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石川【いしかわ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

石川
いしかわ
沖縄県沖縄島中部東海岸にあるうるま市北部の旧市域。金武湾の奥に位置する。1945年市制。2005年具志川市,勝連町,与那城町と合体,うるま市となる。中心市街地の石川は第2次世界大戦前,美里村(→沖縄市)の小集落であった。1945年4月アメリカ軍が難民収容所を設置し,中部,南部の難民を収容するようになってから,人口が急激に増加。隣接の東恩納などと美里村から分離し,1945年9月戦後第1号の市となった。琉球政府の前身となった沖縄諮詢会,アメリカ軍政府などが石川市に置かれ,市の人口は一時 4万に近づいたが,難民が各市町村に移動することを許されたうえ,諮詢会なども移転したため,1946年から人口が安定した。市街地は石川岳(204m),読谷岳(約200m)を背後に控え,整然とした道路網をもつ長方形をなす。周辺部では 1964年石川ダムの完成により畑を水田化したが,その後サトウキビ栽培に押されて再び畑に戻したところが多い。南西部ではチャ(茶)が栽培される。市街地の南に国指定史跡の伊波貝塚がある。海岸には海水浴場として知られた石川ビーチがあったが,1972年沖縄本土返還後大半は埋め立てられて,市役所その他の施設が建設された。

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デジタル大辞泉

いしかわ【石川】[地名]
中部地方の日本海に面する県。もとの加賀能登の2国にあたる。県庁所在地金沢市。人口117.0万(2010)。
沖縄島中央部にあった市。伊波(いは)城跡・伊波貝塚がある。平成17年(2005)4月に具志川(ぐしかわ)市、与那城(よなしろ)町、勝連(かつれん)町と合併してうるま市となる。→うるま
京都の賀茂川の異称。
「―や瀬見の小川の清ければ月も流れを尋ねてぞすむ」〈新古今・神祇〉

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いしかわ【石川】[姓氏]

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大辞林 第三版

いしかわ【石川】
中部地方北部の県。かつての加賀・能登の二国を占める。西は日本海に面し、北部に能登半島、中部に金沢平野、南西部に両白山地がある。県庁所在地、金沢市。
福島県中央部、石川郡の町。中通り南部に位置。猫啼温泉がある。

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いしかわ【石川】
姓氏の一。

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日本の地名がわかる事典

〔千葉県〕石川(いしかわ)

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〔新潟県〕石川(いしかわ)

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〔沖縄県〕石川(いしかわ)

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〔茨城県〕石川(いしかわ)

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〔静岡県〕石川(いしかわ)

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日本大百科全書(ニッポニカ)

石川
いしかわ
沖縄県沖縄本島中部の東海岸、金武湾(きんわん)に面してあった旧市名(石川市)。現在はうるま市の北西部を占める。旧石川市は1945年(昭和20)美里(みさと)村(現、沖縄市の一部)から分離し、市制施行。2005年(平成17)具志川(ぐしかわ)市、中頭(なかがみ)郡与那城(よなしろ)町、勝連(かつれん)町と合併、うるま市となった。旧石川市の市街地は海岸低地の砂浜地からなり、背後は北部から続く脊梁(せきりょう)山地と、開析(かいせき)された丘陵地。また、市街地と西海岸の恩納(おんな)村仲泊(なかどまり)間は沖縄本島での最地狭部である。東海岸を南北に貫く国道329号が通り、また沖縄自動車道が通じ、中南部と北部とを結ぶ交通の要地。第二次世界大戦の沖縄戦中、アメリカ軍が避難民収容所を設置したことから、戦前の人口1800人が3万5000人に急増した。1945年琉球(りゅうきゅう)政府の前身である沖縄諮詢会(しじゅんかい)がこの地に設立されるなど、戦後沖縄の政治、経済、教育、文化の中心地として知られる。1946年10月、沖縄諮詢会は佐敷(さしき)町に移り、避難民の故郷への帰村が始まったことから、人口は漸減をたどった。市街地は、戦前の碁盤形の村落の名残(なごり)をとどめ、整然とした道路割りがみられる。アメリカ軍用地の大半は返還された。海岸は石川ビーチと称し、アメリカ軍専用の海水浴場であったが、現在は住民の憩いの場。卸・小売り・サービス業に特化した消費都市であるが、農業も盛んで、サトウキビ、茶などが栽培され、近年はミカン、メロン、マンゴー、養豚が盛ん。伊波(いは)城跡、伊波貝塚(国指定史跡)がある。闘牛が盛んで闘牛場がある。[堂前亮平]
『『石川市誌』(1975・石川市)』

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精選版 日本国語大辞典

いし‐かわ ‥かは【石川】
[1] 〘名〙
① 小石が多く底の浅い川。
書紀(720)神代下・歌謡「天離(あまさか)る 鄙(ひな)つ女の い渡らす迫門(せと) 以嗣箇播(イシカハ) 片淵」
② 江戸時代、河川を大河、小河、石川、砂川、泥河、谷川に分けたうちの一つ。〔地方凡例録(1794)〕
新撰菟玖波集(1495)発句下「石河や踏むあと遠き逢瀬哉〈宗伊〉」
[2]
[一] 京都の鴨川(賀茂川)の異名。
※新古今(1205)神祇・一八九四「いしかはや瀬見の小川の清ければ月も流れを尋ねてぞすむ〈鴨長明〉」
[三] 沖縄本島中部の旧市。第二次大戦後、一時アメリカの民政、軍政の中心地となる。昭和二一年(一九四六)市制。平成一七年(二〇〇五)、具志川市、与那城町、勝連町と合併してうるま市になる。
[四] 福島県南東部の郡。阿武隈山地南西部の山間地にある。
[五] 石川県南東部の郡。北半は手取川扇状地で、南半は白山山地。現在は大半が金沢・白山市域。
[六] 大阪府の南東端にあった郡。明治二九年(一八九六)南河内郡に統合され消滅。

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いしかわ いしかは【石川】
姓氏の一つ。

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