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進化【しんか】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

進化
しんか
evolution
生物のさまざまなはそれより前に存在していた別の種を起源とし,両種を分ける差異は連綿と続いてきた各世代での変化によるものだということを前提とする生物学理論。進化論は現代生物学の基本的な原理である。
721年にフランスの哲学者 C.モンテスキューは,初期の少数の生物種が現在の生物種へと多様化し,各種間にある相違は増加および減少することがあるという説を主張した。種は別の種へと変りうるというこの説が,種の変移あるいは進化という考えの基礎を形成した。また 18世紀の博物学者 G.ビュフォンはウマがロバと類縁関係をもつ可能性を指摘し,1760年までにはスウェーデンの分類学者 C.リンネが種は変化するという結論に達していた。 1809年,J.ラマルクは種と変種との違いを研究し,小動物からヒトにいたる異なった種の共通の祖先を枝状の分岐図で表現する進化の系統樹の草案を作った。その後の生物学研究に大変革をもたらすことになる進化に関する論文を著したのは,C.ダーウィンであった。ダーウィンは 1831年から5年にわたる『ビーグル号』での世界一周航海で,類縁ではあるが異なる種が地理的に隣接した地域に生息する事実や,現存する生物の形態がその地域に残る化石と構造的に類似していること,ガラパゴス諸島の鳥類やカメは近隣の大陸で見られる種とは似る傾向があるのに隣合う島々に生息するもの同士ではまったく異なった個体群を形成していることなどを観察した。これらの観察から生じた疑問を解くことでダーウィンは『種の起原』 (1859) を著わした。ダーウィン進化論の本質は,自然選択の仕組みである。この概念はほとんどの生物において生れる子孫の数のほうが,成熟するまで生延びる個体数よりもはるかに多いという事実に由来している。飢餓,捕食,疾病,および事故による高い死亡率のため,生存にあまり適さない個体の比率は減少する。生延びた個体にはより長く生きて子孫を残せるような形質変化が存在している可能性があり,引続く世代へその長所が伝えられてすぐれた適応の手段を発達させたと考えられる。ダーウィンはこのようにひとつの世代から次の世代へと有利な形質変化が伝達されるという理論を構築したが,この機構を説明する遺伝理論が欠けていた。この欠陥は 20世紀の遺伝科学により補われた。 T.G.ドブジャンスキーは著書『遺伝と種の起原』 (1937年刊) の中で,メンデル遺伝学をダーウィン理論へ適用した。彼は一つの種全体の中に生じた小さな遺伝的諸変化に対して自然選択が作用した結果の集積として進化をとらえ,進化論を新たに理解し直すことに貢献した。
生物の進化に関する証拠としては徐々に変化しながら現在の形態にまで至る生物の連続性を示す化石があげられる。また,現存する種の異なった生物間にみられる生体構造の類似性 (→相同 , 相似 ) や胚発生過程における形態の類似性もその共通の祖先を同定できるという点で進化の証拠といえる。分子生物学,特に遺伝子と蛋白質に関する研究の発展により,進化による変化のより詳細な証拠が判明してきている。生物の進化は原始の海の中で有機化合物の集合体が細胞を形成したときに始った (→原核生物 ) 。簡単に摂取できる海水中の養分が減少するにつれて新たなエネルギーの獲得方法として代謝機能が発達しはじめ,原始的な細胞組織体が独立栄養生物と従属栄養生物とに分化していった。次の段階では染色体デオキシリボ核酸 DNA,および細胞核を形成する生物が現れ世代間で形質を伝えることが可能になり,自然選択の影響力が大きく拡大されるようになった。多細胞生物はみずからの構造と機能を変化させて生体の各部分を分化することで生存価を上昇させた。生物はおよそ数十億年の間水の中で進化を続け,およそ5億年前に陸上へ移り住み始めたが,陸上での養分摂取の手段を獲得し新しい環境へよりうまく適応できた種が広まることになった (適応放散 ) 。ヒトが生れながらに持っている尾の痕跡は,樹上生活をする四足獣であった祖先の進化の証拠である。霊長類の進化はまず樹上生活の習慣から始まり,猿人であるアウストラロピテクス類がおよそ 300万年前に二足歩行での地上生活を始めたと考えられる。アウストラロピテクス類はサルのような特徴とヒトの特徴である精神力,脳容量,および神経学的な複雑性をあわせもっていた。次に現れた原人類には,ジャワ原人,北京原人 (→シナントロプス ) ,ハイデルベルク人,ほかのピテカントロプスが含まれる。現生人類に属するホモ・サピエンスは,著しく大きい頭蓋容量,垂直な前頭部,頭蓋骨の丸みを帯びた後部,直立姿勢と直立歩行へ適応した手足の骨といった多くの解剖学的特徴によって定義されるが,初期のホモ・サピエンスの現存する化石の数は多くはない。
腕を枝からぶら下がるために使い,枝から枝へ腕渡りをするの,その構成員に共通する進化論は科学界の圧倒的多数に受入れられているが,この理論の発表はダーウィンの時代から現在まで数多くの論争を巻き起こした。異論の大部分はキリスト教神学者,主に原理主義者たちから出された。彼らは,種が継続的に変化しているというダーウィンの主張は,聖書の記述通りの解釈,特にすべての生物種は神の設計により創造されたという記述と矛盾すると考えている。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

しん‐か〔‐クワ〕【進化】
[名](スル)
生物が、周囲の条件やそれ自身の内部の発達によって、長い間にしだいに変化し、種や属の段階を超えて新しい生物を生じるなどすること。一般に体制は複雑化し機能は分化していく。また、無機物から有機物への変化、低分子から高分子への変化などについても用い、拡張して星の一生や宇宙の始原についても用いられる。「恒星進化」「陸上生活に適するように進化する」
社会が、未分化状態から分化の方向に、未開社会から文明社会へと変化発展すること。
事物が進歩して、よりすぐれたものや複雑なものになること。「日々進化するコンピューターソフト」⇔退化

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
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栄養・生化学辞典

進化
 生物の種が歴史的に生成してくる過程.

出典:朝倉書店
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世界大百科事典 第2版

しんか【進化 evolution】
本来は生物についての概念で,現生の複雑で多様な生物が長い歴史的な変化の結果(として生じたもの)であるという考えの上に立った,その歴史的変化過程そのものを意味する。したがって生物進化というほうが正確である。 しかし,進化の観念は,思想史的には,18世紀に形成された社会進歩観を背景として成立したものであって,したがってその初めから生物だけでなく社会をも対象としていた。正確にいえば,社会進歩観を背景に,一方では社会進化論や発展的歴史観が生じ,一方では生物進化論が生じたのである。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

しんか【進化】
( 名 ) スル
生物は不変のものではなく、長大な年月の間に次第に変化して現生の複雑で多様な生物が生じた、という考えに基づく歴史的変化の過程。種類の多様化と、環境への適応による形態・機能・行動などの変化がみられる。この変化は、必ずしも進歩とは限らない。また、生物だけを対象とするにとどまらず、社会進歩観を背景に社会進化論が生まれ、さらに全宇宙・全物質を歴史的変化の中でとらえる概念にまで拡大される。
物事が次第に発達していくこと。 ⇔ 退化 〔英語 evolution の訳語。ダーウィンの進化論を紹介した加藤弘之の造語と考えられ、「人権新説」(1882年)によって広まる〕

