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町奉行【まちぶぎょう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

町奉行
まちぶぎょう
江戸幕府の職名。重要都市の町および町人に関する司法行政警察管掌江戸では,通称江戸町奉行と呼ばれ,三奉行の一つ。永禄年間 (1558~70) 頃からこの呼称がみえるが,正式に設置されたのは江戸幕府のときである。京都,大坂長崎奈良日光などに設置された遠国奉行としての町奉行には必ず地名を冠した。また諸藩にもこの名の職名がみられる。

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デジタル大辞泉

まち‐ぶぎょう〔‐ブギヤウ〕【町奉行】
江戸幕府の職名。寺社奉行勘定奉行とともに三奉行の一。老中に属し、江戸の町方の行政・司法・警察など民政全般をつかさどった。京都・大坂・駿府(すんぷ)などにもあったが、単に町奉行といえば江戸のものをさし、他は、地名を冠して称した。→江戸町奉行

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世界大百科事典 第2版

まちぶぎょう【町奉行】
江戸幕府職制の一つ。江戸時代に単に町奉行といえば,江戸の町奉行のことをいうのが普通である。江戸のうちで武家地と寺社地を除いた町地(約20%)を支配し,町および町人に関する行政・司法・警察・消防などをつかさどった。老中支配に属して芙蓉間に列す。定員2名(時に増減した)。寺社奉行,勘定奉行とともに三奉行と総称され,評定所一座の構成員として中央官職の性質もあわせもった。激務のため,在職中の死亡率は他の役職にくらべて高い。

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大辞林 第三版

まちぶぎょう【町奉行】
近世における武家の職制の一。特に、江戸幕府が直轄下の主要都市(江戸・大坂・京都・駿府など)に設置した老中直属の行政官をいう。町方の行政・司法・警察を担当し、大坂・京都の場合は近国に散在する天領の支配・管轄権をも委ねられていた。単に町奉行といえば江戸町奉行をさし、他の町奉行はそれぞれの地名を冠して呼ばれた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

町奉行
まちぶぎょう
江戸の町々を支配した幕府の役職。他都市の町奉行の場合には都市名を冠したが(大坂町奉行、伏見(ふしみ)町奉行など)、江戸の場合のみ単に町奉行と称した。寺社・勘定両奉行とともに三奉行という。[吉原健一郎]

町奉行の沿革

1590年(天正18)の徳川家康関東入国以来、板倉勝重(いたくらかつしげ)・彦坂元正(ひこさかもとまさ)が町の「御代官」として町支配を担当していたが、彼らは同時に村方の支配も兼ねていた。1601年(慶長6)には徳川秀忠(ひでただ)の側近であった青山忠成(あおやまただしげ)・内藤清成(ないとうきよしげ)が町支配を担当したが、これも「関東総奉行」とよばれた広域行政官であった。町支配の専任行政官の最初は、1631年(寛永8)の加々爪忠澄(かがづめただすみ)・堀直之(ほりなおゆき)であるとする説、1638年の酒井忠知(さかいただとも)・神尾元勝(かみおもとかつ)(1640年とも)とする説の2説が有力である。[吉原健一郎]

町奉行所の変遷

町奉行所は住居と役宅を兼ね、一般に「御番所」とよばれた。常盤橋(ときわばし)門内(千代田区大手町2丁目)にあった北番所は1707年(宝永4)に火災で類焼し、数寄屋橋(すきやばし)門内(中央区銀座4、5丁目)に移転したため、以後は幕末まで南番所と称された。常盤橋の南にあった呉服橋(ごふくばし)門内(千代田区大手町2丁目)の番所は当初は南番所であった。しかし、1698年(元禄11)に類焼し、鍛冶橋(かじばし)門内(千代田区丸の内1丁目)に移転した。さらに1702年に呉服橋門内の南側に新番所が建てられ、先の数寄屋橋門内の南番所が新設されたため、中番所(なかばんしょ)と称されたが、1719年(享保4)に廃止となる。上記の新番所は1717年に常盤橋門内へ移転、さらに1806年(文化3)に呉服橋門内に移転するが、数寄屋橋門内の南番所との位置関係は変わらず北番所とよばれた。[吉原健一郎]

