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猿楽【さるがく】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

猿楽
さるがく
日本の古代中世の一つ。中国から伝わった「散楽」の転化した名称と考えられ,「さるごう」ともいい,「散楽」「散更」「申楽」などとも記される。平安時代においては,内容は中国の流れをくむ散楽と日本固有の卑俗な滑稽物まね,歌舞であった。平安時代中期の『新猿楽記』は,猿楽の芸能の曲名をあげており,散楽系の曲芸軽業,呪師,田楽傀儡子などと,当時の風俗に取材した滑稽な物まねから成っていた。のち猿楽は,次第に物まねを中心としたものとなり,鎌倉時代には劇的な内容をもった猿楽の能を生み出した。猿楽は滑稽な物まねのせりふ劇である狂言と,まじめな内容で歌舞に重点をおいた能とに分れ,能は室町時代に大和猿楽の観阿弥が曲舞 (くせまい) などの先行芸能を取入れ,その子世阿弥は歌舞中心で幽玄なものに大成させ,田楽などの諸芸能を圧倒し,武家式楽となって隆盛を迎えた。

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朝日新聞掲載「キーワード」

猿楽
申楽(さるがく)とも書く。古代から中世にかけての芸能の一つ。滑稽(こっけい)な物まねや軽口・しゃれのことで、神楽余興として出発した。鎌倉時代に入って歌舞の要素を強め、演劇化。専業芸人が生まれ、能や狂言に発展した。
(2010-05-18 朝日新聞 朝刊 2社会)

出典:朝日新聞掲載「キーワード」

デジタル大辞泉

さる‐がく【猿楽/申楽/散楽】
平安時代の芸能で、一種のこっけいな物まねや言葉芸。唐から伝来した散楽(さんがく)に日本古来のこっけいな技が加味されたもの。相撲節(すまいのせち)御神楽(みかぐら)の夜などの余興に即興で演じられた。
平安時代から鎌倉時代にかけて、寺社に所属する職業芸能人(猿楽法師)が祭礼などの際、1を街頭で行ったもの。
平安時代以降、諸大寺で、呪師(じゅし)の芸能(広義には猿楽の一種)のあとに1が演じられたもの。
中世以降、23が演劇化して能・狂言が成立したところから、明治初期まで能・狂言の古称。→狂言

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さる‐ごう〔‐ガウ〕【猿楽】
《「さるがく(猿楽)」の音変化》
さるがく」に同じ。
「様々(やうやう)の箏(こと)、琵琶、舞、―を尽くす」〈梁塵秘抄口伝・一〇〉
おどけ。たわむれ。じょうだん。
「口を引き垂れて、知らぬことよとて、―しかくるに」〈・一四三〉

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世界大百科事典 第2版

さるがく【猿楽】
日本の古い芸能の一種。その芸態はいちがいにはいえない。申楽と記すこともある。平安期では曲芸,滑稽(こつけい)なしぐさ芸,掛合芸,物まね芸などをいい,平安末期には筋立てのはっきりしたものになったようである。鎌倉期には楽劇的要素を加え,室町初期にはせりふ劇プラス歌舞芸として,現在の能の祖型が完成する。これらはすべて猿楽と総称されるが,鎌倉期までのものを,古猿楽ということもある。
[猿楽の芸態]
 〈さるがく〉の名称は,中国(唐)伝来の〈散楽(さんがく)〉に発するとされる。

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さるごう【猿楽】

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大辞林 第三版

さるごう【猿楽】
さるがく(猿楽)の転
さるがくに同じ。 いかなる-をして一日かあらまし/宇津保 蔵開上
滑稽なことをすること。おどけること。たわむれ。 口をひき垂れて、知らぬことよとて、-しかくるに/枕草子 143

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日本大百科全書(ニッポニカ)

