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阿房宮【あぼうきゅう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

阿房宮
あぼうきゅう
A-fang gong; A-fang kung
中国,始皇帝 (在位前 246~210) の建てた大宮殿。従来の咸陽宮が狭くなったので,始皇帝が渭 (い) 水の南の上林苑に四川省から大木を輸送させ,多くの囚人を使い建設。この正殿には1万人がすわれる計画であったが完成前に始皇帝が死に,秦二世皇帝のとき争乱のため工事が中止になった。楚の項羽のため,前 207年にほかの多くの宮殿とともに焼かれ,3ヵ月もその火が消えなかったという。

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デジタル大辞泉

あぼう‐きゅう〔アバウ‐〕【阿房宮】
中国の秦の始皇帝が、渭水(いすい)の南に建てた大宮殿。秦を滅ぼした項羽が火を放ったが、3か月燃え続けたという。遺跡は、西安市の西方に残る。

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デジタル大辞泉プラス

阿房宮
青森県八戸市で生産される食用菊花弁は鮮やかな黄色で、香りがよくシャキシャキとした食感で、苦味が少なく、おひたしや天ぷらなどに広く用いられる。藩政時代に観賞用の菊を関西または関東から持ち込んだのが栽培の始まりとされる。名称は秦の始皇帝が建設した宮殿の名に由来する。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

あぼうきゅう【阿房宮 Ē páng gōng】
中国,秦の宮殿。秦の始皇帝は天下を統一すると,都の咸陽は人口が多く,宮廷も小さいということで,渭水の南の上林苑中に新しい宮城の建設を計画し,その前殿として前212年から工事がはじまったのが阿房宮である。その規模は東西500歩(680m),南北50丈(113m)あり,堂上には1万人が座れ,堂下には5丈の旗を立てることができたといわれる。始皇帝の在位中には完成せず二世皇帝の代にも工事は続行されたが,前206年に秦を倒した項羽によって焼かれてしまった。

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大辞林 第三版

あぼうきゅう【阿房宮】
中国、秦の始皇帝が渭水いすいの南の阿房に造営した大宮殿。工事は二世皇帝に受け継がれたが完成しないまま項羽こううに焼かれた。遺跡は陝西省西安市の西郊にある。

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日本の郷土料理がわかる辞典

あぼうきゅう【阿房宮】

食用菊の一種で、青森県南部地方特産の大輪の黄色い花。花びらを蒸し、干しのりのように薄く板状に乾燥させた保存の効く干し菊に加工されることが多いが、収穫期の11月頃には生花も出まわる。ゆでて汁の実にしたり、浸し物、酢の物などにする。◇秦(しん)の始皇帝が建てた宮殿の名。ここで菊を愛でたともいわれる。

出典:講談社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

阿房宮
あぼうきゅう
中国で最初の統一帝国を建設した秦(しん)(前221~前207)の宮殿。秦の都は統一前の孝公12年(前350)以来、渭水(いすい)北岸の咸陽(かんよう)(現在の咸陽市の東)に置かれていたが、始皇帝が天下を統一した紀元前221年に大規模な拡張工事が開始された。翌年には渭水の南の信宮を天極に、また北の咸陽宮を営室(ペガスス座)に見立て、両者を銀河にあたる渭水に架橋することによって直結しようとする大計画が掲げられた。そこでまず着手されたのが前殿としての阿房宮である。阿房の名称の由来には、咸陽に近い宮殿(阿は近い意)としたり、形が四方に広がっている宮殿(阿は広がる意)の意とするなど諸説がある。その規模は『史記』によれば、東西500歩(約690メートル)、南北50丈(約115メートル)、その上には1万人が座ることができ、下には5丈(約11.5メートル)の旗を立てることができると伝えられる。近年の発掘調査では大規模な版築の土台が確認されているが、阿房宮を含めて渭水の南北にまたがる咸陽城の全貌(ぜんぼう)が明らかになるのはまだ先のことであろう。[鶴間和幸]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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