町奉行の職務

町奉行は老中のもとで町の支配に従事した。旗本のなかから人材が選ばれ、1666年(寛文6)に役料として米1000俵が支給されたが、1723年(享保8)には役高3000石となり、それ以下の者も在職中には差額が支給された。職務内容は江戸市中の町人地支配に関する全体的な業務である。町奉行のもとには、町人支配機構として町年寄以下の町役人、小伝馬町(こでんまちょう)牢屋敷(ろうやしき)の獄吏、本所奉行(ほんじょぶぎょう)(のち本所道役(みちやく))などがある。さらに、寺社奉行・勘定奉行とともに評定所(ひょうじょうしょ)(幕閣の最高合議機関)に参加し、政策決定に参与した。執務は月番交代制で行われ、非番の月には表門を閉ざしていたが、継続している訴訟などの業務や相互の協議(内寄合(ないよりあい))を行っている。業務は多忙であり、市中の治安維持をはじめ、裁判など民政全般にわたり、上水や新田開発業務に従事したこともある。大火にあたっては自身も出馬して現場の指揮にあたった。他の職に比して在職中の死亡率も高かった。[吉原健一郎]

与力と同心

町奉行所の下僚である与力(よりき)・同心は、1719年(享保4)以降には南北奉行所に与力各25騎、同心各100名が配属された。幕末には同心の数が増加している。与力は禄高(ろくだか)200石以下で、上総(かずさ)・下総(しもうさ)(千葉県)でまとめて1万石の給地が与えられた。同心は30俵二人扶持(ぶち)が原則であった。与力・同心の分掌は享保(きょうほう)(1716~1736)以前には歳番(としばん)、牢屋見廻(みまわ)り、町廻りの3種であったが、享保の改革で7業務が加えられた。のちには同心のみの業務として三廻り(定町(じょうまち)廻り、隠密(おんみつ)廻り、臨時廻り)が確立した。時代が下るにつれて分掌は増加していく。
 町奉行は市政の直接担当者であったから、町人の関心も強く、歴代の町奉行に対する風評も多い。なかでも大岡忠相(おおおかただすけ)や遠山景元(とおやまかげもと)には名奉行の伝説が生まれ、現在も継続している。彼らの実績とともに、江戸町人の町奉行に対する願望が、こうした伝説を生み出した。[吉原健一郎]
『所理喜夫・南和男著「町奉行」(西山松之助編『江戸町人の研究 第4巻』所収・1975・吉川弘文館)』

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精選版 日本国語大辞典

まち‐ぶぎょう ‥ブギャウ【町奉行】
〘名〙
① 戦国諸大名などが、領国内の町を支配するために設けた職。町政を統べ、検断をつかさどる。
※多聞院日記‐天正一四年(1586)三月三日「金子廿枚の高札に被打置、町奉行曲事とて被追失之処」
② 江戸幕府の職名の一つ。重要都市の市中の行政・司法をつかさどる。
(イ) 老中支配に属し、江戸の町および町人を管轄し行政・司法をつかさどるかたわら、寺社・勘定奉行とともに評定所一座(幕府の最高裁判所)を構成。定員二人。南北町奉行に分かれ、月番制で江戸全部の事務を処理する。役高三千石。
※仮名草子・仁勢物語(1639‐40頃)上「咎人なれば町奉行に搦められにけり」
(ロ) 幕府直轄地の大坂・京都・駿府などに置かれたもの。それぞれの地名を冠して呼ばれ、(イ)と区別された。また、諸大名の城下町などにも置かれた。
※夢酔独言(1843)「町奉行屋敷の横丁のかぶき門の屋敷へはゐり」

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旺文社日本史事典 三訂版

町奉行
まちぶぎょう
江戸幕府の職名
江戸の町人を支配し,行政・司法・警察事務をつかさどった。老中の支配に属し,定員は2名で南北に分かれ,月番制をとった。その配下には与力 (よりき) ・同心がいた。寺社奉行・勘定奉行と並んで三奉行と称し,評定所一座を構成して幕府の重要事項の裁決機関としての機能を果たした。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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