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船坂峠【ふなさかとうげ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

船坂峠
ふなさかとうげ
山陽道 (現国道2号線) の兵庫県上郡町と岡山県備前市とのにある標高 180m。赤穂市北西に位置し,北方 20kmの地点にある杉坂峠とともに南北朝時代の武将児島高徳ゆかりの峠で,江戸時代には峠の両側の有年 (兵庫県側) ,三石 (岡山県側) は宿場町として繁栄。現在は JR山陽本線,国道2号線が峠の下をトンネルで通過する。

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デジタル大辞泉

ふなさか‐とうげ〔‐たうげ〕【船坂峠】
兵庫県赤穂郡上郡町と岡山県備前市との境にある峠。隠岐(おき)に流される後醍醐天皇を、児島高徳(こじまたかのり)が迎えた地。

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世界大百科事典 第2版

ふなさかとうげ【船坂峠】
兵庫県赤穂郡上郡(かみごおり)町と岡山県備前市の境にある峠。古くは播磨と備前の国境であった。山陽本線,国道2号線もこの峠をトンネルで抜ける。古来,山陽道第1の難所として知られ,1332年(元弘2)後醍醐天皇隠岐に流される際,児島高徳が天皇を奪い返そうとこの峠で待ちうけたが,一行が別路をとったため果たせなかったと《太平記》にある。峠の東麓に有年(うね),西麓に三石(みついし)の宿場町が発達した。【小森 星児】

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大辞林 第三版

ふなさかとうげ【船坂峠】
岡山県備前市と兵庫県上郡かみごおり町の境にある峠。山陽道の難所。古くは、和気関が置かれた。のち、軍略上の要地。児島高徳が隠岐遷幸の後醍醐天皇を迎えようとしたという所。船坂山。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

船坂峠
ふなさかとうげ
岡山県備前(びぜん)市三石(みついし)と兵庫県赤穂(あこう)郡上郡(かみごおり)町の間にある峠。標高180メートル。旧山陽道の峠で、国道2号とJR山陽本線はトンネルで峠の下を通過する。古代には峠の西、坂長(さかなが)(現在の三石付近)に駅(うまや)が置かれた。『太平記』には児島高徳(こじまたかのり)が隠岐(おき)へ配流される後醍醐(ごだいご)天皇を奪還するため、峠に待ち受けたことが記されている。[由比浜省吾]

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精選版 日本国語大辞典

ふなさか‐とうげ ‥たうげ【船坂峠】
兵庫県と岡山県との境にある国道二号の峠。備前市三石の東部にあたる。古来、山陽道の難所として知られた交通の要地で、古くは和気関が置かれた。元弘二年(一三三二)児島高徳(たかのり)が隠岐に移される後醍醐天皇を迎えた所。標高一七一メートル。

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