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石油輸出国機構【せきゆゆしゅつこくきこう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

石油輸出国機構
せきゆゆしゅつこくきこう
Organization of Petroleum Exporting Countries; OPEC
原油の生産・供給調整や価格政策などを通じて産油国の利益を団結して守ることを目的とする石油生産国カルテル機構。1960年9月国際石油資本(メジャーズ)の中東原油公示価格引き下げ発表に対抗して,サウジアラビアイランイラククウェートベネズエラの五大産油国がイラクのバグダードで創設を決定。その後カタールインドネシアリビアアブダビ(1971年,アラブ首長国連邦が権利義務を継承),アルジェリアナイジェリアエクアドルガボンが加盟した。1993年にエクアドル,1996年にガボンが脱退したが,2007年にエクアドルが再加盟,アンゴラが新規加盟した。2009年1月にはインドネシアが一時脱退し,2012年現在 12ヵ国で構成されている。1973年の第1次石油危機,1979年の第2次石油危機を通じて原油価格引き上げを獲得した(→石油危機)。しかし原油価格高騰によって 1980年代以降,世界的な石油需要の減退と OPEC非加盟国の石油開発が進み,加盟国は生産調整を余儀なくされた。さらに 1990年代以降,原油価格が先物市場を中心に決定されるようになり,OPECの市場支配力は弱まったが,21世紀初めには非加盟国とも協調し原油価格を上昇させた。化石燃料の消費による地球温暖化が問題となるなか,環境問題への取り組みも行なっている。

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知恵蔵

石油輸出国機構
OPEC」のページをご覧ください

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デジタル大辞泉

せきゆゆしゅつこく‐きこう【石油輸出国機構】

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監修:松村明
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世界大百科事典 第2版

せきゆゆしゅつこくきこう【石油輸出国機構】

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

せきゆゆしゅつこくきこう【石油輸出国機構】

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日本大百科全書(ニッポニカ)

石油輸出国機構
せきゆゆしゅつこくきこう
Organization of Petroleum Exporting Countries
略称OPEC(オペック)。1960年9月バグダードで開かれたイラン、イラク、サウジアラビア、クウェート、ベネズエラの五大石油輸出国会議で、国際石油資本に対する発言権を拡大するために結成した機構。その後、1961年にカタール、1962年にインドネシア、リビア、1967年にアブ・ダビ(1971年にアラブ首長国連邦を結成)、1969年にアルジェリア、1971年にナイジェリア、1973年にエクアドル(1992年脱退したが、2007年再加盟)、1975年にガボン(1995年脱退)、2007年アンゴラが加盟し、2008年現在の加盟国は13か国である。本部はウィーンに置かれ、総会、理事会、事務局からなる。
 OPEC結成の直接的な契機は、1959年2月と1960年8月に国際石油資本が行った原油公示価格(利権料と課税の基準となる価格)の引下げにある。したがってOPECのもっとも大きな目的は、国際石油資本に対して原油公示価格の回復、引上げを求め、それによって収入を増やすことにあったが、その基礎には、天然資源に対しては資源保有国が恒久主権をもつという考えが国際的に確立し始め、資源ナショナリズムが高揚してきていたことがあり、結成当時さらに次のことを取り決めている。
(1)国際石油資本に対し、原油価格を安定した水準で維持し、もし原油価格の引下げを必要とする事情が生じた場合には、十分な説明資料をもとに産油国と協議するよう要請する
(2)原油価格の安定を保証する方式を、生産制限を含めて検討する
(3)消費国への有効かつ安定した原油供給、石油会社との公平な利益配分に関するOPECとしての研究を行う
(4)産油国の共通政策を立案し、その共通利益を擁護するため、定期協議制度を設ける
などの内容である。[清水嘉治]

