [音]チン(漢) [訓]つらねる ならべる のべる ふるい
平らに並べる。つらねる。「陳列
申し述べる。「陳謝陳述陳情開陳具陳
古い。「陳腐新陳代謝
[名のり]かた・つら・のぶ・のぶる・のり・ひさ・むね・よし
[難読]陳者(のぶれば)

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ひね【陳/老成】
古くなること。また、そのもの。
「―になった麺麭菓子」〈三重吉・小鳥の巣〉
前年以前に収穫した穀物や野菜。「―米」
老成していること。ませていること。また、その人。

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世界大百科事典 第2版

ちん【陳 Chén】
中国,南朝四王朝の一つ。557‐589年。創業者は陳覇先(武帝)。呉興(江蘇省呉興)の微賤の家に生まれた陳覇先は,嶺南地方で武将として名をあげ,梁末に侯景の乱が起こると土豪勢力を糾合して贛江(かんこう)を北上,その平定手柄をたてた。そのうえ,江南の混乱につけこんだ北斉の傀儡政権樹立のもくろみを粉砕し,にかわる王朝を創業。この王朝のもとで貴族往時の勢力を失い,実力は梁末に各地に起こった土豪将帥層に帰した。

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ちん【陳 Chén】
中国,春秋時代の侯国。?‐前478年。前11世紀末,周武王が,舜の子孫の嬀満(きまん)を宛丘(河南淮陽県)に封じた国。春秋時代には12の有力諸侯の一つとしてかなりの地位を保っていたが,前7世紀以降,侯位相続をめぐる内乱がたびたびあり,しかも楚・斉・晋の間にあって,その圧迫に苦しみ,前531年楚の霊王に滅ぼされた。霊王の死後国の再興を許されたが,その後も楚の勢力下にあり,ときに呉の攻撃を受け,前478年に楚に滅ぼされた。

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大辞林 第三版

ちん【陳】
中国、西周・春秋時代の諸侯国の一(前1027?~前478)。今の河南省辺の一部を支配した小国で、楚に滅ぼされた。
中国、南北朝時代の南朝最後の王朝(557~589)。梁の武将であった陳覇先(武帝)が建国。都は建康。隋の文帝に滅ぼされた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)


ちん
中国、南朝最後の王朝(557~589)。呉興郡(浙江(せっこう)省)の人、陳覇先(ちんはせん)(武帝)が建立した。陳覇先は身分の低い軍人であったが、梁(りょう)末の侯景の乱に際しその鎮圧に奔走して勢力を築き、梁の元帝が江陵で西魏(せいぎ)に襲殺されると敬帝をたて、やがて敬帝の禅譲を受けて即位し、建康(南京(ナンキン))に王朝を開いた。その死後、兄の子文帝が継ぎ、ついで廃帝、宣帝と続いたが、第5代の後主のときに隋(ずい)の文帝に滅ぼされた。その領域は、わずかに揚子江(ようすこう)中・下流以南と、宣帝の時代に北斉(ほくせい)から奪った淮南(わいなん)一帯を占めるにすぎなかった。この時期、南朝貴族は侯景の乱を境に多く没落しており、政治の中枢にあったのは武将出身者や身分の低い寒人(かんじん)であって、その点南朝のなかでは特異である。滅亡時、隋に入った人口は200万という。[中村圭爾]

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精選版 日本国語大辞典

ちん【陳】
中国の国名。
[一] 西周・春秋時代に河南・安徽の一部を占めた小国。周の武王が舜の子孫を封じたのに始まる。紀元前四七八年、二四代で楚に滅ぼされた。
[二] 南北朝時代の南朝最後の王朝(五五七‐五八九)。創建者は陳覇先(武帝)。首都は建康(南京)。隋の文帝により五代で滅亡。

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ちん・じる【陳】
〘他ザ上一〙 動詞「ちんずる(陳)」の上一段化した語。
※御伽草子・あきみち(室町末)「北の方仰けるやうは、おろかの殿の仰言や、〈略〉我等を具足し給へば、さやうの息も積るべしとぞちんじられける」

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ちん‐・ず【陳】
〘他サ変〙 ⇒ちんずる(陳)

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ちん‐・ずる【陳】
〘他サ変〙 ちん・ず 〘他サ変〙
① 申し述べる。ことばで述べる。口上を言う。
※史記抄(1477)一一「奉教して志を御前に陳せんことを願ことがはや久ぞ」
※美術真説(1882)〈フェノロサ〉「前に陳ずるが如く、諸美術妙想の形状は各同じからず」
② いいわけをする。とやかくと言い張る。弁解する。釈明する。申し開く。
※東南院文書‐天喜四年(1056)四月二三日・東大寺所司等連署日記案「爰に寺中乃所司大衆、此由を陳せむと須留処爾」
③ ごまかしを言う。いつわりを申し立てる。うそをつく。〔日葡辞書(1603‐04)〕
※歌舞伎・韓人漢文手管始(唐人殺し)(1789)一「『こりゃ、陳(ちん)ずると為に成らぬぞ』『アア、申ます申ます』」
④ 並べる。陳列する。
※東京新繁昌記(1874‐76)〈服部誠一〉三「盆卉の如き之を架上に陳す」

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ひね【陳】
〘名〙
① 古くなること。売れ残ること。また、そのもの。〔名語記(1275)〕
※小鳥の巣(1910)〈鈴木三重吉〉上「餡の黒い、陳物(ヒネ)になった麺麭菓子」
② (晩稲) おくての稲。〔十巻本和名抄(934頃)〕
③ 古くなった穀物や野菜。特に、前年以前に収穫した穀物。ひねごめ。〔志不可起(1727)〕
滑稽本・人情穴探意の裡外(1863‐65頃)二「ふやして釜わるのなら、モ一つ三年米(ヒネ)にしなされ」
④ 大人びていること。老成していること。ませていること。こましゃくれていること。また、その人。ませ。

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ひ・ねる【陳】
〘自ナ下一〙
① 年を経る。古くさくなる。ふける。
浄瑠璃・心中万年草(1710)上「洒落をまうけの顔ひねて足らぬ心の花之丞」
浮世草子・世間子息気質(1715)一「ひねて後ためんとすれば、枝おれ枯しぼむがごとし」
② おとなびる。ませる。
※浄瑠璃・国性爺合戦(1715)一「爰(ここ)にも恋の中立はかはらぬ物と詩を吟じ、年よりひねし御心」

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