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諸子百家【しょしひゃっか】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

諸子百家
しょしひゃっか
Zhu-zi bai-jia
中国の戦国時代 (前 403~221) に輩出した多数の思想家の総称。「子」とは先生,「家」とは学派のことである。『漢書』によれば,189家があげられており,儒家道家陰陽家法家名家墨家縦横家雑家農家小説家の 10派に分類されている。ほかに兵家があり,なかでも,思想的に重要なのは,儒,道,墨,法の4家であった。諸子百家 (用例初出は前漢『史記』の賈誼伝) のなかにすでに中国的思考のあらゆる原型が出ており,後世の思想史の最大の要素,源泉となった。

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デジタル大辞泉

しょし‐ひゃっか〔‐ヒヤクカ〕【諸子百家】
中国、春秋戦国時代に現れた多くの思想家およびその学派の総称。儒家孔子孟子)・道家老子荘子)・墨家(ぼっか)墨子)・法家管仲商鞅(しょうおう))・名家公孫竜)・兵家孫子呉子)・縦横家蘇秦(そしん)張儀)・陰陽家雑家農家小説家など。

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とっさの日本語便利帳

諸子百家
七国が対立しつつ統一への機をうかがった戦国時代(前四七五~二二一)、百家争鳴といわれる多くの思想家(子)が活躍した。『漢書』は「諸子百八十九家」を著録し、主な流派を儒家・道家・墨家・法家・名家・陰陽家・縦横家・農業家・小説家・雑家の一〇家に分けている。

出典:(株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」

諸子百家
→「いつか必ず役に立つ!編 これだけは押さえておきたい!中国古典」の「諸子百家」

出典:(株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」

世界大百科事典 第2版

しょしひゃっか【諸子百家 Zhū zǐ bǎi jiā】
中国,春秋末期から戦国期にかけての,ほぼ300年間に活躍した思想家群をさす。《史記》賈誼(かぎ)伝にみえる語。〈諸子〉とは,この期に独自の思想をかまえ,専門の学説を樹立した術芸の学士たちの意。〈百家〉は,その専門の流派の多さを象徴的に表現した量詞。またのちに,この専門家の著述を,儒教の〈経〉典や〈史〉書から区別して一括し,〈子〉部の書とよぶ。 秦・漢期以後の思想家の源流は,おおむね〈諸子〉の活動期にもとめることができる。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

しょしひゃっか【諸子百家】
中国、春秋末期から戦国時代にかけての諸学者・諸学派の総称。陰陽家の鄒衍すうえん、儒家の孔子・孟子・荀子、墨家の墨子、法家の韓非子、名家の公孫竜、道家の老子・荘子、兵家の孫子、縦横家の蘇秦・張儀など。また、儒家を除いていう場合もある。 〔「百家」はその多さを表した語〕

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日本大百科全書(ニッポニカ)

諸子百家
しょしひゃっか
中国、戦国期を中心とする時代に輩出した諸種の思想家。またはその典籍。この語の由来に関し、一説に班固(はんこ)の『漢書(かんじょ)』芸文志(げいもんし)の諸子略に189家、4324編の書が著録されている事実を根拠とし、百家を189家の概数的表現と解する。だが、『史記』賈誼(かぎ)伝に「頗(すこぶ)る諸子百家の学に通ず」というのがその初出の例である以上、百家は単に諸子の数の多いことを意味すると考えられる。
 諸子とは、書目(しょもく)では経書や史書などと対置されるのだが、本来はもろもろの学士をさす。その本格的な学派分類は、司馬遷(しばせん)の父、談の六家(陰陽家(いんようか)、儒家(じゅか)、墨家(ぼくか)、名家(めいか)、法家、道家(どうか))、および班固の十家(儒家、道家、陰陽家、法家、名家、墨家、縦横家(じゅうおうか)、雑家、農家、小説家)に始まる。『隋書(ずいしょ)』経籍志では、兵、天文、暦数、五行(ごぎょう)、医方の5類が付加される。先秦(せんしん)時代の諸子に限っていえば、かかる後代の尺度による分類は、かならずしもその実態の把握に直結しない。なぜなら、いわゆる諸子百家のうち学派とよぶにふさわしい実質を備えていたのは、儒家と墨家の両派のみであったと推測されるからである。したがって、十家などの分類は、諸子の大まかな思想・学説の傾向を示したものにすぎない。戦国期に諸子の輩出した原因としては、各国君主が混迷の時代を乗り切るための方策を求めていたことや、それに伴う活発な精神を基調とする下剋上(げこくじょう)の風潮などをあげることができる。[伊東倫厚]

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精選版 日本国語大辞典

しょし‐ひゃっか ‥ヒャクカ【諸子百家】
〘名〙 中国の周末から漢にかけて出現した、諸学者と諸学派の意。陰陽家(鄒衍)、儒家(孔子・孟子・荀子)、墨家(墨子)、法家(管仲・申不害・商鞅・韓非子)、名家(恵施・公孫龍)、道家(老子・荘子・列子)などの総称。史記では以上の六家に分類し、漢書ではそれに兵家(孫子・呉子)、縦横家(蘇秦・張儀)などを加えて「凡そ諸子一八九家」とする。現在では儒家は含めないでいうこともある。
※文徳実録‐天安二年(858)六月己酉「時春城応徴、与明同房、閲覧諸子百家」 〔史記‐賈誼伝〕

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