活動

こうした原則のもとにOPECは結成されたが、1960年代の石油市場は需給緩和状態にあったため、OPECも原油公示価格のいっそうの引下げを阻止するにとどまった。しかし、1970年代に入り、先進工業国において石炭から石油への転換が進められ、需要が急増し、原油需給が逼迫(ひっぱく)してくると、OPECは資源主権を行使し、国際石油資本に対抗して産油量と価格の決定権をもつようになった。とくに1973年10月の第四次中東戦争を契機とした石油戦略によって、OPECは1973年10月と1974年1月に原油公示価格の一方的引上げを行ったため、原油価格は短期間のうちに4倍近くの高騰を示し、第一次石油危機をもたらした。それは「狂乱物価」となって日本をはじめ石油輸入国の経済を揺さぶったのである。また、これ以降、OPEC加盟国による石油会社への事業参加や国有化が急テンポで実施され、その結果としてこれまでの公示価格はしだいに意義を失うに至った。さらに1978年末からのイランの国内紛争(イラン革命)による生産減少に端を発して第二次石油危機が起こり、原油価格はふたたび3倍近くも値上げされ、1981年10月のOPEC臨時総会では、基準原油(アラビアン・ライト)価格を1バレル34ドルとし、1982年末まで凍結することが決定された。
 しかし、1980年代に入ると、先進工業国では、二度にわたる石油危機(オイル・ショック)の経験から、OPEC地域以外での石油開発や代替エネルギーの開発、省エネルギー政策の実施が急速に進められ、また世界的な不況となったこともあって、石油需要は減退を続けた。このような状況のなかで、OPECは1982年8月の臨時総会で、生産上限日量1750万バレルの生産枠を設け、減産方針を打ち出した。ついで1983年3月の臨時総会では、基準原油価格を1バレル29ドルに改めた。OPEC結成後初めての価格引下げである。さらに1984年10月には生産枠を1600万バレルに削減、1985年1月には基準原油価格を1バレル28ドルに引き下げ、1986年7月にはいっそうの減産政策を打ち出すなど、値下げ、減産を続けた。
 OPECが世界市場で占めるシェアは1976年には53.1%であったのが、1980年には44.9%、1984年には32.1%と、年々低下した。OPECは、この状態を打開するために、1985年12月の定例総会では、加盟国の原油販売収入の確保を目ざして、世界市場でのシェアを取り戻すための原油販売政策を採用することで合意に達した。これは、価格維持を最優先の目標に掲げてきた従来の原油政策の方向転換を示すものである。
 このように1980年代以後は、価格引下げ、減産体制に追い込まれると、OPEC加盟国間の利害や意見の対立が目だつようになってきた。さらに1990年代後半からは、アジア通貨危機などの影響で需要も減少し、原油の生産限度を1日2500万バレルと決めたので、価格も低くなっている。
 2000年以降、中国、インドなど新興工業国での石油需要が急速に増大し、また投機資金の原油市場への流入によって、原油価格は急騰し、2008年1月には初めて1バレル100ドルを超えた。さらに2008年7月11日にピーク時147.27ドルとなった。その後消費者の手控えと資源投資家の他資源投資への転換などで原油価格は下落し、12月5日、40.81ドルへと急落した。一方、ロシアを除くOPEC以外の産油国の輸出量が伸びないため、ふたたび世界のOPECへの石油依存度は高くなり、2006年には44.5%に達している。OPECでは世界市場でのいっそうのシェア回復に向けて生産調整の強化が図られている。だが2008年9月のリーマン・パニック以後、世界の石油需要は、2007年比20万バレル減となった。また不況の深刻化を考慮すると、価格下落は需要増には連動しなくなっているという。2008年夏、OPECやサウジアラビアは原油増産を実施した。だが不況下で、需要増は期待できなかった。その後、産油国は原油価格を若干上げたので需要の伸びは低下した。[清水嘉治]

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精選版 日本国語大辞典

せきゆゆしゅつこく‐きこう【石油輸出国機構】
(Organization of Petroleum Exporting Countries の訳語) 一九六〇年イラクの招請で、イラン、クウェート、サウジアラビア、ベネズエラの五か国で結成した、原油輸出価格の調整などを目的とする協議会、その後カタール、インドネシア、リビア、アブダビ(アラブ首長国連邦)、アルジェリア、ナイジェリア、エクアドル、ガボンが加盟したが、九二年にエクアドル、九五年にガボンが脱退。略称OPEC(オペック)。

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