Rakuten infoseek

辞書

箕子朝鮮【きしちょうせん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

箕子朝鮮
きしちょうせん
箕子東来説」のページをご覧ください

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

きし‐ちょうせん〔‐テウセン〕【箕子朝鮮】
前3世紀ごろ、朝鮮半島の北西部大同江流域に栄えた中国人の王国。首都は王険(現在の平壌)。始祖箕子は、殷(いん)王朝の一族といわれる。前195年ごろ、衛満によって滅ぼされた。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

きしちょうせん【箕子朝鮮】
朝鮮古代の王朝名。いわゆる古朝鮮の一つ。衛氏朝鮮が正史所見の実在の王朝として認められているのに対し,箕子朝鮮は伝承的・説話的色彩がつよい。《史記》などの古文献によれば,箕子は名を胥余(しよよ)といい,殷の貴族で箕国に封ぜられ子爵であったという。殷末,紂王の太師となり,王の無道をいさめて,かえってうとんぜられ,やがて殷が滅亡すると朝鮮半島西北部,おそらく現平壌付近に亡命して国を建て,有名な〈八条の教訓〉を制定して人民を感化したとされている。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

きしちょうせん【箕子朝鮮】
古朝鮮の伝説的王朝の一。中国、周の武王が殷いん王族の箕子を朝鮮に封じたことに由来するという。紀元前二世紀初め衛満に滅ぼされた。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

箕子朝鮮
きしちょうせん
古代朝鮮の王朝。衛氏(えいし)朝鮮とあわせ古朝鮮という。紀元前1100年ごろ、中国、周の武王が殷(いん)の紂王(ちゅうおう)を滅ぼしたとき、紂王の親族である箕子は朝鮮に走ったが、武王は箕子をその地に封じたと伝えられる。これより箕子朝鮮が始まり、前2世紀に燕(えん)の亡命者衛満によって最後の王箕準(きじゅん)が滅ぼされた。箕子の東来については伝説的色彩が強く、史実とは認めがたい。箕子朝鮮については『漢書(かんじょ)』以後中国の歴史書に記述があり、とくに『魏略(ぎりゃく)』に詳細な記述がある。また、朝鮮においても、高麗(こうらい)、李(り)朝と時代が下るにつれて、その内容は慕華(ぼか)、崇儒思想の高揚とともにしだいに潤色が加えられていった。史実として認められる点は、中国の戦国時代より漢族が東方に進出し、さらに朝鮮北西部に流入して、やがて大同江下流域を中心に周辺の土着民を支配するに至ったことであろう。なお、このような性格の王朝そのものの実在性を否定し、箕子朝鮮の主体勢力を朝鮮の土着社会の氏族とみる説もある。[李 成 市]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

きし‐ちょうせん ‥テウセン【箕子朝鮮】
前三世紀ごろ、朝鮮半島の北西部を支配した中国人の王朝。始祖の箕子は殷王室の一族と伝えられる。首都は王険(平壌)。紀元前一九五年ごろ、滅ぼされた。

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

箕子朝鮮」の用語解説はコトバンクが提供しています。

箕子朝鮮の関連情報

他サービスで検索

「箕子朝鮮」のスポンサー検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.