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火葬【かそう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

火葬
かそう
葬法の一つ。遺体を火で焼くことによって処理し,残った骨だけを壺や箱に納めて埋葬する。西洋では,すでに新石器時代に行われていた形跡がある。一般に北ヨーロッパのゲルマン民族では火葬であった。ギリシア・ローマ時代でも土葬と火葬の両方が行われていたが,土葬のほうが支配的となり,火葬は衰退した。アジアではインドを除けば,かつてはほとんど行われていなかった。火葬は仏教の採用した葬法で,これを荼毘 (だび) と称し,遺骨を尊重する傾向がみられた。日本では,古くは土葬であったが仏教伝来によって火葬が貴族,僧侶階級に普及し,畿内地方を中心に全国に広まった。現在では火葬が一般的となっているが,農山村部では土葬その他の葬法で埋葬が行われているところもみられる。そのほかの地域では火葬はまれで,北アメリカ,中部アメリカの数多くの民族,南アメリカの北部のところどころで行われているにすぎない。 (→火葬墓 )  

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デジタル大辞泉

か‐そう〔クワサウ〕【火葬】
[名](スル)遺体を焼き、残った骨を葬ること。荼毘(だび)。「火葬に付す」
[補説]日本では、法律墓地、埋葬等に関する法律)で死後24時間を経過しないと火葬にはできない。

出典:小学館
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防府市歴史用語集

火葬
 遺体を火で焼いた後にほうむることを言います。焼いた遺体は壺[つぼ]に入れて、墓や納骨堂に納められます。インドではじまり、仏教とともに中国や朝鮮半島へ広まりました。日本では700年に道昭[どうしょう]という僧が最初に火葬されたと言われています。その後、持統[じとう]天皇が火葬されるなど、貴族[きぞく]などには広まりましたが、庶民には土葬[どそう]が多かったようです。

出典:ほうふWeb歴史館
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葬儀辞典

火葬
死体を焼き、骨を拾ってとむらうこと。火葬場には死体火葬許可書位牌遺影などを持参します。

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世界大百科事典 第2版

かそう【火葬】
死体を火で焼く葬法。死体の処理の方法としての火葬には一つの顕著な特質がある。いうまでもなくそれは死体を徹底的に破壊,消滅させる最も効果的な手段だということである。火葬を行う動機はこの特質に関連している。インドに起源をもつ火葬は,おそらく死体の消滅による魂の迅速な浄化を動機としていると思われるが,そのほかにも例えば,敵や妖術師の危害から遺体を守るために,移動民のあいだで保存に便利なように灰のみを残すために(ベトナムのマン・コック族),あるいは死者の害力を除去するために火葬が行われる。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

かそう【火葬】
( 名 ) スル
死体を焼き、残った骨を葬ること。また、そういう葬法。日本では、700年に僧道昭が遺言により火葬に付されたのが文献(「続日本紀」)上の初例。荼毘だび。 「 -に付す」

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日本大百科全書(ニッポニカ)

火葬
かそう
死体を火で焼くことによって処理する葬法である。火葬の背景には、火で死体を破壊することによって霊魂が肉体からできるだけ早く離れていくことを可能にし、霊魂が新しいすみかを得て生まれ変わってくるきっかけをつくろうとする観念が存在していると考えられる。火葬を行う民族は世界中でも数多い。ユーラシア大陸ではインドを中心として、この系統を引く火葬が、日本も含めた東アジア、東南アジアの広い地域に分布している。インドではインダス文明以来土葬、風葬と並んで火葬が行われてきたが、これが仏教と結び付いたことが、仏舎利(ぶっしゃり)崇拝に関連した遺骨祀祭(しさい)の風習とともに、ミャンマー(ビルマ)、カンボジアなどの周辺地域に及んでいく一つの大きな動因になったのである。しかし、中心地インドから遠ざかるにつれて、火葬は一般民衆にまでは及ばなくなり、チベットやインドネシア、メラネシアなどでは、首長や祭司、シャーマンなどの特権的人物に限られてくる。
 ヨーロッパでは、新石器時代にはブルターニュから南ロシアにかけての広い地域の所々で火葬が行われ、とくに後期青銅器時代の骨壺(こつつぼ)墓地文化で盛んであったが、ローマ帝政期になると、遺体浄化と復活の思想を伴い、土葬を採用したキリスト教が帝国内に広まったため、ヨーロッパは非火葬地帯となった。しかし、教会墓地への埋葬が限界に達した19世紀ごろからふたたび火葬が復活してきた。このほか、アメリカ大陸では、北アメリカ、中央アメリカおよび南アメリカ北部に火葬の風習がみられる。一方、アフリカ大陸の民族においては、火葬はきわめてまれである。[清水 純]

