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近代劇【きんだいげき】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

近代劇
きんだいげき
modern drama
個人意識に目ざめた近代市民社会の意志表現としての演劇。古典主義演劇が王を中心とする貴族社会の精神の所産であったのに対する。その意味では,シェークスピアや L.F.ベガ,G.E.レッシング,D.ディドロの作品までも含まれるが,一般にはリアリズムや自然主義文学の影響が現れはじめた 1880年頃以後の演劇のことをさす。イプセンストリンドベリチェーホフショーハウプトマンらの作品がその代表的なもので,社会の矛盾や人間の生の苦悩をその本質においてとらえようと追求しているところに,一つの共通した特徴が認められる。

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デジタル大辞泉

きんだい‐げき【近代劇】
19世紀末にヨーロッパで起こった演劇。近代市民社会の個人主義自由主義の立場から人生や社会問題を扱った。作家としては、イプセンストリンドベリハウプトマンチェーホフショーら。日本では明治末期から大正期にかけて「文芸協会」「自由劇場」を中心に展開された。

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世界大百科事典 第2版

きんだいげき【近代劇】
〈近代劇〉を欧米語,たとえば英語に直せばmodern drama,あるいはmodern theatreとなろう。だがこの語を逆に日本語に訳そうとすると,〈近世劇〉〈近代劇〉〈現代劇〉の3通りの訳語が出てくる。ところが日本語の〈近代劇〉は〈近世劇〉(〈古典劇〉)とも〈現代劇〉とも対立する(〈現代劇〉は〈時代劇〉の反対語としても使われる)。これは欧米語でmodernと呼ばれる時代が,その始まりをルネサンス期,19世紀,20世紀のいずれにおいても今日までの時代を覆うのに対して,日本語の〈近世〉は〈近代〉以降を含まず,〈近代〉は〈現代〉を含まないからである。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

きんだいげき【近代劇】
一九世紀後半ヨーロッパにおこった演劇革新運動。近代市民の思想に基づいた個人主義や自然な写実性尊重の立場で、社会問題や人生問題をテーマとする。イプセン「人形の家」などはその代表的作品。日本では坪内逍遥しようよう・島村抱月の文芸協会や小山内薫おさないかおる・二世市川左団次らの自由劇場が、イプセン・ストリンドベリ・ハウプトマン・チェーホフの作品を上演、日本の演劇に近代写実主義と社会問題を扱った翻訳劇という新分野をもたらし日本新劇運動の先駆をなした。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

