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虎関師錬【こかんしれん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

虎関師錬
こかんしれん
[生]弘安1(1278).4.16. 京都
[没]正平1=貞和2(1346).7.24. 京都
鎌倉から南北朝時代の臨済宗の僧,詩人。 10歳のとき比叡山で受戒し,南禅寺の規庵祖円,建仁寺の無隠法爾らに帰依するとともに,当時の名僧碩学に内外の典籍を学び,その博学は天下に鳴り響いた。 22歳のとき一山一寧 (いっさんいちねい) に深く傾倒して侍者となり,のちに三聖寺,東福寺,南禅寺などの住持をつとめ,興国3=康永1 (1342) 年,後村上天皇より国師号を賜わった。五山禅僧のうち最も博学な学者で,日本最初の仏教史書『元亨釈書 (げんこうしゃくしょ) 』 (22) や分類韻書の模範ともいうべき『聚分韻略』 (07?) ,四六文の作法書『禅儀外文』などの著述がある。ほかに詩文集『済北集』 (46以前) がある。

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デジタル大辞泉

こかん‐しれん〔コクワン‐〕【虎関師錬】
[1278~1346]鎌倉末期から南北朝時代臨済宗の僧。京都の人。東山湛照一山一寧らに師事、東山の法を継いだ。儒学・密教を学び、東福寺南禅寺などに歴住、東福寺に海蔵院を開創五山文学先駆者。著「元亨釈書」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

虎関師錬 こかん-しれん
1278-1346 鎌倉-南北朝時代の僧。
弘安(こうあん)元年4月16日生まれ。臨済(りんざい)宗。京都の人。東山湛照(とうざん-たんしょう),規庵祖円,一山一寧(いっさん-いちねい)らに師事,東山の法をつぐ。密教をおさめ,儒学や詩文をまなぶなど幅ひろい分野に通じ,五山文学の先駆となった。京都の東福寺,南禅寺などの住持を歴任。貞和(じょうわ)2=興国7年7月24日死去。69歳。通称は海蔵和尚諡号(しごう)は本覚(ほんがく)国師。著作に「元亨(げんこう)釈書」「済北集」など。

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世界大百科事典 第2版

こかんしれん【虎関師錬】
1278‐1346(弘安1‐正平1∥貞和2)
鎌倉末・南北朝初期の臨済宗の僧。五山文学,学問興隆の先駆者。京都に生まれ幼少より禅を修め,また儒学や密教をも学んだ。30歳のころ鎌倉で一山一寧(いつさんいちねい)に学び,帰京後1322年(元亨2)に僧伝を中心にした仏教書《元亨釈書(げんこうしやくしよ)》を著した。東福寺,南禅寺等の住持を経て,42年(興国3∥康永1)に国師号を与えられた。漢詩文集に《済北集》がある。【飯田 悠紀子】

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大辞林 第三版

こかんしれん【虎関師錬】
1278~1346) 南北朝時代の臨済宗の僧。京都の人。虎関は号、師錬は諱いみな。一山一寧いつさんいちねいらに学び、東福寺・南禅寺などの住持となる。五山文学の先駆者。著「元亨げんこう釈書」「済北集」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

虎関師錬
こかんしれん
(1278―1346)
鎌倉・南北朝時代の臨済(りんざい)宗聖一(しょういち)派の僧。京都の人。8歳のとき山城(やましろ)(京都府)三聖寺の東山湛照(とうざんたんしょう)(1231―1291)のもとで出家し、東山の寂後は南禅寺の規庵祖円(きあんそえん)(1261―1313)に学んだ。ついで鎌倉に行き、桃渓徳悟(とうけいとくご)(1240―1307)、蔵山順空(ぞうざんじゅんくう)(1233―1308)、無為昭元(むいしょうげん)(1245―1311)、一山一寧(いっさんいちねい)などに師事し、仏典や禅籍、儒書、詩文を学んで南宋士大夫(なんそうしたいふ)の学芸を身につけ、初期の代表的五山文学僧として唐宋八家に比された。また一山の啓発により日本最初の総合仏教史の編纂(へんさん)を企て、1322年(元亨2)『元亨釈書(げんこうしゃくしょ)』30巻を完成した。さらに東密(とうみつ)や台密(たいみつ)の相承(そうじょう)も受け、自らも密法を修する兼習禅者でもあった。初め京都・河東の歓喜光寺(かんぎこうじ)、白河の済北庵(さいほくあん)、伊賀の本覚寺を兼帯したが、1332年(元弘2)東福寺に入院、1339年(延元4・暦応2)南禅寺に昇住、1341年に東福寺海蔵院に退居したので海蔵和尚(おしょう)とよばれる。翌1342年本覚国師の号を特賜された。1346年7月23日示寂。著書はほかに、『禅儀外文(げもん)集』『聚分韻略(しゅうぶんいんりゃく)』のような四六文の作法や韻書、『済北(さいほく)集』『十禅支録(じゅうぜんしろく)』などの詩文集や語録のほか、『仏語心論』『禅余或問(わくもん)』など多数ある。[石川力山]

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367日誕生日大事典

虎関師錬 (こかんしれん)
生年月日:1278年4月16日
鎌倉時代後期;南北朝時代の臨済宗聖一派の僧
1346年没

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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精選版 日本国語大辞典

こかん‐しれん コクヮン‥【虎関師錬】
鎌倉後期・南北朝初期の臨済宗の僧。京都の人。比叡山で出家したが、のち南禅寺に入り、諸師に参禅した。学問は内外に通じ、文才に長ずる。康永元年(一三四二)国師号を賜わる。著に「元亨釈書」三〇巻のほか「済北集」二〇巻など。弘安元~貞和二=興国七年(一二七八‐一三四六

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