日本における火葬

わが国では6世紀から火葬の存在が知られているが、8世紀以降、仏教文化とともに、わが国の火葬習俗は始まったとするのが穏当であろう。仏教の浸透が、寺院の建立とともに火葬を招来させたと考えてよい。火葬はまず上層階級に導入され、やがて地方の豪族に広まっていった。15世紀以降、仏教の庶民への広がりとともに火葬も普及していったが、その方法としては、庶民の間では、野天に穴を掘って、多量の薪(まき)と藁(わら)を置き、棺の上にも積み上げて火をつけ、長時間かけて焼いた。しかし、火葬に立ち会う近親者たちには正視しがたい作業であり、やがて専業の三昧聖(さんまいひじり)などにゆだねられていく所が少なくなかった。近世になると、儒学者や国学者の間から、火葬は残酷な異国の習俗とする火葬反対論が台頭し、火葬が下火になった所もあったが、都市部や真宗の広がった地域などを中心に徐々に増加の傾向がみられた。明治時代に入ると、廃仏棄釈、神道の国教化政策が推進されるなかで、1873年(明治6)7月18日、火葬禁止の太政官(だじょうかん)布告まで出された。この禁令は2年後の75年5月23日に廃されるが、その後、明治政府が伝染病死者を火葬にすることを命じたため、地方の土葬が行われていた市町村でも、しだいに火葬場を設けるようになった。大正時代になると、1915年(大正4)の全国の火葬率は36.2%となるが、府県別には著しい差がみられた。現代では、焼くこと、拾骨、納骨という手続をとる火葬は、宗教的には真宗地帯に、都市と農村とでは都市部に集中して分布し、拡大・普及した。その要因として、火葬は死の汚穢(おあい)感を薄め、分骨が容易化されるし、墓地が狭小ですみ、都市化や宅地化のなかでの土葬不適地域の拡大などがあげられる。[浅香勝輔]
 土葬の場合は、埋葬することでいちおう死体の処理が完了するが、火葬では、火葬で死体の処理を済ませたあと、さらに遺骨の処理が必要になり、二重の手続を踏むことになる。これは南島で行われる洗骨や、土葬でも改葬して骨を祭り直す習俗と共通点があり、葬法の系統をたどるうえで重要な意味をもつ。火葬の歴史は古いが、そのまま爆発的に普及したわけではなくて、近年までは土葬のほうが多かった。人口が都市に集中し、衛生の観点から、地方自治体が条例で土葬を禁止したため、火葬が土葬を圧倒した。浄土真宗の盛んな地方は、比較的早くから火葬に転じ、また伝染病患者は法的に火葬が求められた。現在は近代的な設備をもつ火葬場が多くなり、遺族は1~2時間で収骨(拾骨)することができるようになった。火葬には、大都市圏では都市ガス、地方では灯油が使われることが多い。以前は重油や石炭を使っており、その前は薪や藁で焼いた。集落から離れたところに火葬場を設け、土地を少し掘りくぼめ、空気の通りやすいように四方に溝を設ける。葬式組の人たちが持ち寄った薪の上に棺を置き、藁や蓆(むしろ)をかぶせて火をつける。当番の人が朝方までかかって焼いたものである。朝になると遺族が出向いて骨(こつ)拾いをする。木と竹と片々の箸(はし)を使い、1人が拾った骨を箸移しで他の人が受け取る。そのため日常の食事のとき、片々の箸や箸移しを忌む。のどぼとけの骨を尊重する気持ちが強い。寺院の納骨堂などに分骨することも、火葬に伴う慣行である。[井之口章次]
『大林太良著『葬制の起源』(中公文庫)』

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精選版 日本国語大辞典

か‐そう クヮサウ【火葬】
〘名〙
① 遺体を焼いて骨を収め葬ること。荼毘(だび)
※続日本紀‐文武四年(700)三月己未「弟子等奉遺教、火葬於粟原、天下火葬従比而始也」 〔大唐西域記‐二〕
② 遊女などが、情夫に心中立てのために腕などへ「誰々命」などと情夫の名を入れ墨したものを、新しい情夫ができたために、前の入れ墨を灸(きゅう)などで焼き消すこと。
※洒落本・二筋道後篇廓の癖(1799)二「ほり物を火葬にしてはうかまれねへゼ」

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