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

進化
しんか
evolution英語
Evolutionドイツ語
volutionフランス語
長大な時間経過に伴い生物が変化していくことをいう。生物の形質(形態・生理・行動など)が生息する環境に、より適合したものになる、既存の種から新しい種が形成される、単純な原始生命から複雑多様なものへ変化する、などがその変化の内容である。対象とする変化の内容により、小進化、大進化と区別することも一般に行われている。なお、宇宙の進化といったように生物以外の現象に対して適用されることもある。
 生物進化の観念は、現存する個々の生物の種が、天地創造以来、不変のままに存続している(特殊創造説)とか、地表でたびたび大異変がおこり、そのつど新しい生物が創造された(天変地異説)といった、神による生物の創造の観念を排除したところに成立しており、生物の連続性と可変性に対する認識が根本にある。進化論の確立者であるダーウィンC. R. Darwin(1809―82)が、「変化を伴う由来」ということばで進化を表現した理由もこのあたりにある。進化についての先駆的な考えは、18世紀以来繰り返し出現している。これは、生物学的事実の蓄積に伴い、神による創造では説明できないほど著しい生物の多様性が明らかになってきたことや、その一方で、その根底に斉一性(共通性)が存在すること、さらに、物事が変化するとの観念が普遍的になってきたことが認識されていき、そのような状況をつくりだしたのであろう。似ているけれども違うという事実は、生物の連続性と可変性という両面の表現にほかならず、進化論とは、生物の多様性を連続性と可変性という二つの基本仮定のもとに説明しようとする立場にほかならないからである。体系的な進化論は、用不用説や獲得形質の遺伝で有名なフランスのラマルクJ. B. Lamarck(1744―1829)が初めて提唱し、19世紀なかば、イギリスのダーウィンに至って確立された。ダーウィンは著書『種の起原』(1859)において多くの品種改良の例をあげて生物の可変性を示すとともに、人為的選択によってその変化の方向を左右しうることを示し、ついで、この人為選択に似た仕組みが自然界にもあるに違いないと類推、自然選択説を展開している。
 すなわち、彼は、まず生物の多産性という事実に注目し、それは生物の無限の増加をもたらすはずなのに実際にはそうではないことを指摘、数の増加を抑える仕組みとしての生存競争を想定する。この概念を生物の変異性というもう一つの事実と結合させることによって、生存競争の結果、生き残り、子孫を残すのは、わずかでも有利な遺伝する変異をもった個体であるという、自然選択説が引き出されるわけである。『種の起原』の残りの部分では、それまで明らかになった生物学的・古生物学的事実が、自然選択による進化という仮説で、いかに合理的に説明できるかを説いている。進化論が扱うのは、すべて過去におこった現象であり、実験や観察によって直接証明しうる性質のものではない。したがって彼は、生物が進化するとの仮定によって、さらにはその仮定によってのみ合理的に説明しうる事実を多数示すことによって、進化がおこったことを証明しようとしたのである。この事情は、もちろん現在においても変わらない。
 一般に進化を証明する事実とされるものには、次のようなものがある。
(1)二つの分類群の中間的形態をもった化石や現生生物が存在する。
(2)変化の道筋を示すような化石系列、現生生物のグループがみいだされる。
(3)分岐をもった階段のように生物を分類することができる。
(4)共通の祖先からの由来を示すような相同器官や痕跡(こんせき)器官が多く存在する。
(5)地域ごとに特有の生物が分布している、などである。
 生物が進化するものであるとの考えは、その後の生物学の進歩によってますます確からしいものとなり、一部の信仰的立場の人々を除けば、もはや疑いのない事実となっている自然選択説も、その後の遺伝学の進歩などにより一部修正されたところもあるが、その基本的な考え方は、現代の進化論においても、大ぜいの人の認めるところとなっている。ただし、自然選択説のみでは、進化のすべての面が説明できないとして、新しい仮説の模索も行われている。ここで注意しておく必要があるのは、進化がおこる要因、あるいは仕組みを説明するものとしての自然選択説と、生物は進化するということとは別のものであり、前者がかりに否定されるような事態になっても、後者が否定されるわけではないということである。[上田哲行]

生物の多様性と系統

現在の地球上には、200万を超える生物の種が存在するが、過去に存在し、すでに絶滅したものも含めれば、少なくともその10倍以上(100倍ないし1000倍という推定もある)の生物種が存在していたともいわれる。種というのは、大まかにいえば、相互に区別できないほどよく似た個体の集合であり、ある程度以上の相違があるものは異種とされるわけであるから、実に莫大(ばくだい)な数の異なった生物が存在していることになる。しかし、このような種における多様性は、それらが無秩序に存在することを意味するわけではない。これらの種の間には、その差異性や類似性においてさまざまなものがみられる。たとえば、ウマとシマウマは、その色彩を別とすれば非常によく似ているが、それらはキリンやゾウとはかなり異なっている。しかし、その違いは、ウマとスズメの違いほどは大きくない。さらにウマとスズメの違いも、タコとの違いを前にすれば小さくなってしまう。このように類似性や差異性の程度に基づいて生物を段階的に分類することができるのは、どうしてであろうか。
 イルカとサメのように外見的類似にかかわらず、体のつくりにかなりの違いがみられる場合もあるが、一般に外見的によく似た生物は、その体のつくりも似ていることが多い。また、外見的にかなり異なったものでも、体のつくりが驚くほど似ている場合もある。たとえば、ヒトの手とチンパンジーの手は、その外見においても骨格においてもよく似ているが、それらは、外見的にはまったく異なるコウモリの翼やクジラのひれとも骨格やその位置において驚くほどの共通性がみられるのである。骨格を詳しくみれば、これらの動物の前肢の外見的相違は本質的なものではなく、特定の部分の骨の相対的長さの違いや、ごく一部の骨の欠落・付加といった部分的な相違にほかならないことがわかる。この例のように、異なる生物において、構造や体における位置関係などで類似が認められる器官を、互いに相同であるという。相同な器官は、胚(はい)発生の過程においても共通しており、同一の胚葉から出現してくる。これら相同器官の類似性は、それらが共通の祖先の器官に由来するためだと考えられている。つまり、共通の祖先に由来する器官が、それぞれの生物の生活上の役割に応じて部分的に変化することによって形成されたとみるわけである。もしも、それらが共通の祖先の器官に由来しないのであれば、ヒトの手とコウモリの翼のように、機能も形態も違う器官が同じような骨格をもつ必然性を説明しなければならないが、それは非常に困難であろう。
 相同器官の例としては、肺と硬骨魚類のうきぶくろ、多様に変化した昆虫の口器の相同性などが有名であるが、それ以外にもさまざまなものが知られている。また、相同器官のなかには、クジラの後肢などのように成体では痕跡的に残っているにすぎないものや、魚類のえらに相当する哺乳(ほにゅう)類の鰓裂(さいれつ)のように、成体では完全に消失し、発生の初期にのみ一時的に出現するものもある。また、ヒトの盲腸の虫垂や耳殻筋のように、ほかの哺乳動物では有用だが、ヒトにおいては不用と考えられる相同器官もある。このような痕跡器官や不用器官の存在もまた、生物が進化の産物であることの証拠となりうるであろう。
 相同器官の存在は、このようにそれらの生物の共通の由来を示すものと考えられる。哺乳類にも、一時的にえらに相当する器官が出現するということは、哺乳類と魚類の共通祖先の存在を示唆していると考えられる。また、両者の間には、うきぶくろと肺、背骨など多数の相同器官がみいだされる。相同器官が共通の祖先に由来するものであれば、それをより多く共有するものほど類縁が近く、それが少ないほど類縁が遠いと考えることは自然であろう。このように相同関係をもとにして生物の系統をたどることができる。すなわち、哺乳類は爬虫(はちゅう)類から生じ、爬虫類は両生類から、両生類は魚類から生じたというぐあいに、進化の道筋をたどることができるわけである。もちろん、魚類は現在も多数存在するのであるから、魚類のすべてが両生類に変化したわけではなく、魚類の一部の種が両生類の祖先になったという意味である。長い進化の過程においては、祖先種から多数の新しい種が分かれ、分かれた種からまた新しい種が分かれるということが繰り返されてきたに違いない。こうして生物の進化を、時間の経過にしたがって図に表せば、それは1本の木に似たものになるであろう。それを系統樹とよぶ。植物や動物は、その木のそれぞれの太い枝であり、それぞれがさらに細かく枝を出し、脊椎(せきつい)動物、哺乳類、霊長目といったように、より小さな分類群を生み出していくと考えるわけである。
 爬虫類から鳥類への移行を示すといわれる始祖鳥のように、異なった分類群の中間的形態をもった化石がみつかれば、両者の系統関係はより直接的に示されることになる。現生生物でも同様な例がある。たとえば、軟体動物に属するネオピリナNeopilinaには体節構造が残っており、軟体動物と環形動物の類縁の近さを示す証拠と考えられている。しかし、このような直接的証拠が得られる例は、むしろ少ないのが実状である。
 なお、共通の祖先に由来する生物に相同器官がみられるのは、その器官を生じさせる遺伝子の一そろいが、すこしずつ変化しながらではあるが、そっくり受け継がれているためと考えられる。同様のことは、さまざまな形質を支配する遺伝子についてもいえるわけで、遺伝子組成の類似度から系統を構成する試みも行われている。[上田哲行]

