Rakuten infoseek

辞書

藤原行成【ふじわらの ゆきなり】

美術人名辞典

藤原行成
平安中期の朝臣・書家。太政大臣伊尹、右近衛少将義孝の長男、母は中納言源保光の娘。従五位下・蔵人頭・権中納言・太宰権帥に進み、権大納言に至る。書家としても優れ、権跡と呼ばれて尊ばれた。外父源保光の旧宅を寺にして世尊寺と称したことにより、行成に始まる書流を世尊寺流という。小野道風・藤原佐理と共に三蹟の一人。日記『権記』は宮廷を知る重要史料である。『東宮年中行事』の著書がある。万寿4年(1028)歿、56才。

出典:(株)思文閣

デジタル大辞泉

ふじわら‐の‐ゆきなり〔ふぢはら‐〕【藤原行成】
[972~1028]平安中期の公卿・書家。名は「こうぜい」とも。伊尹(これただ)の孫。三蹟の一人で、その筆跡歴任した権中納言・権大納言から権跡(ごんせき)という。和様書道の完成者で、世尊寺流の祖。日記に「権記」がある。遺墨「白氏詩巻」「本能寺切(ほんのうじぎれ)」など。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ふじわら‐の‐こうぜい〔ふぢはら‐カウゼイ〕【藤原行成】

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

藤原行成 ふじわらの-ゆきなり
972-1028* 平安時代中期の公卿(くぎょう),書家。
天禄(てんろく)3年生まれ。藤原義孝の子。母は源保光(やすみつ)の娘。長保3年(1001)参議。のち正二位,権(ごんの)大納言となる。多芸多才で藤原公任(きんとう),藤原斉信(ただのぶ),源俊賢(としかた)らとともに一条朝の四納言と称された。書は三蹟のひとりで,筆跡は権蹟(ごんせき),書風は世尊寺流とよばれる。真跡に「白氏詩巻」など。万寿4年12月4日死去。56歳。日記に「権記」。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

藤原行成 ふじわらの-こうぜい

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

ふじわらのゆきなり【藤原行成】
972‐1027(天禄3‐万寿4)
平安中期の廷臣,書家。〈こうぜい〉とも呼ばれる。父は藤原義孝(摂政伊尹(これただ)男),母は源保光女。祖父伊尹は彼の誕生の年にし,父にも幼時に死別,また叔父義懐は花山天皇の外戚として力があったが,兼家一門の謀計譲位が行われると出家したので,外祖父保光の庇護の下に成長した。やがてその才能を認められ,995年(長徳1)前任者源俊賢の推挙で蔵人頭に抜擢され,以後弁官も歴任し活躍する。一条天皇,左大臣藤原道長の信任厚く,道長女彰子立后の際の彼の上奏は効果があった。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

ふじわらのこうぜい【藤原行成】

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

ふじわらのゆきなり【藤原行成】
名はこうぜいとも 972~1027 平安中期の書家。伊尹これただの孫。正二位権大納言。小野道風・王羲之を学んで、和様書道を完成。のちに世尊寺流と呼ばれ和様の主流をなす。その筆蹟を権蹟ごんせきという。三蹟の一。遺墨「白氏詩巻」ほか多数。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

藤原行成
ふじわらのゆきなり
[生]天禄3(972)
[没]万寿4(1027).12.4.
平安時代中期の廷臣,書家。「こうぜい」とも読む。伊尹 (これただ) の孫で義孝の子。寛和2 (986) 年に 16歳で昇殿を許されてから蔵人頭,参議,中納言を経て正二位権大納言にのぼった。故実に明るく詩文の才能にすぐれていたので,世に「四納言」の一人とたたえられた。書家としても名高く,小野道風,藤原佐理とともに「三跡」の一人。その書風は世尊寺流として後世に伝えられた。『粘葉本和漢朗詠集』などの伝称作品をはじめ,寛仁2 (1018) 年の書写奥書のある『白楽天詩巻』,日記『権記』などの作品がある。またその詩は『本朝麗藻』にみえるが,漢詩秀句を集めた「行成詩稿」が残っている。日記『権記』は,当時の政治や制度を知る史料。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

ふじわら‐の‐ゆきなり【藤原行成】
平安中期の公卿・書家。名は、「こうぜい」とも。義孝の子。権中納言、権大納言等を歴任。小野道風、藤原佐理とともに三蹟の一人。道風、佐理の書風を融合し、気品高く、しゃれた明るさをもつ上代様の書風を完成。世尊寺流の祖。日記「権記(ごんき)」。筆跡は「権蹟(ごんせき)」ともよばれ、真跡の書状「白楽天詩巻」「本能寺切」がある。天祿三~万寿四年(九七二‐一〇二七

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ふじわら‐の‐こうぜい【藤原行成】

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

旺文社日本史事典 三訂版

藤原行成
ふじわらのこうぜい
972〜1027
平安中期の公卿・能書家。三蹟の一人
名は「ゆきなり」とも読む。藤原道長の信任を得,権大納言となった。小野道風・藤原佐理 (すけまさ) のあとをうけて上代様を完成。その筆跡を権蹟 (ごんせき) といい世尊寺流書道の祖となった。『白氏詩巻』『本能寺切 (ぎれ) 』,日記『権記 (ごんき) 』などが現存する。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
執筆者一覧(50音順)
金澤利明 竹内秀一 藤野雅己 牧内利之 真中幹夫
 
Copyright Obunsha Co.,Ltd. All Rights Reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

藤原行成」の用語解説はコトバンクが提供しています。

藤原行成の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.