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貴族院【きぞくいん】

デジタル大辞泉

きぞく‐いん〔‐ヰン〕【貴族院】
明治憲法により、衆議院とともに帝国議会を構成していた立法機関。明治23年(1890)創設。昭和22年(1947)日本国憲法施行とともに廃止。

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世界大百科事典 第2版

きぞくいん【貴族院】
1890‐1947年大日本帝国憲法下で衆議院とともに立法府を構成した機関。国民代表的性格をほとんどもたない点で,一般の〈上院〉や戦後参議院とは根本的に異なる機関である。その構成は,成年に達した皇族男子と30歳以上の公・侯爵の全員,30歳以上の伯・子・男爵の各5分の1(互選),〈国家ニ勲労アリ又ハ学識アル者〉から天皇が任命する勅選議員(30歳以上),および各府県の多額納税者の上位15人から1人を互選する多額納税議員からなり,公・侯・伯・子・男の有爵議員が議員の半数以上を占める定めとなっていた。

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大辞林 第三版

きぞくいん【貴族院】
旧憲法下の帝国議会の一院。二院制の上院に相当する。1890年(明治23)創設。1947年(昭和22)廃止。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

貴族院
きぞくいん
二院制の国会で、世襲の貴族や高官などによって構成される議院。議会制の長い歴史をもつイギリスでは、古くウィリアム1世(在位1066~87)のころから国王の諮問機関として大貴族よりなる大会議magnum conciliumを有していたが、しだいに小貴族、市民代表が参加することになり、のちに分裂して、世襲制の貴族階級によって構成される貴族院House of Lordsと、市民代表からなる庶民院House of Commonsの二院制が成立した。民主政治の発展とともに、公選制の庶民院に政治の実権が移り、貴族院は名目的存在となった。貴族院の制度は、イギリスの影響を受けたヨーロッパ諸国、すなわち立憲君主制時代のフランス、第一次世界大戦以前のプロシア王国、バイエルンなどのドイツ諸国、オーストリアなどにみられたが、現代では、イギリスを除いて存在しない。
 わが国では、明治憲法下の帝国議会が衆議院および貴族院から構成された。権限のうえでは衆議院と貴族院はほぼ同等とされたが、衆議院が公選議員によって構成されるのに対して、貴族院は貴族院令の定めるところにより、皇族議員、華族議員および勅任議員によって組織された(旧憲法34条)。
 貴族院令によれば、皇族議員は、成年に達した皇族は当然議員となる。華族議員のうち公侯爵を有する者は、満30年(大正14年〈1925〉の改正前は満25年)に達すれば当然議員となり、伯子男爵を有する者は、総数150人(大正14年改正前は176人)で、同爵者中の選挙により選出され、その任期を7年とした。勅選議員は、(1)終身議員として、国家に勲労ある者または学識ある者のなかから勅選される満30年以上の男子125人、(2)帝国学士院会員より互選される任期7年の議員4名(大正14年の改正により追加)、(3)多額納税者議員として各府県から多額納税者100人に対して1名の割合で互選された任期7年の議員66名以内、の3種類があった。
 以上の組織で明らかなように、貴族院は、大土地所有者、資本家、高級官僚など、旧憲法時代における特権支配層を代表し、また同時に天皇制の防塞(ぼうさい)たる役割を担うものであった。公選議員よりなる衆議院の政党化に伴い、政党と藩閥官僚との対立が表面化すると、貴族院がときにキャスティング・ボートを握り、あるときは政府と対立し、またあるときは政府と結んで野党を抑えた。第四次伊藤博文(ひろぶみ)内閣における予算案(1901)、第一次、第二次西園寺公望(さいおんじきんもち)内閣における郡制廃止案(1907)、選挙法改正案(1912)をめぐる政府との対立が前者の例であり、清浦奎吾(けいご)内閣の成立(1924)に対する支援が後者の例である。清浦内閣の成立に関しての貴族院の態度に反発する護憲三派の不満を直接の契機として、1925年、貴族院の一部改革が行われた。
 昭和に入り、軍部が台頭し、二・二六事件による政党政治の終焉(しゅうえん)とともに議会政治は有名無実となり、貴族院もその存在意義を失った。1947年(昭和22)日本国憲法の施行により貴族院は廃止された。新憲法下でも二院制は維持されたが、衆議院、参議院とも公選議員により組織されることとなった。[山野一美]

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精選版 日本国語大辞典

きぞく‐いん ‥ヰン【貴族院】
〘名〙
① 貴族制度をもつ立憲君主国の二院制の議会における上院。貴族・官選議員などで構成される。貴院。
※米欧回覧実記(1877)〈久米邦武〉三「立法官は、貴族院と民代院と二に分る」
② 大日本帝国憲法により、衆議院とともに帝国議会を構成した一院。皇族、華族、勅任議員からなる。衆議院と対等の権限をもち、特権階級の利益を代表した。日本国憲法の公布により、昭和二二年(一九四七)廃止。貴院。
※大日本帝国憲法(明治二二年)(1889)三三条「帝国議会は貴族院衆議院の両院を以て成立す」

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旺文社日本史事典 三訂版

貴族院
きぞくいん
大日本帝国憲法のもとで,帝国議会を衆議院とともに構成していた上院の名称
1890(明治23)年開設。皇族・華族・勅選議員などで構成。封建的特権階級を代表する機関で,予算先議権を衆議院に譲るほかは衆議院と対等の権限をもった。第2次護憲運動は貴族院の改革をとり上げたが,根本的改革は実現しなかった。1947年日本国憲法で廃止された。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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