個体発生と系統発生

生物の示す時間的変化には2通りある。一つはいままでみてきたような、種の進化的変化であり、系統発生とよばれる。これに対して卵から成体になる過程を個体発生という。進化で新しい種が生じる場合には、個体発生が変化するわけであるから、個体発生と系統発生の間には密接な関係がある。哺乳類の個体発生の途中に鰓裂がみいだされるように、幼生形に祖先動物の形態が残っていると思われる例が少なくない。また、いろいろな動物の個体発生の過程を比較してみると、成体における著しい相違にもかかわらず、その幼生が非常に似ている場合があって驚かされる(図A図B)。このような事実からヘッケルE. H. Haeckel(1834―1919)は、1866年に「個体発生は系統発生の短縮された急速の反復である」という生物発生原則あるいは反復説とよばれる仮説を提唱した。そして、この仮説に基づいて、現生生物の祖先型を類推することも行っている。
 しかし、この原則が成立するためには、つねに新たな変化が個体発生の先へ先へと付け加わっていく形で進化がおこる必要がある。しかし、発生の途中で成熟して成体になり、その先の過程が失われるという形の進化を考えねばならない場合もあり、個体発生と系統発生の関係は、ヘッケルがいうほど単純ではない。なお、後者のような変化をネオテニーneotenyといい、昆虫類は多足類の、脊索動物は棘皮(きょくひ)動物のネオテニー形より進化したとの説も有力である。ヒトがサルや類人猿の胎児型として生じたという胎児化説も、ネオテニー的変化を想定したものである(図C)。[上田哲行]

生物の連続性

新しい種はほかの種に由来するという考え方を推し進めていくと、究極的には、全生物の共通の由来という問題に至る。では、それを示す証拠はあるのだろうか。いろいろ知られているが、もっとも重要なものは遺伝コードの共通性であろう。生物の遺伝情報は、核酸分子中の塩基の配列という形で伝達されるが、それを意味あるものとして読み取るための暗号規則、すなわち遺伝コードは、これまで研究された全生物に基本的に共通しているが、ミトコンドリアDNA(デオキシリボ核酸)ではすこし違うことがわかっている。したがって、たとえば人間のホルモンであるインスリンの遺伝子を大腸菌の遺伝子の中に組み込んで、インスリンを大量生産するなどといった遺伝子工学の手法が成立しうるのである。さらに重要なことは、遺伝コードの決定における偶然性という点である。たとえば、リボ核酸(RNA)においてウラシルという塩基が三つ並んだものは、フェニルアラニンというアミノ酸を意味するコードであるが、それがフェニルアラニンを意味する必然性はいまのところどうしてもみいだせないのである。いいかえれば、それがほかのアミノ酸を意味するコードであってもすこしの不思議もないのである。したがって、遺伝コードはまったく偶然に決定されたとしか考えられず、そのような偶然の一致がすべての生物で生じる可能性は皆無であろう。結局、現生生物のすべては、そのような対応関係を偶然につくりあげた単一の生物を共通の祖先とし、そこから派生してきたものだと考えざるをえないのである。
 では、最初の生物はどのようにして出現したのか。いわゆる生命の起源の問題であるが、これについてはさまざまな仮説が乱立しているというのが現状である。原始生命は地球外から飛来したとの説もあるが、それは直接の解答にはならない。地球上における生命の起源を最初に本格的に考察したのはオパーリンA. I. Oparin(1894―1980)である。原始地球上において、もっとも簡単な炭素化合物から、アミノ酸、核酸塩基、炭水化物などがまず生成され、ついでこれらの物質から、生命現象にもっとも基本的であるタンパク質や核酸が生成される。そして多くのタンパク質や核酸が寄り集まって、外部から相対的に独立し、自己複製能力をもった原始生命が誕生したというものである。このような大筋は多くの研究者によって認められ、実験室内で原始地球の大気成分に似た状態からアミノ酸や尿素などが合成されたりもしている。単純な化学物質から複雑な分子が形成され、やがて生命の出現に至る過程は、とくに化学進化とよばれている。地球はおよそ45億年前に誕生したと考えられているが、最初の生物化石は約30億年以前の地層にみいだされている。地球上においても約15億年にわたる化学進化の時代があったということになる。[上田哲行]

適応・向上的進化

進化の様相には分岐(クラドゲネシスcladogenesis)と向上(アナゲネシスanagenesis)の二つの側面がある。分岐というのは、種が二つ以上の新しい種に分かれることであり、そのもっとも顕著な例は適応放散とよばれている。向上というのは、たとえば、脊椎動物の系統において、体制や機能の面で、より遅く出現した群に内温性がみられるというように、段階を画する(グレード)新たな傾向がみられることをいう。
 脊椎動物における脳の大きさについても、その体重に対する相対的重量の指数でみる限り、一般に増大する傾向を認めることができる。爬虫類、鳥類、哺乳類と配列したときその傾向は認められるし、哺乳類においても草食獣と肉食獣のそれぞれで、新生代第三紀から現世にかけてその平均相対値も増加する。しかも、どの時期でも肉食獣の脳が大きい。このような向上がどのようにして生じたのかはむずかしい問題であるが、ウマの進化系列においてよくいわれてきた体の増大傾向(コープの規則あるいは一般に定向進化といわれる現象)についてなら、ある種の説明はいくらか可能である。ある個体群に大きさの遺伝的変異があり、その平均値より大きい個体に有利な選択が恒常的に働けば、体の増大化は定着するからである。この場合もいくつかの可能性が考えられる。ただし、より大きな体が生存と繁殖につねに有利だという条件とは、いったいどのようなものかは自明ではない。脳の相対的増大化傾向については、つい知能との関係を想定しそうになるが、肉食獣が狩猟技術の面でより発達した神経系を必要としたという程度の説明なら可能である。ゾウの系統における、下顎骨(かがくこつ)や牙(きば)、さらには鼻や歯にみられる変化の並行的諸傾向の例を図Dに示したが、この説明はむずかしい。
 このような変化を記述するのに、トンプソンW. D.Arcy Thompson(1860―1948)は、1917年に相対成長図(図C)を使って瞠目(どうもく)すべき変形理論を提出したが、相対成長として記述される体のある部分と、ほかの部分の相関的なゆがみの進行が何を意味するかは依然として説明できない。それは何かある部分の変化のみが適応的に意味があり、それを「動機」としてほかの部分は単にメカニカルに、力学的安定化を支えるために変化しているのかもしれない。また、ネオテニーの現象と同じく、個体発生上の調節プログラムの別の展開ルートが開けて、その帰結として体のある方向への展開が生じたのかもしれない。それが結果としては生存と繁殖のより成功した方法として採用されたはず、ということになる。
 しかし、これは新しい体制や機能の付加については何も説明していない。機械でいえば、部品の改良や大型化を説明できても、モデルチェンジ、つまり、ある種の不連続がどうしてできたのかが問題なのである。これは、ジャコブF. Jacobがいうブリコラージュ、あるいはシンプソンG. G. Simpsonのいう便宜主義がどのように生じたのかという問題でもある。それは、新しい機能を担える素材がたまたま使える形で身辺に「変異」として存在したということなのであるが、その素材が、体の経済学の観点から、さして維持費用のかからないものであったか、即座の転用であったかでなければならないし、あれば便利であるが、現行の体制では獲得しえない拘束についても考えねばならない。適応がどのように「完成」されたかという問題は、変異と自然選択という「制約」のもとに、とりあえずの初期条件を仮定したうえでの説明ならば、たとえば、進化的に安定な「戦略」としてゲーム理論風の説明も可能であるが、新しい条件設定がどのように生まれてくるかという問題なのである。遺伝子レベルでさして費用のかからない変異がどのように生じており、それと新しい表現型との関連が、具体的にとまではいわないまでも、もうすこし実質的に言及されない限り、この問題は依然として宙づりのままである。[遠藤 彰]

