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藤原兼通【ふじわらのかねみち】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

藤原兼通
ふじわらのかねみち
[生]延長3(925).京都
[没]貞元2(977).11.8. 京都
平安時代中期の廷臣。師輔の次男。母は武蔵守藤原経邦の娘盛子。別称,堀河殿。弟兼家と権勢,ことに摂政・関白の地位をめぐって激しく争った。村上天皇皇后であった妹安子からその生前関白は兄順序によって任じるようにという自筆書状を入手しておき,天禄3 (972) 年長兄伊尹 (これただ) の病死に際して関白の地位についた。天延2 (974) 年氏長者,太政大臣,翌年従一位まで上った。死にのぞんでも兼家の関白就任をはばんでその地位を従兄頼忠に与えた。

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デジタル大辞泉

ふじわら‐の‐かねみち〔ふぢはら‐〕【藤原兼通】
[925~977]平安中期の公卿師輔(もろすけ)の二男。長兄伊尹(これただ)の病死後、弟の兼家と関白職を争い関白太政大臣となった。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

藤原兼通 ふじわらの-かねみち
925-977 平安時代中期の公卿(くぎょう)。
延長3年生まれ。藤原師輔(もろすけ)の次男。母は藤原経邦の娘盛子。天禄(てんろく)3年(972)兄伊尹(これただ)の死去で弟兼家と後継をあらそい,権(ごんの)中納言から一挙に内大臣,関白にのぼる。のち太政大臣,従一位。死にのぞんで兼家を左遷し,藤原頼忠に関白をゆずった。貞元(じょうげん)2年11月8日死去。53歳。贈正一位。通称は堀川殿。諡(おくりな)は忠義公。

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

ふじわらのかねみち【藤原兼通】
925‐977(延長3‐貞元2)
平安中期の公卿。右大臣師輔の次男。母は武蔵守藤原経邦の女盛子。972年(天禄3)兄の摂政伊尹(これただ)がしたときは,弟の大納言兼家より下位の権中納言であったが,妹の故中宮安子(村上皇后,冷泉・円融母)の遺命を盾にとり,弟を抜き返して内大臣に昇り,ついで関白となった。以後,兄弟の間に暗闘がくりひろげられ,977年重病をおして参内し,弟兼家の関白就任を阻むため,従兄の藤原頼忠に関白を譲った話は有名である。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

ふじわらのかねみち【藤原兼通】
925~977 平安中期の廷臣。師輔の子。兄伊尹これただの死後、弟兼家と政権を争い、関白・太政大臣となった。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

藤原兼通
ふじわらのかねみち
(925―977)
平安中期の政治家。従(じゅ)一位、関白。太政(だいじょう)大臣に任じられ、忠義公と諡(おくりな)された。父は右大臣師輔(もろすけ)、母は藤原盛子(もりこ)。昇進は実弟兼家より遅れていたが、長兄の摂政(せっしょう)伊尹の早世によって権中納言(ごんのちゅうなごん)より一挙に内大臣に任じ、関白とされた(972)。のち太政大臣に進み、従一位に叙された。関白になるとすぐに女(むすめ)(こうし)(947―979)を円融(えんゆう)天皇の後宮に入れ、皇后とした。実弟の兼家とはひどく仲が悪く、種々圧迫を加えた。二条堀河に邸宅があったため堀川殿とよばれ、子は堀川中宮といわれた。兼通は勅撰(ちょくせん)歌人であったが、閨秀(けいしゅう)歌人本院侍従との恋愛は著名。貞元(じょうげん)2年11月8日に薨去(こうきょ)[角田文衛]

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精選版 日本国語大辞典

ふじわら‐の‐かねみち【藤原兼通】
平安中期の公卿。関白太政大臣。師輔の子。兄伊尹(これまさ)の病死のとき、弟兼家と関白を争ってその職を得、関白太政大臣となる。延長三~貞元二年(九二五‐九七七

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旺文社日本史事典 三訂版

藤原兼通
ふじわらのかねみち
925〜977
平安中期の公卿
師輔 (もろすけ) の2男。関白。弟兼家よりも官位昇進がおくれたが,長兄伊尹 (これただ) の死後,兼家と争い,策謀によって関白となり,ついで太政大臣。死の直前,関白を頼忠にゆずった。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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