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谷崎潤一郎【たにざき じゅんいちろう】

美術人名辞典

谷崎潤一郎
小説家。東京生。一高、東大に進み、小山内薫らと第二次「新思潮」を創刊。『象』『刺青』等の作品で永井荷風に認められ、文壇に登る。震災後関西に移住、『卍』『春琴抄』等谷崎文学の頂点ともいえる作品を著す。戦中期は『細雪』を執筆、『源氏物語』の現代語訳にあたる。文化勲章受章。昭和40年(1965)歿、79才。

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デジタル大辞泉

たにざき‐じゅんいちろう〔‐ジユンイチラウ〕【谷崎潤一郎】
[1886~1965]小説家。東京の生まれ。精二の兄。第二次「新思潮」同人。「刺青(しせい)」などで永井荷風に認められ、耽美的作風に新しい境地を開く。関西移住後は、古典的な日本美に傾倒し、独自の世界を築いた。文化勲章受章。小説「痴人の愛」「蓼(たで)喰ふ虫」「春琴抄」「細雪(ささめゆき)」、随筆「陰翳礼讃」、「源氏物語」現代語訳など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

谷崎潤一郎 たにざき-じゅんいちろう
1886-1965 明治-昭和時代の小説家。
明治19年7月24日生まれ。第2次「新思潮」発表の「刺青(しせい)」が永井荷風に激賞され,耽美(たんび)派作家として文壇に登場。関東大震災を機に関西にうつり,作風は「痴人の愛」に代表されるモダニズムから「吉野葛(くず)」「春琴抄」などの古典趣味に変貌した。戦時中は「源氏物語」の現代語訳にとりくみ,発禁となった「細雪(ささめゆき)」を執筆。晩年の作品に「鍵」「瘋癲(ふうてん)老人日記」など。昭和24年文化勲章。昭和40年7月30日死去。79歳。東京出身。東京帝大中退。
【格言など】これから小説を書かなければならない……。小説を……(臨終のことば)

出典:講談社
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江戸・東京人物辞典

谷崎潤一郎
1886〜1965(明治19年〜昭和40年)【小説家】マゾヒズムから老人の性まで描き、絢爛たる谷崎文学を築く。 国際的にも高い評価。明治?昭和期の小説家。東京都出身。父が家業に失敗して苦学した。東京帝国大学在学中の1910年(明治43)第二次「新思潮」を創刊、発表した「刺青(しせい)」が永井荷風に激賞された。マゾヒズムの描写や高い物語性は自然主義中心の文壇に衝撃を与えた。関東大震災後の関西移住を契機に、日本の伝統文化に回帰、「細雪」や「陰翳礼讃(いんえいらいさん)」などを発表。晩年は「鍵」「瘋癲(ふうてん)老人日記」などで老人の性を描いた。

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監修:江戸東京博物館 都市歴史研究室長 北原 進
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世界大百科事典 第2版

たにざきじゅんいちろう【谷崎潤一郎】
1886‐1965(明治19‐昭和40)
小説家。東京日本橋の商家の長男として生まれる。父倉五郎は〈敗残の江戸っ児〉の世代に属する無気力なタイプ,母せきは性格の強い美人だったといわれ,その幼児環境は潤一郎の精神形成に大きく作用した。東京府立第一中学校に入学したが,父が家業に失敗したため書生をしながら第一高等学校英法科に進み,さらに東京帝国大学国文科に籍を置いたが,1911年学費未納のため退学,ただちに作家生活に入った。その活動は明治・大正・昭和の3代,前後55年間にわたっているが,およそ五つの時期に区分できよう。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

たにざきじゅんいちろう【谷崎潤一郎】
1886~1965) 小説家。東京生まれ。東大中退。第二次「新思潮」同人。美や性に溺れる官能世界を描く唯美的な作家として文壇に登場。関西移住後、古典的日本的美意識を深め数々の名作を生んだ。代表作「刺青」「痴人の愛」「蓼喰ふ虫」「春琴抄」「細雪」「鍵」、現代語訳「源氏物語」など。

出典:三省堂
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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

