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西陣【にしじん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

西陣
にしじん
京都市上京区西部の一地区。西陣織の機業地として知られる。今出川大宮を中心とし,一条通以北,堀川通以西の地区をさすが,ときにはかなり広域をさすこともある。地名応仁 (おうにん) の (1467~77) 当時,堀川をはさんで東側に布した細川勝元の「東陣」に対し,山名宗全 (→山名持豊 ) が西側に布陣して「西陣」としたことに由来。平安時代以降宮廷用の衣服が生産され,中世には絹工人の同業組合大舎人座 (おおとねりざ) が結成され,機業地として発展していたが,応仁の乱で全滅。その後豊臣秀吉の保護を受けて復興,江戸時代には幕府の保護のもとに著しく発展し,元禄時代には機屋 5000軒を数えたと伝えられる。現在も日本第1の高級絹織物の産地。小規模経営が多く,問屋制家内工業的な性格が残存し,賃織業者も多い。

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デジタル大辞泉

にしじん〔にしヂン〕【西陣】
応仁の乱のとき、西軍の山名宗全が陣を置いたところから》京都市上京区の新町通から西へ千本通に至る、一条通より北の一帯の称。桃山時代からの機業地。
西陣織」の

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日本の企業がわかる事典2014-2015

西陣
正式社名「株式会社西陣」。英文社名「NISHIJIN」。卸売業。昭和26年(1951)「有限会社清水鋳工所」設立。同35年(1960)株式会社化にともない、現在の社名に変更。本社は東京都千代田区平河町。遊技機・補給設備会社。群馬県桐生市で発祥。パチンコ・パチスロ機械、パチンコ玉補給装置の開発・製造・販売を行う。

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

にしじん【西陣】
京都市上京区の地名。西陣織の産地として有名である。地名は応仁・文明の乱において西軍(山名宗全)方の陣所となったことに由来する。この地を西陣と呼んだ初見史料は《蔭涼軒日録》文明19年(1487)正月24日条で,常在光寺の荒廃に触れて〈西陣辺〉と記され,乱後10年目にはすでに地名化していた。その西陣の中心に近い堀川上立売のあたりに現在山名町があり,これは山名宗全邸趾である。西陣の範囲は近世の《京都御役所向大概覚書》によれば〈東ハ堀川を限り,西ハ北野七本松を限り,北ハ大徳寺今宮旅所限り,南ハ一条限り,又ハ中立売通〉であった。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

にしじん【西陣】
応仁の乱の際、西軍の山名宗全の陣営が置かれたことから 京都市上京区にある機業地区。一条通り以北、堀川以西の地域をさす。家内工業的な機屋が集まり、近世以来絹織物業の中心地。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

西陣
にしじん
京都市上京(かみぎょう)区の今出川大宮(いまでがわおおみや)を中心とし、ほぼ北は鞍馬口(くらまぐち)通、南は一条通、東は新町(しんまち)通、西は千本(せんぼん)通に及ぶ地域の総称。もとは微高地の原野であったが、応仁(おうにん)の乱(1467~1477)の際、東軍の細川勝元(かつもと)の東陣に対して、西軍の山名宗全(やまなそうぜん)の陣営が置かれたのが西陣の名称の起源である。
 豊臣(とよとみ)秀吉は京都の復興にあたって、堺(さかい)から中国の新しい織物技術を学んだ職人たちを西陣の地に集めた。機業地としての西陣の始まりである。江戸時代には幕府の保護のもとに大いに発展し、元禄(げんろく)時代には機屋数5000軒に及び、高級絹織物としての西陣織の名は全国に知られた。1868年(慶応4)の東京遷都によって一時衰微したが、西欧からジャカード織機などを取り入れて近代化を図り、伝統産業として新たに復活した。伝統技術を生かして帯地、着尺地(きじゃくじ)、ネクタイなどの服飾品から室内装飾品などにわたる高級絹織物が家内工業的に生産されている。機屋のほか、問屋、銀行などもあり、今出川から南の千本通は西陣京極(きょうごく)とよばれ、庶民的な繁華街をなしている。堀川(ほりかわ)今出川には西陣織会館があり、西陣織の実演や、着物ショー、西陣織の製品の展示・即売が行われている。そのほか、旧西陣織物館の建物が市の登録文化財となっている京都市考古資料館や雨宝院(西陣聖天)、晴明神社などがある。[織田武雄]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

にし‐じん ‥ヂン【西陣】
[1] 〘名〙
① 西の方角に張った軍陣。
※浮世草子・好色三代男(1686)一「鼠小紋の布子に西陣(ニシヂン)・奥島の帯」
[2] (応仁の乱の際に西軍の山名宗全が陣を置いたところから) 京都市上京区新町通以西、千本通に至る一条通以北、鞍馬口通以南の地域の総称。古くは賀茂神社の神領地。豊臣秀吉の頃から機業地となる。
※咄本・醒睡笑(1628)一「西陣といふは絹屋のあまたある所なるが」

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旺文社日本史事典 三訂版

西陣
にしじん
京都市北西部,上京・北両区にわたる一帯で,西陣織の産地
平安時代以来の機業地。応仁の乱(1467〜77)で一時四散し,乱後西軍陣地あと(西陣)に復興。以来高級絹織物業地として全国に知られたが,零細・家内工業的経営が多い。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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