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知識社会学【ちしきしゃかいがく】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

知識社会学
ちしきしゃかいがく
sociology of knowledge
知識あるいは学問一般を社会的な要因との関連で分析していく社会学の一分野。知識社会学は,(1) 知識の社会的存在制約性,(2) 知識が文化や歴史や集団によって規定されていること,(3) 知識の内容そのものにまで社会的存在制約性の示されること,を分析していく。その学的成立は,すでにニーチェや N.マキアベリの心理学的な知識解釈に認められる。しかし直接に成立契機となったのはマルクス,エンゲルスのイデオロギー論である。彼らはその批判の対象とした知識を,その形成者の意志により虚偽の性格を与えられたものとみなして知識の社会的存在被拘束性の一面を指摘した。その後,M.シェーラーは,科学,形而上学などの知識形式の社会的制約性を検討し,現象学の立場から知識社会学の一つの方向を指示した。また K.マンハイムは,イデオロギー論の検討から一層進んで,歴史主義の立場から一つの知識社会学を建設し,これに組織的な理論を与えるとともに,歴史的にその具体的な研究をも提供した点で最も注目されるべき方向を示した。彼は一方でイデオロギーの存在被拘束性を認めながら,みずからの立場をも相対化してとらえうる展望的視座に立ち,部分的認識を相互に関連づけて総合的に評価することによってその時代に最も妥当な認識を得るという相対主義的歴史主義の可能性を主張し,そのにない手としてのインテリゲンチアの重要性を説いた。今日,知識社会学は知識形成の「科学の社会学」,知識伝達の過程をとらえる「教育の社会学」として展開されている。

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デジタル大辞泉

ちしき‐しゃかいがく〔‐シヤクワイガク〕【知識社会学】
知識や認識一般が社会的に拘束されているとみなし、思想や学問と時代の社会構造との関係を歴史的、総括的に研究する社会学。代表者はシェーラーマンハイムら。

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世界大百科事典 第2版

ちしきしゃかいがく【知識社会学】

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大辞林 第三版

ちしきしゃかいがく【知識社会学】
知識や認識活動と社会との関係を研究しようとする社会学の一分野。知識や認識などの社会的被制約性、存在被拘束性を主張することにより、マルクス主義イデオロギーの絶対化を避けようとした。第一次大戦後、シェーラー・マンハイムらによって樹立され、主としてドイツで発展した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

知識社会学
ちしきしゃかいがく
Wissenssoziologieドイツ語
一般的には、広義の知識がなんらかの意味で社会的に条件づけられることを認め、知識と社会との相互関係を研究しようとする社会学の一部門。このような発想は古くから存在するが、学問的に整備された形で確立され主張されたのは、第一次世界大戦後のドイツであり、その代表者はM・シェラーとマンハイムであった。
 シェラーは、精神と衝動という二元論的な人間学にたって、「理念的因子と実在的因子の共働作用の秩序の法則を求める学問」としての「文化社会学」を構想した。シェラーがとくに注目したのは、その文化のうちでも、宗教、形而上(けいじじょう)学、実証科学という3種の知識であった。彼は一方でコントの「三状態の法則」を批判して、これら3種の知識を継起的なものではなく、同時共在的なものと考え、他方でマルクスの「上部構造―下部構造論」に反対して精神的価値の自律性を確保しようとした。そこには、自然支配と労働技術の知としての実証科学は教養の知としての形而上学に、それはさらに救済の知としての宗教に奉仕すべきだという価値観が働いている。しかし彼が実践的目標としたのはこれら3種の知識のバランスと協調であった。
 これに対してマンハイムは、マルクスのイデオロギー論からあらゆる知識の「存在拘束性」というテーゼを引き出し、その自己適用を迫ることでマルクス主義の絶対化を避けようとする。他方、その帰結としての相対主義の危険に対しては、それぞれの立場の視座制約性を見渡すことのできる「相関主義」Relationismus(ドイツ語)の優位を主張し、その担い手を「自由に浮動する知識層」に求めた。このような存在拘束性の普遍的適用によってイデオロギー論が知識社会学になるという主張には、とくにマルクス主義の側から多くの批判がなされたが、マンハイムの考えがその後の知識社会学の展開に基本的インパクトを与えたことは疑いえない。
 マートンは、マンハイムから存在拘束性の理論という枠組みを受け継ぎつつ、認識論をそれから切り離して、経験主義的方向に知識社会学を再編成しようとする。そこにはプラグマティズム的真理観の受容を含めて、いわば知識社会学におけるヨーロッパ型からアメリカ型への転換がある。前者が関心をもつのが知的エリートによる世界観やイデオロギーといった高度の知識であるのに対して、後者は大衆の世論や意見、通俗文化に関心をもつ。前者が重要な意味をもつ問題についての大規模理論を目ざすのに対し、後者は確実な調査手続による事実の実証を重視する。こういう二つの傾向の総合を目ざしつつ、マートンは独自の機能分析的方法に基づく「中範囲の理論」として、〔1〕マス・コミュニケーションの研究と、〔2〕科学社会学に、知識社会学の中心的テーマをみいだしている。〔1〕は社会心理学的なイデオロギー研究に、〔2〕は科学史に対する社会学的接近に多大のインパクトを与えた。
 またシュッツ以来の「現象学的社会学派」は、日常世界におけるコモン・センスのレベルでのパーソナル・コミュニケーションの研究に、「社会学の社会学派」は、社会学そのもののあり方への反省に、知識社会学の課題をみいだしている。これらの傾向は、フランスにおけるデュルケームからモースを経てレビ・ストロースに至る人類学の流れのなかでの分類カテゴリーの起源の研究とも相まって、現代における知識社会学の活発な前線を形成している。[徳永 恂]
『徳永恂編『知識社会学』(福武直監修『社会学講座11』1976・東京大学出版会) ▽マンハイム著、高橋徹・徳永恂訳『イデオロギーとユートピア』(『世界の名著56』所収・1971・中央公論社)』

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精選版 日本国語大辞典

ちしき‐しゃかいがく ‥シャクヮイガク【知識社会学】
〘名〙 社会学の一分野。知識ないし精神文化一般を、歴史的・社会的条件との関連に注目し、社会事象として研究しようとするもの。一九二〇年代以降、シェーラーやマンハイムによって樹立された。

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