谷崎潤一郎
たにざきじゅんいちろう
[生]1886.7.24. 東京
[没]1965.7.30. 湯河原
小説家。第一高等学校を経て 1908年東京大学国文学科に進んだ。 10年,和辻哲郎らと第2次『新思潮』を起し,『誕生』『刺青』『麒麟』などを発表して文壇に認められ,同年東大を中退。官能美,女性崇拝を基調とした被征服による征服をモチーフとし,やがて悪魔主義と呼ばれる独自の作風へ発展,『異端者の悲しみ』 (1917) ,『痴人の愛』を発表した。しかし,関東大震災で関西に移住してから日本の古典美への傾斜を深め,『卍 (まんじ) 』 (28~30) ,『乱菊物語』 (30) ,『春琴抄』を書き,現代語訳『源氏物語』 (26巻,35~38) ,大阪船場を舞台にした『細雪 (ささめゆき) 』,また『少将滋幹 (しげもと) の母』 (49~50) などの長編を生んだ。さらに『』や『瘋癲 (ふうてん) 老人日記』 (61) の大胆な性描写が大きな反響を呼ぶなど,晩年まで衰えぬ作風を示した。 37年芸術院会員。 49年文化勲章受章。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

谷崎潤一郎
たにざきじゅんいちろう
(1886―1965)
小説家。明治19年7月24日東京・日本橋蠣殻(かきがら)町(現日本橋人形町)に生まれる。父は倉五郎、母は関。倉五郎は入り婿で、潤一郎の下に三男三女がある(すぐ下の弟が英文学者谷崎精二)。祖父久右衛門は一代で産をなした進取の気性の商人で、母の関は「美人絵双紙の大関にされてゐた」(『幼少時代』)という評判の美人であった。が、倉五郎は商売下手で失敗を繰り返し、幼時は大家の坊ちゃんとしてだいじに育てられながら、坂本小学校の高等科を卒業するころは、中学へも進めない状態になる。教師や伯父の配慮で、1901年(明治34)数え年16歳で府立一中(現日比谷(ひびや)高校)に入学、翌年、秀才の特典で飛び級をして3年生になる。同級に辰野隆(たつのゆたか)がいた。『学友会雑誌』に早くから作文や漢詩を発表して注目され、05年、一高英法科に入学、文芸部委員となり、『校友会雑誌』に小説『狆(ちん)の葬式』(1907)その他を発表。08年、一高英法科を卒業、「創作家にならうと云(い)ふ悲壮な覚悟をきめ」(『青春物語』)て、東京帝国大学国文科に進む。[大久保典夫]

文壇にデビュー

1910年(明治43)9月、小山内薫(おさないかおる)を盟主として、和辻(わつじ)哲郎、大貫晶川(おおぬきしょうせん)、後藤末雄、木村荘太(そうた)らと第二次『新思潮』を創刊。資金は、小学校時代からの親友で、著名な中華料理店偕楽(かいらく)園のひとり息子笹沼(ささぬま)源之助と、木村荘太から提供された。島崎藤村(とうそん)の『破戒』(1906)に始まる自然主義文学運動もようやく行き詰まり、反自然主義の台頭に励まされた潤一郎は、創刊号に『誕生』、10月号に『象』、11月号に『刺青(しせい)』、12月号に『麒麟(きりん)』を相次いで掲載。同誌が7号で廃刊になったあと、続いて『スバル』の同人として『少年』『幇間(ほうかん)』(ともに1911)を発表。この間、東京帝大から授業料未納のかどで退学を命ぜられる。が、その11年の11月号の『中央公論』に『秘密』が掲載され、しかも同じ11月号の『三田文学』に永井荷風が『谷崎潤一郎氏の作品』を書き、その文学の特質を激賞するに及んで、新進作家として華やかにデビューする。荷風は谷崎文学の顕著な特質として、第一に、「肉体的恐怖から生ずる神秘幽玄(ゆうげん)」、第二に「全く都会的なる事」、第三に「文章の完全なる事」をあげたが、これは谷崎文学の本質のいち早い指摘として正鵠(せいこく)を射たものといえよう。続いて発表した『悪魔』(1912)には、極端なマゾヒズムと女性の悪魔性への賛美があり、この傾向は、『恋を知る頃(ころ)』(1913)から翌年の芸術家小説『饒太郎(じょうたろう)』に至って独自の世界を築く。しかし、これが芸術至上主義的な放浪生活から生活の正常化への志向を生み、15年(大正4)、石川千代と結婚し、『お艶(つや)殺し』(1915)以下の毒婦物を相次いで書くが、立て続けに発禁になり、『神童』(1916)、『異端者の悲しみ』(1917)などの自伝的作品に血路をみいだしてゆく。これらにも、「悪」の芸術性と正当性の主張が顕著で、また、『呪(のろ)はれた戯曲』(1919)、『途上』(1920)などのスリラー的手法による妻殺しがテーマの作品には、妻千代の妹せい子との恋愛の影が揺曳(ようえい)している。[大久保典夫]

