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追儺【ついな】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

追儺
ついな
鬼やらい,なやらい,大儺 (たいだ) ,駆 (くだ) ともいう。宮中年中行事の一つ。悪魔を祓い,悪疫邪気を退散させる儀式。中国に始り,文武天皇 (在位 697~707) の頃に伝わり,のちには社寺民間でも行われた。古くは大みそかに行われたが,のちに節分まきとして行われるようになった。

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デジタル大辞泉

つい‐な【追×儺】
大みそかの夜に行われる朝廷の年中行事の一。に扮(ふん)した舎人(とねり)殿上人らが桃の弓葦の矢、桃の杖(つえ)で追いかけて逃走させる。中国の風習が文武天皇の時代に日本に伝わったものという。江戸時代の初めには廃絶したが、各地の社寺や民間には節分の行事として今も伝わり、豆まきをする。鬼やらい鬼追い。鬼打ち。 冬》山国の闇(やみ)恐ろしき―かな/石鼎」

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な‐やらい〔‐やらひ〕【×儺】
追儺(ついな)。鬼やらい。
「滝口も―果てけるままに、皆まかでてけり」〈紫式部日記

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世界大百科事典 第2版

ついな【追儺】
悪鬼を払い,疫癘(えきれい)を除いて,新年を迎える儀式。宮廷年中行事の一つ。大晦日の大祓(おおはらえ)についで行われた。大儺(たいな),鬼やらいともいう。古く中国に始まり,《周礼(しゆらい)》によれば方相氏(ほうそうし∥ほうしようし)と称する呪師がの皮をかぶり,四つの黄金目玉のある面をつけ,黒衣に(も)をつけ,手に戈(ほこ)と盾(たて)とをもって疫鬼を追い出した。日本へは文武天皇のころに伝わったという。

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大辞林 第三版

ついな【追儺】
悪鬼・疫癘えきれいを追い払う行事。平安時代、宮中において大晦日おおみそかに盛大に行われ、その後、諸国の社寺でも行われるようになった。古く中国に始まり、日本へは文武天皇の頃に伝わったという。節分に除災招福のため豆を撒く行事は、追儺の変形したもの。鬼やらい。 [季] 冬。

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なやらい【追儺】
立春の前夜、悪鬼や疫病を追い払う行事。ついな。鬼やらい。 [季] 冬。 宮のさぶらひも、滝口も、-果てけるままに、みなまかでてけり/紫式部日記

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日本大百科全書(ニッポニカ)

追儺
ついな
鬼やらい、なやらいなどともいい、日本では節分の豆撒(ま)きをこの名称でよぶことが多いが、本来は疫鬼を追い払う行事。中国では『周礼(しゅらい)』によれば、熊(くま)の皮をかぶり黄金の四つ目の面をつけ、黒衣に朱裳(しゅしょう)を着した方相(ほうそう)氏という呪師が矛と盾を手にして、宮廷の中から疫鬼を追い出す作法を行ったという。
 日本には、追儺は陰陽道(おんみょうどう)の行事として取り入れられ、文武(もんむ)天皇の慶雲(きょううん)3年(706)に、諸国に疫病が流行して百姓が多く死んだので、土牛をつくって大儺(おおやらい)を行ったというのが初見である。『延喜式(えんぎしき)』などによると、宮中では毎年大晦日(おおみそか)の夜、黄金の四つ目の面をかぶり黒衣に朱裳を着した大舎人(おおとねり)の扮(ふん)する方相氏が、右手に矛、左手に盾をもって疫鬼を追い払ったという。この除夜の追儺はおそらく大祓(おおはらえ)の観念とも結び付いて展開したものと思われるが、そのほか、寺の修正会(しゅじょうえ)や修二会(しゅにえ)の際にもこの鬼やらいの式が行われた。
 一方、民間の鬼やらいは二月節分に行われ、豆撒きが盛んであるが、なかには大晦日に豆撒きを行う例もある。追儺には、大晦日や正月の鬼やらいの行事をいう場合と、二月節分の豆撒きをいう場合とがあるわけである。概して日本の民俗における鬼に対する観念は複雑で、豆撒きも鬼を追い払うのでなく神への散供(さんぐ)と考えられ、単に疫鬼、悪鬼というだけでなく、むしろ悪霊を抑える力強い存在(善鬼)とみるようなところがある。[新谷尚紀]
『和歌森太郎著『年中行事』(1957・至文堂)』

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精選版 日本国語大辞典

つい‐な【追儺】
〘名〙
① 朝廷の年中行事の一つ。大晦日の夜、悪鬼を追いはらうための儀式。疫病その他の災難を追放しようとするもので、古く中国に始まり、日本では慶雲三年(七〇六)に初めて行なわれ、次第に社寺・民間でも行なわれるに至った。後世は節分の夜、豆をまいて禍を追う行事となった。おにやらい。なやらい。な。《季・冬》
※延喜式(927)四三「凡十二月晦日戌時追儺。坊官率品官舎人等南門外。兵衛開門如常。内裏儺声如発、大夫以下各執桃弓葦矢
※紫式部日記(1010頃か)寛弘五年一二月三〇日「つこもりの夜、ついなはいととくはてぬれば」
※三代実録‐元慶六年(882)一二月二九日「於朱雀門大祓。乃追儺如常。授正五位下行左衛門佐兼加賀権守藤原朝臣弘経従四位下
[補注]漢籍には見られず、日本における呼称。中国では、疫鬼を駆逐する儀礼を「儺」「大儺」という。「観智院本名義抄」には「儺」に「ヲニヤライ(フ)」の和訓が見える。

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な‐やらい ‥やらひ【追儺】
〘名〙 疫鬼を追いやる行事。ついな。おにやらい。《・冬》
※紫式部日記(1010頃か)寛弘五年一二月三〇日「滝口もなやらひ果てけるままに、みなまかでてけり」

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な‐やら・う ‥やらふ【追儺】
〘自ハ四〙 おにやらいをする。ついなを行なう。儺をやらう。
蜻蛉(974頃)中「なやらふなやらふと騒ぎののしるを」

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