適応放散

生物の多様性という場合、いわゆる適応放散という現象を抜きには考えられない。この現象は、長い系統の歴史上数多くの例をみいだせる。オーストラリアの有袋類とそれ以外の大陸の有胎盤類の放散との対応関係(図F)はあまりにも有名、また南北アメリカの哺乳類もそうである(図E)。そこには、系統とは関係なく、形態や生活様式の著しく類似した種の対応関係をみいだせる。この類似性は相似といってもよいが、一般に収斂(しゅうれん)現象とよばれている。ガラパゴス諸島のダーウィンフィンチ類(図G)、ハワイ諸島のショウジョウバエ類も著しい多様化を示している。アフリカのタンガニーカ湖のカワスズメダイ類は、少数の祖先種からせいぜい数百万年のうちに多様な種が形成されてきた際だった例である。さらに、魚類の化石は、古生代シルル紀の甲皮類からデボン紀の魚類、節頸(せっけい)類、ペルム紀(二畳紀)から中生代三畳紀にかけての軟質類、中生代ジュラ紀から白亜紀の全骨類、そしてその後現世に至る真骨類の繁栄といった適応放散が繰り返し生じたことを示唆しているとみられている。中生代白亜紀から新生代第三紀の爬虫類の絶滅後の哺乳類の多様化についても同様の進化パターンがみられるだろうし、ほとんどの動物の門(もん)の段階に属するものはこうした適応放散によって出現したとみられている。
 では、このような適応放散は、どのようにして生じたのだろうか。これは生物学の超一級の難問である。そうした多様性の記述には、生態的地位(ニッチniche)の概念が有効である。つまり、環境のあらゆる要因とある生物の生活の仕方を、多次元空間における位置で示すことにより、生活様式の多様な分化(分割)の状況を、たとえば、食物源や捕食者、生息場所や運動様式などの生態的・生理的諸要因の関係で差異を明確にして記述するものである。あるものは陸上生活を、またあるものは空中あるいは水中生活をし、さらにあるものは草食に、また肉食になる。そして草食にも、地上、地中、樹上、空中、水中と生活空間は分かれるし、地上生活の草食でも、草食一般から果実食とか若葉食とかに分かれるといったぐあいである。
 シンプソンは、適応放散とは、可能性をもつ時と所をたまたま同じくする生物のグループが既存の特徴を再結合し、突然変異させて、可能な生活様式を求めていくことであり、あるグループはある基本的な適応型から出発し、その子孫は分岐する傾向をもち、広くさまざまな習性を身につけるようになる、と述べている。それは、自然選択による秩序づけの原理、すなわちどのように選択圧がかかってきたかをある程度まで推測することができることを意味する。このような生態的地位の分化は、基本的には生態的な競争や協同などの相互作用によってもたらされてきたと考えられている。たとえば形質置換として知られている現象は、そのような相互作用の基本過程とも解釈されている。つまり、近縁な個体群が同所的に分布するとき、その食物のレパートリーや生息場所だけでなく、さまざまな形態的特徴までも変化してしまうことがある。このような形質置換がさまざまに積み重なると、多くの個体群間に表現型のうえでの不連続が生じることになろう。ただし、その適応放散の出発点においては、いわば生態的地位は空白であったわけで、そこにはさまざまな生態的地位に分割される可能性のみが存在していたのである。どう分けるかは気の遠くなるような相互作用の結果として想定されるものである。その結果の一端をわれわれは知っているが、その過程はまだわれわれの想像力の及ばないかなたにある。
 生物の示すさまざまな現象は、何から何まで適応しているというのではない。それは分子レベルでの中立的突然変異にとどまらず、体の経済学上の費用、つまりエネルギー配分の問題がさして障害をもたらさないなら、相対成長においてある部分が他の部分の変化の結果として単に変化したにすぎない場合も含まれよう。しかし、そのことと仮説としての適応プログラムをもつこととは矛盾しない。適応にはもちろんいくつかの解答があるわけであり、それは初期条件の単なる違いによって決まっていることもある。時と場所の違いによって異なった自然選択の帰結に至るということである。たとえば、見るとか、泳ぐとか、あるいは飛ぶという機能についての形態的適応を疑うことはできまい(図H)。
 しかし、ルウォンティンR. C. Lewontinが指摘したように、サイの角(つの)が1本か2本かという問題になると慎重でなければならない。捕食者に対する適応として、アフリカでは2本がよく、インドでは1本がよかった理由はみつけがたい。これは、たまたま両方の可能性があっただけだというわけである。確かにそうであるかもしれないが、ややこしいことに、これには、角が捕食者に対するものではなく、たとえば種内の威嚇や性的魅力のためのものとすれば、多数派のスタイルに応じて、1本が有利になる場合や2本が有利になる場合をともに想定することもできる、というドーキンスR. Dawkinsの反論もある。結局、ある表現型形質をどのような文脈でとらえるのか、これが適応を論じる際に重要な問題となる。つまり、何に対しての適応かということと、後述するように何にとっての適応かという問題がそこにはある。[遠藤 彰]

種形成の様式

現生生物の数多くの種が共通の祖先から進化してきたとすれば、祖先種は二つあるいはそれ以上の種に分岐したという過程を頻繁に繰り返してきたはずである。その分岐過程を種形成もしくは種分化という。種はどのようにして生じたのだろうか。これは生物進化の基本過程を理解するうえで避けて通れない問題である。新しい種の形成については図Iに示すような三つの基本様式があると考えられている。図Iはもっとも広く受け入れられている様式で、異所的種形成(アロパトリック種形成)といわれている。ある生物集団(個体群)が地理的に連続して分布していた段階から、なんらかの原因で、地理的に分集団に隔離された(遺伝子交流を断たれた)状態になり、それぞれの地域で別の自然選択圧がかかり、ふたたび分布域が接することがあっても雑種形成(交配)が不可能なほどに分岐してしまった場合である。集団を分断する障壁にはさまざまな地理的要因、大陸移動や島嶼(とうしょ)化や氷河形成や大洋島への移住などが考えられる。
 それに対して、図Iは同所的種形成(シンパトリック種形成)といわれ、集団の地理的な分断なしに分岐の生じる場合である。これは同一個体群内になんらかの形で生殖隔離がおこらなければならない。生息場所が異なったり、生殖時期が季節的にずれたり、行動的な多型が配偶関係に影響を与えたりすると、このような分岐が生じる。もうすこし一般的にいうと、同じ集団内に二つの型に有利に働く自然選択が十分強くて、相互の交配を妨げるか、あるいは同系的な交配によって生じた子孫の生存率が、異系交配による子孫の生存率より高ければ、このような種形成も十分可能である。
 図Iは側所的種形成(パラパトリック種形成)といわれ、前二者のいわば中間的な様式である。個体群がほぼ連続的に接して分布している場合がこれにあたり、多くの地理的勾配(こうばい)のみられるグループの種形成は、これで説明されることが多いと考えられるようになっている。[遠藤 彰]