近代劇
きんだいげき
19世紀末期から20世紀初頭にかけて、ヨーロッパから世界各国に広まった革新的な演劇思潮、運動をいう。広義には、産業革命の進展に伴う、個人意識に目覚めた近代市民社会を背景に生まれた近代演劇全般を含むが、厳密には、1880年代から1910年前後にかけてフランスにおこり、やがてヨーロッパ各国に波及した自由劇場運動を中心とした、一連の高度な芸術的内容を目ざす演劇運動をさす。
 古典主義演劇の「悲劇」「喜劇」の規範では収まりきれない、新興の市民階級の生活をまじめに正面から取り上げた中間的ジャンルとしての「市民劇」が、ディドロによって提唱されたのは18世紀のなかばであった。18世紀末から19世紀前半のロマン主義演劇の時代を経て、19世紀なかばには、市民社会の切実な問題を扱ったヘッベルの『マリア・マグダレーナ』(1844)をはじめ、オットー・ルードウィヒ、オストロフスキーらの写実的な市民悲劇が生まれてきた。この市民悲劇の伝統を完成させ「近代劇の父」とよばれたのが、ノルウェーの劇作家イプセンであった。『社会の柱』(1877)、『人形の家』(1879)、『幽霊』(1881)、『民衆の敵』(1882)などの社会劇によって、近代的な自我の覚醒(かくせい)、人間の解放、遺伝の影響、社会と個人の対立など、解体期の市民社会に内在する諸問題を、リアルな手法で暴露し、えぐりだした。以降、ストリンドベリ、トルストイ、ハウプトマンらも高い水準の写実主義戯曲を発表し、象徴主義によるメーテルリンクらもイプセンの後を追った。このころ生物学を中心に自然科学の研究が進み、また急速な技術の進歩により、科学的なものの見方と、実証主義の精神がしだいに広まり、このような合理的な近代精神に培われて、フランスでは自然主義文学が19世紀後半に生まれた。なかでもゾラは『演劇における自然主義』(1881)を発表し、現実のなかに生きる人間を取り扱い、性格と環境の生み出すドラマを掘り下げることを提唱した。
 ゾラの主張や、実生活の断片を舞台に再現し、生命による動きの劇を目ざしたジャン・ジュリアンの演劇論に共鳴したフランスのアントアーヌは、1887年パリで自由劇場をおこし、自然な人生の真実の姿を舞台に再現しようとした。舞台に面した第四の壁を取り去った、嘘(うそ)のないありのままの現実の生活を舞台に示し、トルストイの『闇(やみ)の力』、イプセンの『幽霊』など自然主義戯曲の上演に画期的な成果を収めた。商業劇場が増加して演劇の商品化が進み、スター主義と空疎で低俗な演劇の流行していたヨーロッパ劇壇の風潮に反旗を翻し、反営利主義の立場から会員制度による実験的・研究的な小劇場運動を始めたアントアーヌの自由劇場の影響は、またたくまにヨーロッパ全土に波及し、各国に近代劇運動が巻き起こった。ドイツでは、1889年にブラームが自由舞台を創立し、ハウプトマンを作家として送り出した。イギリスでは、91年にジェイコブ・グラインが独立劇場をおこし、バーナード・ショーらの戯曲を取り上げ、98年にはホイーレンによるステージ・ソサエティ(舞台協会)が設立された。99年にはアイルランドでイェーツらにより国民演劇樹立の運動がおこり、のちアベイ劇場に拠(よ)るアイルランド劇団となり、アメリカの小劇場運動を誘発した。98年にはロシアでスタニスラフスキーとネミロビチ・ダンチェンコがモスクワ芸術座を創立し、リアルな演技術により、『桜の園』(1903)のチェーホフやゴーリキーなど優れた自国の作家を生み出している。日本の新劇運動の端緒となった小山内薫(おさないかおる)、2世市川左団次による自由劇場(1909創立)もこうしたヨーロッパの近代劇運動の影響下に誕生したものであった。
 世界各国に及んだ近代劇運動は、近代劇作家の創作した戯曲を第一に尊重し、スター主義を否定してアンサンブルのとれた演技陣と、芸術的統率者としての演出者の出現により、精度の高い舞台を創造していった。こうして近代劇運動は完成され、やがて第一次世界大戦を境に、各国に巻き起こる現代演劇の多様な展開の基盤をつくりあげたのであった。[藤木宏幸]
『山田肇著『近代劇十二講』(1953・未来社) ▽『筑摩世界文学大系84 近代劇集』(1974・筑摩書房) ▽河竹登志夫著『近代演劇の展開』(1982・日本放送出版協会)』

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精選版 日本国語大辞典

きんだい‐げき【近代劇】
〘名〙 一九世紀末、ノルウェーの劇作家、ヘンリック=イプセンの提唱によって起こった新しい演劇。従来の演劇に見られる舞台上の多くの約束事を破り、個人主義、自然主義の立場から写実を基調として、人生や社会の問題を取り扱った思索的、暗示的な傾向のもの。スウェーデンのストリンドベリ、ドイツのハウプトマン、ロシアのチェーホフなどの作家、また、フランスの自由劇場、ロシアの芸術座、日本の坪内逍遙の起こした文芸協会、小山内薫の起こした自由劇場などは、これに属する。
※後の新片町より(1913)〈島崎藤村〉自由劇場の新しき試み「自由劇場で、此秋舞台に上せようとするのは、云はば近代劇其物の翻訳を試みようとして居るのです」

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