小田原事件

潤一郎は、1917年(大正6)に母を、19年に父を相次いで失い、神奈川県小田原(おだわら)に転居、20年から翌年にかけて大正活映株式会社の脚本部顧問となり、せい子(芸名・葉山三千子)を主演女優に映画製作を試みたりする。また、妻千代をめぐるトラブルから、親友の佐藤春夫と絶交する、いわゆる「小田原事件」の起こるのも21年中で、潤一郎が妻千代と離婚し、春夫が千代と結婚することで事件の解決をみるのは、実に10年後の30年(昭和5)中のことである。しかし、この間、23年の関東大震災をきっかけに関西に移住したことで、谷崎文学は画期的な飛躍を遂げる。『痴人の愛』(1924~25)は、震災後のアメリカ的風潮が生んだモダン・ガールの生態を描いた風俗小説として評判になり、続く『卍(まんじ)』(1928~30)は、同性の魅力のとりこになった人妻とその夫の破滅劇を、その人妻が大阪弁で告白する異色の長編として注目された。『蓼喰(たでく)ふ虫』(1928~29)は、自伝的要素の濃い「離婚待機小説」だが、すでにここに、数年後の古典主義時代の予兆としての日本回帰の志向がみられる。また、この間、上海(シャンハイ)に遊び、自殺直前の芥川龍之介(あくたがわりゅうのすけ)といわゆる「『小説の筋』論争」を交わしたりした。[大久保典夫]

古典主義時代

1931年(昭和6)1月、『母を恋ふる記』(1919)以来の母性思慕の主題を深めた『吉野葛(よしのくず)』を発表。続いて9月『盲目物語』、10月から翌年11月にかけて『武州公秘話』、そして『蘆刈(あしかり)』(1932)を発表。しかし、「古典主義時代」といわれるこの期の最高傑作は、なんといっても33年の『春琴抄(しゅんきんしょう)』で、ここにみられる徹底した女性拝跪(はいき)は、そのまま根津松子(1935年結婚)への姿勢とつながるものだろう。
 潤一郎は、1933年、日本美の再発見に言及した『陰翳礼讃(いんえいらいさん)』を書き、続いて、35年から、終生の仕事となった『源氏物語』の現代語訳に着手する。また、36年『猫と庄造(しょうぞう)と二人のをんな』を書き、37年には芸術院会員に推された。42年から『細雪(ささめゆき)』の執筆を始め、戦後の48年(昭和23)、大阪の船場(せんば)育ちの蒔岡(まきおか)家の四姉妹を描いたこの大作を完成、翌年、文化勲章を授与される。[大久保典夫]

豊饒の戦後

敗戦の年、すでに59歳であった潤一郎は、高血圧症に悩まされながらも、なお旺盛(おうせい)な執筆活動を続け、『少将滋幹(しげもと)の母』(1949~50)、『鍵(かぎ)』(1956)、『夢の浮橋』(1959)、『瘋癲(ふうてん)老人日記』(1961~62)と、積年のテーマの深化を図りながら一作ごとに新境地を示す話題作を書き続け、昭和40年7月30日、腎(じん)不全から心不全を併発し、神奈川県湯河原(ゆがわら)の新居で死去した。京都市左京区鹿(しし)ヶ谷(たに)法然院に葬られている。[大久保典夫]
『『谷崎潤一郎全集』全28巻(1972~75・中央公論社) ▽伊藤整著『谷崎潤一郎の文学』(1970・中央公論社) ▽野村尚吾著『伝記谷崎潤一郎』(1974・六興出版) ▽野口武彦著『谷崎潤一郎論』(1973・中央公論社) ▽笠原伸夫著『谷崎潤一郎――宿命のエロス』(1980・冬樹社)』

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精選版 日本国語大辞典

たにざき‐じゅんいちろう【谷崎潤一郎】
小説家。東京出身。東京帝国大学中退。第二次「新思潮」同人として出発し、耽美的・悪魔主義的な傾向の作品を発表。関東大震災を機に関西に移住し、古典的・伝統的な日本美に傾倒、新境地をひらく。「源氏物語」の現代語訳、「陰翳礼讚」などの随筆もすぐれた仕事。著作「刺青」「痴人の愛」「蓼喰ふ虫」「蘆刈」「春琴抄」「細雪」「少将滋幹の母」など。明治一九~昭和四〇年(一八八六‐一九六五

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