進化をめぐる現代の諸問題

分子レベルでの遺伝機構の解明が進んだことから、分子レベルでの進化は、DNAの塩基配列の変化や置換として理解されるとともに、進化における有性生殖の意義の重要性はよりいっそう深く認識されるようになったし、中立的な突然変異の事実も理解され、いわゆる適応万能論に対して、木村資生(もとお)(1924―94)らによる中立説からの限定が付されることにもなった。この中立突然変異を利用した分子時計が系統分岐の推定に有効なことも認められてきている。ただし、中立説そのものは、表現型の適応そのものを説明するものではなく、遺伝的変異を豊富化する可能性を示すものであろう。
 中立説に依拠するとして進化の偶然性のみが強調されることもあるが、それは適応万能論への警告の意義はもつものの、適応の説明とはまた別の問題である。それはともかく、真核生物では遺伝子の重複構造や動く遺伝子(トランスポゾン)の存在も確かめられ、分子遺伝学はいま新たな展開期を迎えつつあり、進化について、豊富な知見をもたらすだろうことは間違いない。
 また、系統分類学の方法をめぐって三つの学派の論争が現在も続いている。その一つは、任意に選んだ形質による分類を主観的であるとして排し、数量分類の立場から、可能な限り多くの形質を量的に扱い、類似度を指標にしてグループ分けをする表形(ひょうけい)分類学(フェネティックス)の学派である。
 この立場が推論に基づく系統的類縁関係を認めないと主張するのに対して、ヘニッヒW. Hennig(1913―76)らが唱えた系統分類は、単系統に基づいた分類を主張する。つまり、相同形質について、その形質状態からもっとも新しく形成されたもの――派生形質(子孫形質)をみいだせれば、それを共有する群を単系統の枝(クレード)として位置づけられる。それを繰り返して、より高次の系統分類が可能になるとする(クラディスティックス)。また、系統群により進化過程での分化の程度に差のあることを重視して分類する立場もあり、進化的分類学といわれる。単純化して図Jに示す。表形分類と系統分類は、場合によっては一致するが(図J)、著しい形態差が比較的短期間に生じた場合には異なってくる可能性がある。著しい分岐が生じたり(図J)、収斂(しゅうれん)が生じると(図J)、系統群と表形群に差が出てくる。さまざまな異論があるが、表形分類は、近縁なグループにはそれなりに有効であるが、諸形質をどう測定するか、差異の距離をどう計算するかに問題が残るし、系統分類は、派生的形質の見極めがかならずしも簡単ではない、などの批判もある。といって、従来の分類方法の欠陥は明らかであり、さまざまな折衷も試みられている。
 大進化をめぐっては、漸進的変化では説明しにくい現象が化石記録によって示され、種の急激な分岐が生じたのちに長い停滞期が存在するという断続平衡説(区切り平衡説)が、古生物学者エルドリッジNiles EldredgeとグールドStephen Jay Gould(1941―2002)によって1972年に提出され大きな論争をよんでいる。ただし、地質学的時間尺度でいう急激な変化は遺伝学的時間尺度ではかなり長期にわたることから、このことが事実としても、当初主張されたほどには進化の漸進的説明を否定するものではないとも反論されている。それよりも長期の停滞がなぜ生じるかが漸進説には難問かもしれない。種形成(分化)のおこり方については、周辺小個体群における新しい変異の定着が仮定されており、マイアE. Mayrの主張した異所的種形成説への地質学的証拠として位置づけられたものであったことも留意しておいてよい。
 ところで、種形成機構については、総合説の打ち出された当時、可能性が低いとされていた同所的種形成も、ランダムな交配ではなく、同系的交配が生じるならば、従来考えられていた以上におこる可能性が高いとみなされてきている。種形成の基本過程は、単に外的要因による隔離だけでは説明しえない現象であることも確かであろう。どのようにして種が分化したのか。これは進化過程を理解するうえでは不可避の論点に違いないが、遺伝子の組換え、中立的なものも含めた突然変異、遺伝的浮動、さらには遺伝子重複などさまざまな変異が総体としてはランダムに生じたうえで、自然選択のさまざまな方向性あるいは規定性が関与したものと考えられている。それはおそらく抽象的にではなく、より具体的に解かれねばならない問題でもあるだろう。
 選択(淘汰(とうた))の単位、つまり何にとっての適応かという問題は、ダーウィン以来、漠然と個体にとっての適応が問題にされてきたし、ある意味では、それは当然に思える。しかし、利他的行動(社会的行動)の進化について、1962年にウィン・エドワーズV. C. Wynne-Edwardsがそれを群淘汰(集団選択)によって説明して以来、大論争がおこった。操作上は集団についての平均的適応度を想定することも簡単にできるし、それは限られた状況において意味論的には意義をもつし、理論上も個体選択とかならずしも矛盾するものではないが、大勢としては不要な仮説として退けられることが多い。しかし、では個体が選択の単位としてまったく問題がないかというと、かならずしもそうではない。
 ハミルトンW. D. Hamiltonは1964年、利他的行動の進化を説明するものとして、群淘汰説にかえて包括適応度の概念を唱え、いわば同祖遺伝子の適応度をぎりぎりのところで個体の適応度として救い出した。そして、ドーキンスR. Dawkinsは1976年、適応は遺伝子にとっての利益として考えるのが論理的である、つまり、選択されるのは遺伝子すなわち自己複製子であるとの説を唱えた。個体や個体群選択(集団選択)は、ドーキンスによると遺伝子のビィークル(媒体・乗り物)の選択であり、それは遺伝子の選択とは区別されねばならない。適応について語るのであれば、個体ではなく遺伝子にとっての利益として明示的に論じるべきである。包括適応度の概念は、実はそういうことを意味していたのである、という。
 生物学的な個体は独特の遺伝子型と表現型をもっている。遺伝子型というのは、その個体の属している個体群の遺伝子プールの構成部分である。そして、表現型が、繁殖成功をめぐってほかの表現型と競争、相互作用する。この成功度すなわち適応度は、さまざまなほかの表現型効果との作用の結果、相対的に決まるものである。つまり条件しだいで、ある表現型が有利になることもあれば、不利になることもある。自然選択は、まさしく外からの秩序づけの原理であり、そうした表現型効果の差異を規定しているが、なんらかの遺伝的差異そのものに働くことになる。そうして減数分裂・生殖を経て、有効な遺伝子の組合せの適合性が高まり、表現型の「進化」がさまざまに進行する。[遠藤 彰]
『徳田御稔著『生物進化論』(講談社学術文庫) ▽D・ラック著、安部直哉・樋口広芳訳『進化――ガンカモ類の多様な世界』(1976・思索社) ▽G・G・シンプソン著、平沢一夫・鈴木邦雄訳『進化の意味』(1977・草思社) ▽S・L・ミラー、L・E・オーゲル著、野田春彦訳『生命の起源』(1975・培風館) ▽J・モノー著、渡辺格・村上光彦訳『偶然と必然』(1972・みすず書房) ▽C・パターソン著、磯野直秀・磯野裕子訳『現代の進化論』(岩波新書) ▽S・M・スタンレー著、養老孟司訳『進化の新しいタイムテーブル』(1983・岩波現代選書) ▽S・J・グールド著、浦本昌紀・寺田鴻訳『ダーウィン以来』上下(1984・早川書房) ▽R・ドーキンス著、日高敏隆・岸由二・羽田節子訳『生物=生存機械論』(1980・紀伊國屋書店) ▽J・チャーファス編、松永俊男・野田春彦・岸由二訳『生物の進化 最近の話題』(1984・培風館) ▽L・マーギュリス著、永井進監訳『細胞の共生進化』上下(1985・学会出版センター) ▽西田誠著『陸上植物の起源と進化』(岩波新書) ▽木村資生編『分子進化学入門』(1984・培風館)』

