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関税同盟【かんぜいどうめい】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

関税同盟
かんぜいどうめい
customs union
地域経済統合の一形態で,加盟国間の関税,その他の貿易制限を撤廃し,加盟国以外の国に対しては,共通関税率を設定するもの。過去の関税同盟の代表的なものとしては 19世紀のドイツ関税同盟や 1948年に成立したベネルクス関税同盟がある。またヨーロッパ共同体 EC (現ヨーロッパ連合 EU) も関税同盟から出発したものである。

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デジタル大辞泉

かんぜい‐どうめい〔クワンゼイ‐〕【関税同盟】
二つ以上の国家が同盟して、単一的な経済地域を形成して相互に関税を廃止する一方、域外諸国に対しては共通の関税を課すもの。EU欧州連合)、CACM中米共同市場)など。

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世界大百科事典 第2版

かんぜいどうめい【関税同盟 customs union】
二つ以上の国家が共同の関税地域を設け,この地域内における関税その他の貿易制限を撤廃し,地域外の国家に対しては共通の関税率やその他の貿易規制を適用することを目的とする協定をいう。加盟国間の関税その他の貿易制限は撤廃するが,地域外への関税率等については各国が決定権を保持する場合を自由貿易地域free trade areaという。関税同盟に加えて,資本労働移動の制限をも廃止したり,さらに金融政策財政政策等に関しても加盟国間相互の調整を行う場合を,それぞれ共同市場経済同盟という。

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大辞林 第三版

かんぜいどうめい【関税同盟】
二つまたはそれ以上の国家相互間で、関税を撤廃または軽減する一方、第三国に対する共通の関税制度を設立することを目的とする同盟。1834年のドイツ関税同盟など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

関税同盟
かんぜいどうめい
customs union英語
Zollvereinドイツ語
経済的、政治的に利害関係の深い国々が単一的な経済地域を形成し、相互に関税の廃止または軽減に関する協定を結んで通商の自由を図るとともに、域外諸国に対しては共通の関税を課して差別するものを関税同盟という。この対外共通関税の有無によって関税同盟と自由貿易地域free trade areaとが区別される。また、関税同盟では域内における財の自由な移動に対する障壁を除去するが、さらに進んで労働、資本などの生産要素の移動に対するあらゆる制限を除去するのが共同市場common marketである。このように経済統合という観点からみると、関税同盟はその一つの形態または段階ということができる。
 現在までに多くの関税同盟が結成されたが、これらの関税同盟の歴史をみると、政治的統一と密接に結び付いてきたことがわかる。その典型的な例が1834年に成立したドイツ関税同盟Deutscher Zollvereinである。[相原 光・秋山憲治]

ドイツ関税同盟

1814~15年のウィーン会議の結果、39に上る領邦国家がドイツ連邦を形成することになったが、これらの領邦国家はそれぞれ異なった関税制度を保持していたため、連邦内の貿易は多くの関税障壁によって身動きのできない状態であった。このような状態を打破するために、当時オーストリアと連邦の主導権を争っていたプロイセンは、1816年に自国内の関税障壁をすべて撤廃し、28年には北ドイツ関税同盟を、さらに34年にはオーストリアなど若干の地域を除く全ドイツ的なドイツ関税同盟を成立させた。この同盟のもとで、貨幣、為替(かわせ)、度量衡、交通制度などの統一と、対内関税の撤廃が行われ、その後の鉄道網の発展と相まって広範な国内市場が形成されることとなり、重工業を中核としたドイツ資本主義の本格的な発展の契機となった。一方、対外共通関税は、プロイセンの従来の関税を基準に決定され、輸入禁止的な高率の関税ではなかったが、国内産業の成長をある程度助けた。この同盟は、ドイツの経済的統一に重要な役割を果たすとともに、1871年のプロイセンによるドイツ帝国成立の基礎となったのである。[相原 光・秋山憲治]

最近の関税同盟

第一次世界大戦後いくつかの関税同盟が計画されたが、最恵国条項を盾にとったイギリスなどの反対にあって実現しなかった。第二次世界大戦後は、1947年に成立したオランダ、ベルギー、ルクセンブルクの3か国によるベネルックス経済同盟、52年に設立されたフランス、西ドイツ、イタリア、オランダ、ベルギー、ルクセンブルク6か国によるヨーロッパ石炭鉄鋼共同体(ECSC)なども関税同盟としての側面をもっていたが、関税同盟としての性格がもっとも強いものは、58年にECSCと同じ構成国によって結成されたヨーロッパ経済共同体(EEC)であった。しかしEECは単なる関税同盟にとどまらず、より進んだ経済統合を目ざすもので、67年にはECSC、ヨーロッパ原子力共同体(EURATOM(ユーラトム))と統合されてヨーロッパ共同体(EC)となった。さらに73年にはイギリス、アイルランド、デンマーク3か国の加盟により拡大ECとなり、81年ギリシア、86年スペイン、ポルトガルを加え、93年マーストリヒト条約の発効とともにヨーロッパ連合(EU)となった。EU加盟国のうち、12か国で99年に単一通貨ユーロが非現金取引に導入され、2002年1月からユーロが現金として流通しはじめた。EUは通貨統合をなしとげ、完全なる経済統合に向かって進んでいる。
 なお、関税同盟は、ガットおよびその後身のWTO(世界貿易機関)の基本理念の一つである無差別待遇と矛盾するものであるが、WTOは、域外諸国に対する差別的取扱いを同盟設立前よりも厳しくしないことなどという条件を付して、これを容認している(ガット24条)。[相原 光・秋山憲治]

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精選版 日本国語大辞典

かんぜい‐どうめい クヮンゼイ‥【関税同盟】
〘名〙 二つ以上の国が相互に関税の廃止あるいは引下げを行ない、第三国に対しては共通の関税を設定する同盟。これによって、保護された、より広い市場を確保できる。一八三四年のドイツ関税同盟、一九四七年のベネルックス三国関税同盟などがある。〔英和商業新辞彙(1904)〕

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旺文社世界史事典 三訂版

関税同盟
かんぜいどうめい
Zollverein
1834年,プロイセン提唱で,オーストリアを除くドイツ連邦間に設けられた関税に関する同盟
背景としては,産業革命が進展するイギリスの経済の圧迫に対抗するため,国民経済の形成をめざす必要があった。プロイセンは,工業の発達したラインラント本国と完全に分離されていたので,早くから税制の改革を必要としていた。1818年,国内および隣接小国との関税が発端となり,28年に参加国20余国のプロイセン関税合同に発展したが,これに南ドイツ関税同盟(バイエルンヴュルテンベルク)や中部ドイツ通商同盟(ザクセンフランクフルトなど)が合同して形成され,ドイツ統一の基礎となった。1840年代には,オーストリアを除いてドイツ内の諸国がほとんど加盟し,ドイツを経済的に統一した。成立には歴史学派経済学者のF.リストが貢献した。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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