猿楽
さるがく
平安・鎌倉時代に栄えた芸能で、室町前期以後は現在の能楽の古称として用いられてきた。奈良時代に中国から渡来した散楽(さんがく)の芸系を受ける。散楽は、中国では民間雑芸(ざつげい)の総称で百戯(ひゃくぎ)とも称され、歌舞物真似(かぶものまね)のほか曲芸軽業(かるわざ)、奇術魔法なども含む幅広い芸態をもつものであった。日本では初め国家が保護したが、しだいに一般に普及して、平安初期には国立教習所は廃止され、やがて名称も日本化して猿楽とよばれるようになった。これは、サンがサルと音韻変化した際に物真似(ものまね)上手な猿が連想されたものであろうといわれるが、また散楽のなかに人間が猿に扮(ふん)した芸があったためだとする説もある。
 猿楽は、宮中でも相撲節会(すまいのせちえ)などの余興として近衛府(このえふ)の下級官人らによっても演じられたが、その主流は民間に流れ、職業的猿楽者を生むに至った。平安中期に書かれた藤原明衡(あきひら)著『新猿楽記』には、呪師(のろんじ)、侏儒舞(ひきひとまい)、田楽(でんがく)、傀儡師(かいらいし)、唐術(とうじゅつ)、品玉(しなだま)、輪鼓(りゅうご)、八玉(やつだま)、独相撲(ひとりすまい)、独双六(ひとりすごろく)その他があげられていて、なお猿楽の名称のもとに古代散楽の広範な芸能を含んでいたことを想像させる。しかしそこには、僧侶(そうりょ)が袈裟(けさ)を探したり、尼が自分の子供の襁褓(むつき)(おむつ)を請い歩いたりする、後代の狂言を思わせる寸劇の演じられていたことも記され、猿楽の総評として「嗚呼(おこ)の詞(ことば)は腸(はらわた)を断ち頤(おとがい)を解かずということなきなり」と書かれていることから、滑稽(こっけい)な物真似の芸が中心をなしていたと考えられる。ところがその後、曲芸軽業の芸は田楽が演じて、奇術魔法の類は傀儡師が専業として、猿楽から独立していった。一方、職業的猿楽者の多くは大きな寺院や神社などに隷属し、その祭礼などに奉仕していたので、密教的行法のなかで従来は僧侶が行っていた芸能的要素の強い部分、たとえば『新猿楽記』が諸芸能の最初にあげている呪師(じゅし)の芸などを勤めるようになり、さらに鎌倉時代に入ると、音楽的読経である声明(しょうみょう)や仏教話芸ともいえる説教、あるいは大寺院での法会(ほうえ)後の余興大会で演じられた延年風流(えんねんふりゅう)などの影響を受けて、猿楽はしだいに、まじめな歌舞劇である能と、滑稽な科白(かはく)劇である狂言とに分離し、それぞれの芸態を確立していく。
 やがて室町時代の初め、観阿弥(かんあみ)・世阿弥(ぜあみ)父子らによって、猿楽は今日の能楽に近い姿に整えられ、能と狂言の交互上演の形式も定まった。世阿弥は『風姿花伝(ふうしかでん)』に「上宮(じょうぐう)太子、末代のため、神楽(かぐら)なりしを、神といふ文字の偏を除(の)けて、旁(つくり)を残し給ふ。是(これ)、日暦(ひよみ)の申(さる)なるが故に、申楽(さるがく)と名づく。すなはち、楽しみを申すによりてなり。又は神楽を分くればなり」とその成立を権威づけ「申楽」と表記したが、室町・江戸両時代を通じ一般には伝統的な「猿楽」の表記を用いてきた。しかし、明治期に入って「能楽」と改められた。1881年(明治14)華族を中心に設立された能楽社の「設立之手続」のなかに「前田斉泰(なりやす)ノ意見ニテ猿楽ノ名称字面穏当ナラサルヲ以(もっ)テ能楽ト改称シ……」とあるので、貴族社会を代表する芸能として「猿」の字の野卑な印象を嫌っての改称であった事情がわかり、その時期は1879、80年ごろと推測できる。以後、急速に「能楽」の名が普及し、「猿楽」の呼称は滅びた。[小林 責]
『林屋辰三郎著『中世芸能史の研究』(1960・岩波書店) ▽後藤淑著『能楽の起源』(1975・木耳社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

さる‐ごう ‥ガウ【猿楽】
〘名〙 (「さるがく(猿楽)」の変化した語)
※宇津保(970‐999頃)蔵開上「藤宰将、『この君も舞ひ給ふものを』とて、さるがうする人にて、亀舞をす」
② 滑稽な言動をすること。おかしなかっこうをすること。おどけること。たわむれ。
※枕(10C終)一四三「口ひき垂れて、知らぬことよとて、さるがうしかくるに」

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旺文社日本史事典 三訂版

猿楽
さるがく
古代〜中世にかけて流行した演芸
散楽・申楽・散更 (さるごう) ともいう。狭義には能楽の別称。奈良時代にから伝来。平安時代,神楽の余興として宮廷に入った。民間では寺社に隷属し,滑稽な物まねを主とした。鎌倉時代に歌舞的要素を加え猿楽の能に発達,物まねは猿楽の狂言として併行した。室町時代にかけて,丹波・伊勢・近江・大和などで盛んとなり,特に大和四座の一つ結崎 (ゆうさき) 座から観阿弥・世阿弥父子が出て,足利将軍家の保護のもと,田楽能や曲舞 (くせまい) をとり入れ猿楽の能を大成させた。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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