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精選版 日本国語大辞典

しん‐か ‥クヮ【進化】
〘名〙 (evolution の訳語)
① 生物の種が別の種に変わること。一般に、体制の複雑化、適応の高度化ならびに種類の増加を伴う。
※人権新説(1882)〈加藤弘之〉一「動植物が生存競争と自然淘汰の作用により漸く進化するに随て」
吾輩は猫である(1905‐06)〈夏目漱石〉三「吾輩も亦人間界の一人だと思ふ折さへある位に進化したのは頼母しい」
事物が、段階を追って、よりよい、あるいはより高度な形態へと変化していくこと。〔哲学字彙(1881)〕
一年有半(1901)〈中江兆民〉附録「進化の大理に基けるものたること明瞭也、故に我国貿易の敗戦は」
[語誌]ダーウィンの進化論を日本に紹介した加藤弘之の造語と考えられる。その後、「哲学字彙」にも登録されたが、「化醇」も使用されていた。①に挙例の「人権新説」が出版された後、進化論に対する社会の関心が高まり、一般に広く浸透した。

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最新 心理学事典

しんか
進化
evolution
生物が複製を繰り返す過程で起きる変化のうち,子孫に継承可能な変化によって生物の形質が変化していく状態を指す。ライエルLyell,C.が『地質学原理Principles of Geology』(1830)の中でevolutionを初めて用いた。個体の成長などは,その個体内のみの変化であり,子孫への継承が不可能であるため,進化とはよばない。狭義では,遺伝子の変化を伴う形質の変化を進化とよぶ。しかし,遺伝子が生物を形造る情報であるように,継承可能な知識体系の伝達による形質の変化も,その知識体系が心を形成する情報であるととらえると,広義の進化とよぶことができる。英語のevolutionはもともとラテン語で「展開」を意味しており,そのことば自体に価値判断は含まれない。しかし,evolutionの日本語訳である「進化」ということばには,進歩や前進という意味がしばしば込められることがある。ダーウィンDarwin,C.は,その著『種の起原On the Origin of Species by Means of Natural Selection』(1859)において,evolutionということばではなく「変化を伴う継承descent with modification」とよび,進歩や前進という意味が含まれるのを好まなかった。

【進化論】 生命の起源と並んで進化上の重要な問いに,どのように生物が進化し多様な種になったかということが挙げられる。この問いに対して,決定的に重要な役割を果たしたのは,ダーウィンの『種の起原』であるが,ダーウィン以前にも,生物の進化に関して重要な考察が数多くなされた。ダーウィンの祖父で,詩人であり医者であり哲学者であったエラズマス・ダーウィンDarwin,E.は,『自然の殿堂The Temple of Nature』(1803)の中で,「現存するすべての植物と動物は,太古の海の中で自発的に生じた微小な生物を起源としている」と述べており,生物が長い時間をかけて変化・進化してきたことを主張した。ただし,孫のダーウィンのように自然淘汰natural selection(自然選択)という概念はもち合わせておらず,環境の変化に対する生物の変化が進化の主なメカニズムであると考えていた。

 フランスの博物学者ラマルクLamarck,J.B.P.A.de M.は,生物がよく使う器官はしだいに発達し,逆にあまり使わない器官はしだいに衰え,機能を失うという用不用説use and disuse theoryを19世紀初頭に唱え,個体がその生涯において後天的に獲得した変化,つまり頻繁に利用することにより発達した器官における変化がその個体の子孫に継承されることで生物は進化する,という獲得形質の遺伝inheritance of acquired traitsが進化のメカニズムであると考えた。ラマルクが提唱した獲得形質の遺伝は,生物の進化が生物の内在的欲求に従う方向に進化し得ることを主張するものであったが,その後の多くの実証的な研究によって,ラマルクの主張する獲得形質の遺伝は否定されている。しかし,近年の分子生物学の発展により,細胞レベルにおいて,エピジェネティクスepigeneticsとよばれる遺伝子の後天的修飾機構が見つかってきており,遺伝子がまったく同じであっても後天的な修飾機構により,表現型が異なる例があることがわかってきた。しかも,そのように獲得された表現型の一部はその子孫に遺伝するものがあることもわかってきた。よって,現代生物学においては,獲得形質の遺伝を完全には否定することはできず,ラマルクの考えた獲得形質の遺伝が起き得るのではないかと考えられ始めている。

 進化という概念をはっきりとさせ,定着化させたのはダーウィンである。ダーウィンはビーグル号による航海中に世界各地の動植物相に触れ,種の不変性に疑問を感じ始めた。とくに南アメリカ大陸での生物分布,化石と現生生物との比較,ガラパゴス諸島での動植物の観察が,後の自然淘汰による生物の進化を考察する基盤となった。

 マレー諸島を中心に博物学的研究を行なっていたウォレスWallace,A.R.は,ダーウィンと同様に生物の進化における自然淘汰の役割について独自に結論に至っていた。ウォレスと手紙をやり取りしていたダーウィンはこれを機に,種の起原に関する論文を1858年にウォレスと同時に発表した。その翌年にダーウィンはそれまでの著作および自説をまとめ『種の起原』を出版した。彼は,その中で,自然淘汰によって,生物はつねに環境に適応するように変化し,種が分岐して多様な種が生じると主張した。自然淘汰による生物の進化が起きるためには,⑴生物がもつ形質には個体間に違いがあり(変異variation),⑵その形質の一部は親から子に伝えられ(遺伝inheritance),⑶その形質の違いに応じて次世代に子を残す能力に差がある(選択selection)ことが必要であると,ダーウィンは主張したのである。

 ダーウィンの時代には,遺伝のメカニズムに関しては知られていなかったので,変異の原因や遺伝についてはダーウィンもうまく説明できなかった。しかし,ダーウィンとほぼ同時代のメンデルMendel,G.J.によって1865年に発表されたメンデルの法則と,その後のド・フリースde Vries,H.M.,コレンスCorrens,C.E.,チェルマックTschermak,E.vonらによるメンデルの法則の再発見により,自然淘汰の遺伝的なメカニズムの理解が進んだ。

 20世紀初頭になるとダーウィンが提唱した自然淘汰説とメンデルが発見したメンデルの法則を基礎とした遺伝学との統合によるネオダーウィニズムneo-Darwinismあるいは進化の総合学説が誕生した。この背景には,生物集団内における遺伝子の構成や頻度の変化を統計的・確率的に扱う集団遺伝学population geneticsの成立が重要であった。集団遺伝学の成立には,フィッシャーFisher,R.,ホールデンHaldane,J.,ライトWright,S.による貢献が大であった。フィッシャーは,『自然淘汰の遺伝学的理論The Genetical Theory of Natural Selection』(1930)において,従来対立するものと考えられていた,突然変異を進化の主原動力とする突然変異説mutationismとダーウィンの提唱した自然淘汰説Darwinismが,互いに排他的ではなく融合可能なものであることを証明した。ホールデンは,『進化の要因The Causes of Evolution』(1932)において,メンデルの法則を基本として自然淘汰による進化を数学的に説明した。また,ライトにより遺伝的浮動genetic driftが発見された。集団内における遺伝子の頻度が選択圧から直接影響を受けずに,偶然に左右されて変化する現象である。その後,集団遺伝学の知識体系に加えて,系統分類学phylogenetic systematics,古生物学paleontology,生物地理学biogeography,生態学ecologyなどの諸分野の成果を取り入れ,総合的に生物の進化を説明するネオダーウィニズムが進化論の主流になった。

