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藤原基俊【ふじわらのもととし】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

藤原基俊
ふじわらのもととし
[生]?
[没]康治1(1142).1.16.
平安時代後期の歌人,歌学者。右大臣俊家の子。道長の曾孫。従五位下左衛門佐。『堀河百首』の作者の一人となり,『万葉集』にも訓点 (次点) をつけた一人。『新撰朗詠集』の著者。『悦目抄』 (現存の同名の歌学書は後世の仮託) や『新三十六人』などの私撰集があったという。『源国信 (くにざね) 家歌合』 (1100) 以下多数の歌合に出詠,判者となり,源俊頼と並び,歌壇の中心的存在であった。『金葉集』以下の勅撰集に 105首余入集。家集『藤原基俊集』。

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デジタル大辞泉

ふじわら‐の‐もととし〔ふぢはら‐〕【藤原基俊】
[1060ころ~1142]平安後期の歌人・歌学者。歌道では、伝統派の中心人物で、源俊頼と対立した。万葉集次点(訓点)をつけた一人。藤原俊成の師。編著新撰朗詠集」、家集「基俊集」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

藤原基俊 ふじわらの-もととし
1060-1142 平安時代後期の歌人。
康平3年生まれ。藤原俊家の3男。名門の出だが左衛門佐(すけ),従五位上でおわる。中古六歌仙のひとりで,源俊頼(としより)とならぶ当時の歌壇の指導者。「金葉和歌集」以下の勅撰集に約100首がはいっている。「万葉集」に次点(訓点)をくわえ,「新撰朗詠集」を編集するなど和漢の学に通じた。永治(えいじ)2年1月16日死去。83歳。家集に「基俊集」。
【格言など】契りおきしさせもが露を命にてあはれ今年の秋もいぬめり(「小倉百人一首」)

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

ふじわらのもととし【藤原基俊】
1060‐1142(康平3‐康治1)
院政期の歌人。右大臣俊家の子。従五位上左衛門佐。和漢の学に通じ,堀河朝歌壇で頭角をあらわし,鳥羽,崇徳朝では諸家歌合判者を勤仕する指導者として源俊頼・基俊時代を現出させたが,俊頼の新風志向とは対立を続け,古典尊重の規範的態度を崩さず,典拠を重視した高い格調と洗練された風姿を求め続けた。《新撰朗詠集》を編纂,漢詩も遺すほか,《万葉集》次点訓読者の一人ともなった。家集に自撰本,遺草編纂本の2種の《基俊集》がある。

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大辞林 第三版

ふじわらのもととし【藤原基俊】
1060~1142) 平安後期の歌人・歌学者。源俊頼と並称される。万葉集に次点(訓点)を加えた一人。晩年藤原俊成に「古今伝授」を行なった。編「新撰朗詠集」、家集「基俊集」

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日本大百科全書(ニッポニカ)

藤原基俊
ふじわらのもととし
(1060―1142)
平安後期の歌人。生年には異説がある。右大臣俊家の子。祖父は右大臣頼宗(よりむね)(道長の子)。名門の出なのに従(じゅ)五位上左衛門佐(すけ)に終わったのは、学識に誇って高慢であり、公事(くじ)に怠惰でもあったからと推測されている。『堀河院(ほりかわいん)百首』(1105ころ成立)の作者の1人。歌学に詳しく、万葉次点の1人。1138年(保延4)出家、法名覚舜(かくしゅん)。歌論は、「元永(げんえい)元年十月二日内大臣忠通(ただみち)家歌合」などの判詞(はんし)に見るように、古歌の姿を重んじ、歌病を避け、伝統的立場を重んじており、新しい歌風を求める源俊頼(としより)と鋭く対立した。その和歌は、『堀河院百首』や歌合類、家集『基俊集』(三系統)、『金葉集』以下の勅撰(ちょくせん)集にみえる。歌論を反映して伝統的な歌風であるが、また「夏の夜の月待つほどの手すさびに岩もる清水いくむすびしつ」のように、時代の影響下に、叙景歌の流れを受けた新しい感覚のものもみえる。『相撲立詩歌(すもうだてしいか)』『新撰朗詠(しんせんろうえい)集』の撰者。なお、その門から藤原俊成(しゅんぜい)が出た。永治(えいじ)2年1月16日没。[井上宗雄]
『橋本不美男著『院政期の歌壇史研究』(1966・武蔵野書院)』

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精選版 日本国語大辞典

ふじわら‐の‐もととし【藤原基俊】
平安末期の歌人、歌学者。右大臣俊家の子。官は従五位上左衛門佐で終わった。「万葉集」に次点(訓点)をつけた一人。古歌を重んじた保守的傾向の作風で、源俊頼と並び称された。家集に「基俊集」があり、「新撰朗詠集」などの編著もある。康治元年(一一四二)没。

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