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衛府【えふ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

衛府
えふ
奈良,平安時代に宮門の警備を司った役所。職員は諸門の警固行幸時の供奉などを役目としていた。令制では衛門,左右衛士,左右兵衛の5府であるが,神亀5 (728) 年令外に中衛府,天平宝字3 (759) 年に授刀衛おき,その後外衛府も設けた。しかし天平神護1 (765) 年にいたり,まず授刀衛を近衛府改称。次いで宝亀3 (772) 年外衛府を廃し,大同2 (807) 年には近衛府を左近衛府,中衛府を右近衛府と改称。同3年衛門府を左右衛士府に統合,さらに弘仁2 (811) 年左右衛士府を左右衛門府と改称し,ここに6府となった。御所警衛のうち,内裏内郭が近衛府,中郭が兵衛府外郭が衛門府の所管であった。

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デジタル大辞泉

え‐ふ〔ヱ‐〕【衛府】
古代、宮城の警備、行幸・行啓の供奉(ぐぶ)などに当たった官司。律令制下では衛門府(えもんふ)・左右衛士府(えじふ)・左右兵衛府(ひょうえふ)五衛府であったが、弘仁2年(811)以後左右近衛府・左右衛門府・左右兵衛府の六衛府となった。衛府司
衛府の役人。衛府司。

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世界大百科事典 第2版

えふ【衛府】
古代,宮城・京師の守衛にあたった軍隊。中国ではのころから発達し,では天子十六衛,東宮十率府があった。日本では大化改新後,中国にならって制度が整備され,旧来舎人(とねり)の伝統をうけつぐ兵衛,衛士をひきいる左右衛士府,衛士と旧来の靫負(ゆげい)の伝統をうけつぐ門部とからなる衛門府などがあいついで生まれ,701年(大宝1)までに衛門府,左右衛士府,左右兵衛府からなる令制の五衛府が成立した。五衛府の兵力主体は農民出身の衛士であるが,宮内の宿直,閤門(内門)の守衛など重要な職務は,地方豪族,下級官人層出身の兵衛が担当した。

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大辞林 第三版

えふ【衛府】
奈良・平安時代に、宮中の警衛をつかさどった役所の総称。大宝令では衛門、左・右衛士、左・右兵衛の五府。811年以降、左・右近衛、左・右衛門、左・右兵衛の六衛府ろくえふとなった。衛府司。
衛府に所属する武官。衛府司。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

衛府
えふ
奈良時代の親衛軍組織の総称。衛門府(えもんふ)、左右衛士府(えじふ)、左右兵衛府(ひょうえふ)の五つからなるので一般に五衛府という。しかし、大宝令(たいほうりょう)(701)下では四等官名、官位相当制などにおいて、衛門、衛士の三府と兵衛府は異なっており、五衛府それぞれの設置期、構成原理は同じではなかった。養老(ようろう)令(757施行)には、衛門府は諸門の禁衛、出入、礼儀、巡検と隼人(はやと)、門籍(もんじゃく)、門(もんぼう)をつかさどり、衛士府は宮中の禁衛、車駕(しゃが)出入の警護、兵衛府は閤門(こうもん)、車駕の警護にあたるものであるというが、どのように分担していたのか検討が必要である。いちおうは、車駕出入における兵衛は敵との戦闘を衛士にまかせて天皇を直衛し、衛士は行幸の陣列の前後にあって索敵しつねに敵との戦闘に対応した武力であったと解される。諸門、宮中の守衛についても、外門(十二門)は衛門府、中門、庫蔵門、所部は衛門府と衛士府が共同、内門(閤門)は兵衛府がその守衛にあたっていたのであろう。また内門、中門、外門の夜間警備は衛門府衛士が当初その任についていた。衛府のうち、大宝律令以前に設置されたのは兵衛府だけで、衛門的な任務は宮守官が指揮し、大宝律令以降、農民徴発の衛士がしだいに制度化されていくなかで衛門府が成立し、最後に衛士府が成立し、それが左右に分化したのは8世紀の終わりごろであろう。708年(和銅1)初めて、兵部卿(ひょうぶきょう)、衛門督(えもんのかみ)、左衛士督、右衛士督、左兵衛率、右兵衛率が同時に任命された。衛府制の成立である。[野田嶺志]

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精選版 日本国語大辞典

え‐ふ ヱ‥【衛府】
〘名〙
① 古代、宮城の護衛に当たった官司の総称。令制下では衛門府、左右衛士府、左右兵衛府の五衛府であったが、その後数度の制度的改変を経て、平安初期に左右近衛府、左右衛門府、左右兵衛府の六衛府となった。衛府司。衛府官。
※続日本紀‐神亀四年(727)三月甲午「衛府人等。日夜宿衛闕庭、不輙離其府使他処
② ①に所属する官人。衛府司。衛府官。
※宇津保(970‐999頃)藤原の君「宰相にて左大弁かけつ。しばしあれば、ゑうかけたる中納言になりぬ」

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えい‐ふ ヱイ‥【衛府】
〘名〙 ⇒えふ(衛府)

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