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硯友社【けんゆうしゃ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

硯友社
けんゆうしゃ
文学結社。 1885年2月,大学予備門 (のちの第一高等学校) の学生尾崎紅葉山田美妙石橋思案と,高等商業学校の丸岡九華の4人で創立。同年5月機関誌我楽多 (がらくた) 文庫』を発行,たちまち明治文壇の一大結社となった。有力な同人に,川上眉山巌谷小波江見水蔭広津柳浪などがいたが,美妙の脱会 (1888) ,紅葉の名声により,次第に紅葉中心の結社に性格を変え,泉鏡花小栗風葉柳川春葉,徳田秋声らの新人が育った。近代写実主義と江戸戯作文学とを折衷し,明治後期に自然主義文学が台頭するまで,文壇の主流を形成していた。

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デジタル大辞泉

けんゆう‐しゃ〔ケンイウ‐〕【硯友社】
明治18年(1885)、尾崎紅葉山田美妙石橋思案らが結成した文学結社。機関紙「我楽多文庫(がらくたぶんこ)」を発行。巌谷小波(いわやさざなみ)広津柳浪川上眉山泉鏡花小栗風葉らが前後して加わり、明治20年代の文壇の主流となった。

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世界大百科事典 第2版

けんゆうしゃ【硯友社】
明治中期の文学結社。1885年(明治18)2月,東京大学予備門在学中の尾崎紅葉,山田美妙(びみよう),石橋思案(1867‐1927)らが高等商業生徒の丸岡九華(きゆうか)らをかたらい創立した。同年5月から機関誌《我楽多(がらくた)文庫》を創刊,小説,漢詩,戯文狂歌,川柳,都々逸(どどいつ)など,さまざまな作品を載せた。はじめ紅葉,美妙が筆写した回覧雑誌だったが,のち印刷し,さらに公売へと,部数も増加した。

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大辞林 第三版

けんゆうしゃ【硯友社】
1885年(明治18)尾崎紅葉が山田美妙・石橋思案らと結成した文学結社。同年五月機関紙「我楽多文庫」を発行。同人に巌谷小波いわやさざなみ・広津柳浪・川上眉山らが参加、紅葉門下に泉鏡花・小栗風葉・柳川春葉・徳田秋声らが加わり、明治20~30年代の文壇中心勢力となり、いわゆる硯友社時代を現出した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

硯友社
けんゆうしゃ
1885年(明治18)2月、当時まだ大学予備門の生徒だった尾崎紅葉(こうよう)、山田美妙(びみょう)、石橋思案(しあん)らが創立した文学結社。「硯」は文筆にちなんだもの。最初は彼らのほか高等商業在学中の丸岡九華(きゅうか)らを加えた広義の文学愛好グループにすぎず、同年5月機関誌『我楽多(がらくた)文庫』を創刊したが、紅葉と美妙とが手分けして筆写回覧する小雑誌で、内容も小説、新体詩などのほか、狂句、都々逸(どどいつ)、落語、謎(なぞ)などまで掲載するような趣味的なものだった。しかし、しだいに同人が増え、86年11月から活版非売、さらに88年5月から公売となった。このころから同人は新文学の樹立を志し、結束を固めて文壇に打って出た。当時の同人には、前記紅葉らのほか、巌谷小波(いわやさざなみ)、川上眉山(びざん)、広津柳浪(りゅうろう)、江見水蔭(すいいん)、大橋乙羽(おとわ)らがあり、美妙はこの年離脱した。89年から「新著百種」の刊行が始まり、紅葉をはじめ各同人が執筆、文壇にその地歩を固め、「文壇の梁山泊(りょうざんぱく)」(坪内逍遙(しょうよう))と目された。
 以後、紅葉の入社していた『読売新聞』をはじめ、博文館、春陽堂などのジャーナリズムを支配し、明治20~30年代の文壇を制覇した。他方、同人間の親交は厚く、しばしば旅行、文士劇、文士講談などを催し、各種会合なども頻繁に行われた。しかし、20年代末から眉山らが疎遠となり、小波の洋行、水蔭の西下などが相次ぎ、やがて1903年(明治36)10月、紅葉の死によって、その結束も解体したとみられよう。[岡 保生]
『『明治文学全集22 硯友社文学集』(1969・筑摩書房) ▽福田清人著『硯友社の文学運動』(1933・山海堂) ▽伊狩章著『硯友社の文学』(1961・塙書房)』

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精選版 日本国語大辞典

けんゆう‐しゃ ケンイウ‥【硯友社】
文学結社。明治一八年(一八八五)二月結成。尾崎紅葉を中心に、石橋思案、山田美妙、丸岡九華を同人に発足。のちに川上眉山、巖谷小波、江見水蔭、広津柳浪らが加入。機関誌「我楽多文庫」を発行。写実的な文体と手法で明治二〇~三〇年代の文壇に勢力を張ったが、明治三六年一〇月、紅葉の死とともに解体した。

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