 集団遺伝学の祖である,フィッシャー,ホールデン,ライトのうち,フィッシャーとホールデンは生物集団の個体数が十分に大きいと仮定したうえで理論構築を行なった。この場合には,生存に有利な突然変異は必ず急速にその頻度を増加させ,集団に固定する。一方,ライトは,生物の個体数は実際には有限であるとの考えから,確率理論を応用した理論研究を行なった。そこで出てきた遺伝的浮動という概念が,木村資生の中立進化説neutral theory of evolutionの重要な礎となった。木村は「分子レベルにおける進化速度Evolutionary rate at the molecular level」(1968)を発表し,分子レベルでの遺伝子の変化は,その大部分が自然淘汰に対して有利でも不利でもなく中立的であり,突然変異と遺伝的浮動が進化の主な駆動力であるとする中立進化説を発表した。発表されてからしばらくは否定的な意見が多かったが,多数の塩基配列が利用可能な現在では,分子レベルにおける進化の大部分が中立進化説に従うことがわかっている。中立進化説では,分子レベルにおける自然淘汰の役割のほとんどは集団からの有害突然変異deleterious mutationの除去であり,正の自然淘汰positive selectionはごくまれにしか生じないと考える。このため,分子レベルでの進化には,大部分の中立進化とごく少数の正の自然淘汰が主である。一方,ある突然変異が中立にふるまうかどうかは,遺伝的浮動の程度を決める集団の有効な大きさeffective population sizeに依存するため,集団が小さい場合,遺伝的浮動の効果が強くなり,本来は淘汰されるはずの弱い有害突然変異が集団に固定することも確率的に考えられる。木村の同僚であった太田朋子(1973)はこのような変異を重視し,弱有害突然変異説slightly deleterious mutant substitutions in evolutionを提唱した。分子レベルにおける中立進化説が,形態などの表現型レベルでの進化にどのような役割を果たしているか,または分子レベル,形態レベルにかかわらず,中立進化説と自然淘汰説の統合が今後の大きな課題として残っている。

【進化と遺伝】 ダーウィンは自らの主張した進化論の中で,生物の表現型phenotypeの基礎となる遺伝heredityのしくみについて,パンゲン説pangenesisという説を唱えて説明した。パンゲン説において,ダーウィンは,ジェミュールgemuleという自己増殖性の微小な粒子が体内の各器官や組織に存在し,その粒子が各器官や組織において獲得した形質の情報を保持し,その後生殖細胞に移動することにより,その情報が生殖細胞を通じて子孫に伝わると主張した。ダーウィンは,ラマルクの主張した用不用説や獲得形質の遺伝を支持しており,パンゲン説はそのしくみを説明しようとしたものであった。しかし,メンデルの遺伝法則の発見およびその後の再発見により,パンゲン説は誤りであることがわかった。

 自然科学としての遺伝学は,メンデルの法則Mendel's lawの発見に端を発する。オーストリア・ブリュンの聖トマス修道院の修道士であったメンデルは,1856年から8年間にわたってエンドウを使った交配実験を続け,表現型の世代間の伝わり方,つまり遺伝には規則性があることを発見した。すなわち,優性の法則law of dominance,分離の法則law of segregation,独立の法則law of independent assortmentであり,これらはまとめてメンデルの遺伝法則とよばれる。メンデルは,交配実験に使ったエンドウの対立表現型形質として,種子の形(丸型としわ型),子葉の色(黄色と緑色),種皮の色(有色と無色),さやの形(膨らみ型とくびれ型),さやの色(緑色と黄色),花の付き方(葉の付け根と茎の頂),草丈(高いか低い)の計7組について,子孫への伝わり方を調べた。丸型の種子を作る系統としわ型の種子を作る系統を交配させたところ,最初に得られた雑種第1世代はすべて丸型の種子をつけ,しわ型の種子は対立形質である丸型の種子によって隠され表現型として現われない。これが優性の法則であり,雑種第1世代で現われた形質を優性dominance,現われなかった形質を劣性recessiveとよぶ。調べた七つの対立形質のすべてに優性,劣性が認められた。雑種第1世代同士を交配して得られた雑種第2世代では,丸型としわ型の種子の比率がほぼ3:1となり,そのほかの優性の法則を示す対立形質に関しても同様に雑種第2世代では3:1の比率で優性形質と劣性形質が出現した。これは雑種第1世代において優性と劣性それぞれの因子が融合せず,配偶子形成の際に分離し,それぞれの配偶子(雑種第2世代)に受け継がれることで説明され,分離の法則とよばれる。二つの対立形質(形質AとBとする)それぞれの子孫への伝わり方を見ると,雑種第1世代ではそれぞれ優性の対立形質のみが現われるが,雑種第2世代での出現頻度を見ると,その比率が,どちらとも優性:9,形質Aが優性で形質Bが劣性:3,形質Aが劣性で形質Bが優性:3,どちらとも劣性:1となる。これはそれぞれの対立形質について見ると,12(9+3):4(3+1),つまり3:1である。したがって,二つの形質は完全に独立で,お互い干渉することがない。これを独立の法則とよぶ。メンデルは,これらの規則性を説明するために,ある形質を決めている単位化された粒子状の因子の存在を仮定した。この粒子状の因子は後にベイトソンBateson,W.によって遺伝子と名づけられた。

 メンデルの注目した七つの形質は,たまたまエンドウの異なる染色体にあるか,もしくは同じ染色体にあるとしても十分に遠い位置にその遺伝子座genetic locusがあったため,それぞれの形質は実質的に独立と考えて差し支えなかった。しかし,実際にはある形質の遺伝子座が染色体の近い位置にある場合,独立な挙動を示さない場合がある。また,遺伝子座間の物理的な距離によらず,ある遺伝子の働きによって別の遺伝子の発現が抑制されるために,子孫の表現型の比率にメンデルの法則からのずれが生じる場合がある。これをエピスタシスepistasisといい,発現を抑制する働きをもつ遺伝子を上位epistatic,抑制される遺伝子を下位hypostaticの状態にあるとする。また,エピスタシスのより広範な意味として,複数の遺伝子の効果が相加的でないものをすべてエピスタシスとよぶこともある。

【遺伝子gene】 遺伝子とは,子孫に伝えるための個々の情報を担う因子のことを指す。大部分の生物では,その因子はDNAを媒体とし,その塩基配列に情報が保持されているが,一部のウイルスではRNAを情報の媒体とする。情報の伝達の媒体がDNAであってもRNAであっても,それらは4種類のヌクレオチドnucleotideから構成される。ヌクレオチドは,塩基baseと糖sugarとリン酸phosphoric acidからなり,塩基の種類としてDNAの場合,アデニンadenine,グアニンguanine,シトシンcytosine,チミンthymineであり,RNAの場合チミンの代わりにウラシルuracilが用いられる。

 遺伝子の構造単位は,タンパク質に対応する転写産物のメッセンジャーRNAの構造を規定するDNA領域と狭義には定義される。これを構造遺伝子structural geneとよぶ。真核生物の構造遺伝子にはタンパク質の情報を担うアミノ酸配列を規定している領域であるエクソンexonと,規定していない領域であるイントロンintronがある。構造遺伝子のイントロンの数や長さは生物種によってさまざまであるが,一般的に体の作りが複雑になる高等真核生物において,数が多くなり,長さも長くなる傾向にある。より広義の意味は,タンパク質の代わりにRNAが機能単位となる転移RNAやリボソームRNA,また近年の分子生物学の発展により見つかってきた小分子RNAなどのノンコーディングRNAも構造遺伝子とよぶことがある。構造遺伝子とは別に,構造遺伝子の発現調節を行なうプロモーターpromoter,オペレーターoperator,リプレッサーrepressor,エンハンサーenhancerなどのDNA機能単位領域を調節遺伝子regulatory geneとよぶ。

