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秋田城跡【あきたじょうあと】

国指定史跡ガイド

あきたじょうあと【秋田城跡】

秋田県秋田市寺内にある古代の城柵跡。大和政権は出羽経営の軍事・行政拠点として、出羽柵(でわのき)という城柵を現在の庄内地方(山形県)に置いた。その後、勢力圏の北進にともない、733年(天平5)、出羽柵は秋田村高清水岡(現在の秋田県秋田市)へ移設された。秋田へ移った出羽柵は、760年(天平宝字4)ごろに秋田城と改称された。国府が置かれ、渤海(ぼっかい)国からの使節がたびたび来訪し、日本海側の政治・文化・軍事の中心であった。878年(元慶2)、蝦夷(えみし)の大反乱が起き、秋田城は焼き討ちされたが、そのときに焼けた白壁材や炭などが、発掘調査によって発見された。その後、鎌倉時代の初期以降、秋田城は衰退したと考えられる。1939年(昭和14)に国の史跡に指定された。史跡指定後、学術調査や緊急調査が行われ、1辺約550mの四方を高さ3mの瓦葺き土塀が囲み、東西94m、南北77mにわたる政庁跡などが確認されている。人面墨書土器、漆紙文書、和同開珎(かいちん)、木簡などが出土し、掘立柱建物とトイレ遺構が一体となった造りの建物なども見つかっている。現在は外郭東門と築地塀などが復元されている。JR秋田新幹線ほか秋田駅から秋田中央交通バス「護国神社入口」下車、徒歩約5分。

出典:講談社
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