 構造遺伝子,調節遺伝子,ノンコーディング遺伝子を含めすべての情報はゲノムgenomeに記されている。ゲノムの大きさは,その生物がもっている塩基対の数で表わすことができる。真正細菌のマイコプラズマMycoplasmaのゲノムサイズはきわめて小さく,55万から140万塩基対であり,遺伝子数は181個と推定されている。真正細菌のなかでも一般的な大腸菌Escherichia coliでは,そのサイズは約460万塩基対であり,ゲノム全体の約75%の領域が4000個余りの遺伝子によって占められている。一方,ヒトのゲノムは約30億塩基対からなり,約2万5000個の遺伝子がゲノム全体の10%程度の領域を占めている。生物の体の複雑さとゲノムサイズは必ずしも比例しない。植物のなかにはヒトの10倍以上のゲノムをもつものもあり,単細胞生物のアメーバでは,ヒトの200倍以上のゲノムサイズをもつものも存在する。

 ゲノムに記されている情報の網羅的解明を目標としたゲノム解読計画genome projectが1990年代から始まった。1995年にはインフルエンザ菌の全ゲノム配列が決定され,1996年にラン藻,1997年に大腸菌,1999年にショウジョウバエなどの全ゲノムが次々と明らかになった。ヒトゲノムの解読は,1980年代半ばに計画がなされ,1990年から国際チームの協力体制のもとに進み,2001年に概要配列が発表された。その後もゲノムの解読が行なわれており,配列解読技術の飛躍的な向上もあり2012年現在で,5000人を超えるヒトのゲノム配列が解読されている。

 遺伝形質の発現や情報は,従来は,DNAの複製→DNAの転写→RNAの翻訳→タンパク質,という順序で伝達されると考えられていた。これはDNAの二重らせん構造double helixの発見者であるクリックCrick,F.が提唱し,セントラルドグマcentral dogmaとよばれている。このセントラルドグマに従うと,形質の変化はDNA配列の変化の結果であることになる。しかし,近年の分子生物学の発展により,遺伝形質のすべてがDNAに由来するのではなく,DNA配列の変化を伴わない形質の変化もあることがわかってきた。このようにDNAの塩基配列の変化なしに,遺伝子機能変化が生じ,その表現型が子孫にも伝達することをエピジェネティック変異epigenetic mutationとよび,その機構を研究する学問分野をエピジェネティクスepigeneticsとよぶ。発生学においては,古くから,生物の発生においてより複雑な構造が発生のプロセスに従って漸次形成されるという後成説epigenesisが存在していた。現在の分子生物学では,発生のプロセスをつかさどる遺伝子発現の制御にエピジェネティック変異がかかわっていることが明らかになっている。実際のエピジェネティック変異は,DNAのメチル化methylationやヒストンhistonのメチル化,アセチル化acetylation,リン酸化phosphorylationなどによるクロマチンの構造変化によって引き起こされる。エピジェネティック変異は,DNAの変化を伴わないためDNAの塩基配列が同じはずの一卵性双生児やクローン動物における表現型の差を生み出すメカニズムだと考えられている。たとえば,クローンネコ同士の毛の模様が同じにならないということが知られている。これは,三毛ネコにおけるオレンジ色の毛の色を決めている遺伝子がX染色体に存在するためである。オレンジ色を決めるO遺伝子には,優性遺伝子Oと劣性遺伝子oがあり,優性遺伝子Oはオレンジ色を発現させ,劣性遺伝子oは黒色を発現させる。三毛ネコになるためにはO遺伝子をヘテロ接合体Ooでもつことが必要条件である。通常の場合は,ヘテロ接合体であっても優性遺伝子Oが発現し全身オレンジ色のネコになるはずであるが,この遺伝子座がX染色体上にあるため,発生の途中で2本ある雌のX染色体のどちらかがランダムに不活性化inactivationされる。不活性化は1本のX染色体しかもたない雄との遺伝子発現量補正genedosage compensationを行なうためと考えられているが,この不活性化は,上記のDNAのメチル化やヒストンの種々の化学的な修飾により起こる。つまり,DNA配列によらないランダムな不活性化のために,毛髪関連細胞単位で後天的にオレンジ色を発現するか黒色を発現するかが決定される。このメカニズムのため,クローンというまったく同じDNA配列をもっていても毛の模様が大きく異なる。

【染色体chromosome】 表現型形質の基となる遺伝子は染色体に存在する。染色体とは動物および植物細胞において有糸分裂mitosisの際に観察される塩基性色素で染まる棒状の構造物を指す。染色体の構成成分はDNAとヒストン,非ヒストンタンパク質からなり,真核生物ではこれらのタンパク質とDNAの複合体がクロマチンchromatinを形成する。クロマチンの構成単位は,ヌクレオソームnucleosomeとよばれ,DNAがヒストンに2回超らせん構造で巻きついた構造を取っている。DNAが巻きついたヌクレオソームは,次々と重なり合い規則的なクロマチン構造を作り,DNAはより凝縮した構造になる。ヒトのゲノムは30億塩基対あり,その全長は180㎝にも達するが,それがわずか直径数マイクロメートル(㎛)の核の中に詰め込まれる。

 染色体の構造は,決して静的なものではなく,細胞周期に従って凝縮したり緩んだりを繰り返している。また,クロマチン構造が緩むことにより,特定のタンパク質やDNA/RNAの複合体が特定のDNA配列に接近できるようになり,遺伝子の発現調節,DNA複製,修復などを行なっている。細胞種によって発現する遺伝子のタイミングや種類は異なるが,この発現調節に,前述したDNAメチル化やヒストンのいくつかの化学修飾によるエピジェネティックな調節機構が関与している。このように,細胞周期や遺伝子の発現,複製,修復のために動的にクロマチン構造を変化させる領域をユークロマチンeuchromatin領域とよぶ。それに対し,染色体の長腕long armと短腕short armが交差する領域で細胞分裂時に紡錘体spindleが結合するセントロメアcentromereや,染色体末端に位置し染色体の保護に重要なテロメアtelomereなどではクロマチンはより高度に凝縮し,ヘテロクロマチンheterochromatinとよばれる構造を取る。この高度に凝集したクロマチン構造のために,遺伝子を発現させるための因子がDNA配列に接近することができず,ヘテロクロマチン領域にはほとんど遺伝子が存在しない。だからといってヘテロクロマチンが生物学的に意味のない領域というわけではなく,ヘテロクロマチンの近傍にある遺伝子とそうでない遺伝子とでは,クロマチン構造の違いにより発現パターンが異なる位置効果position effectという現象が知られている。

 ヒトやヒトに近縁な霊長類や哺乳類においては,ゲノムに存在する遺伝子の数に大きな差異はなく,2万から3万個程度であるが,核型karyotypeとよばれる染色体の数や形態は大きく異なることが知られている。ヒトの染色体の数は雄と雌を決定する性染色体sex chromosome2本と性染色体以外の常染色体autosome44本の計46本の染色体からなる。ヒトに最も近縁なチンパンジーでは,性染色体と常染色体合わせて48本である。しかし,哺乳類全体における染色体の数は,ホエジカの6本からラットの近縁種の102本までと広範囲に及ぶ。一般的には,染色体の数の変化には,適応的な意味がなく,進化と直接には関係ないと考えられてきた。しかし,近年の研究において,遺伝子の染色体上の位置が発現に大きく影響を及ぼすことがわかってきたり,ある種の転移因子の発現抑制が脱メチル化によって解除されることで,染色体の構造変化chromosome rearrangementの頻度が飛躍的に高くなる現象などがわかってきたため,染色体の数や形態も,進化に対してなんらかの適応的な意味をもつと考えられ始めている。 →遺伝 →進化心理学
〔郷 康広〕

出典:最新 心理学事典
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