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漢字【かんじ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

漢字
かんじ
中国に発生した文字。中国,日本のほか,大韓民国(韓国)や台湾などで使用されている。各文字が音形と意味の連合からなる単語を表すので,表意文字または表語文字とされる。これを「漢字は各文字が形,音,義を有する」などと表現する。今日の中国語では二つ以上の形態素からなる単語が増え,各文字は単語ではなく形態素を表すので,厳密には形態素文字である。漢字の構成法と使用法に基づく分類としては六書(→象形指事会意形声転注仮借)が代表的。今日知られている最古の漢字はで使われた甲骨文字で,次いで金石文や籀文(ちゅうぶん)がつくられた(→篆書)。始皇帝は各地で使われていた文字を統一して小篆(しょうてん)を定め,これがさらに略されて隷書が生まれた。では八分草書ができ,六朝時代に隷書から楷書,さらに行書が分かれた(→書体)。漢字は日本や朝鮮半島,ベトナムなど周辺諸国でも取り入れられ,漢字文化圏を形成した。日本への伝来は 5世紀頃で,広く使われだしたのは 7世紀頃からと推定されている。

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デジタル大辞泉

かん‐じ【漢字】
中国語を表すため、漢民族の間に発生・発達した表意文字。現在は中国・日本・韓国などで使われる。起源は紀元前十数世紀にさかのぼり、成り立ちからみて、象形指事形声会意仮借(かしゃ)などの種類があるとされる。周辺諸国に伝わり、さまざまな影響を及ぼした。日本では、これから片仮名平仮名などの音節文字が生み出され、「峠」「働」などの和製漢字(国字)も作られた。真名(まな)。本字

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世界大百科事典 第2版

かんじ【漢字】
漢字はその名の示すように中国の文字である。現在中国はもちろん,古代中国文化圏にあった日本および韓国でも用いられている。漢字はエジプト象形文字(ヒエログリフ),メソポタミア楔形(くさびがた)文字などと同じく古代文字であり,しかも現代になお用いられている唯一の古代文字である。過去3000年にわたって同じ文字が断絶することなく用いられてきたことは,中国文化の特異な一面を物語っている。
【漢字の特質
 通説によれば漢字は他の古代文字と同じく表意文字ideographの段階にあるといわれる。

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大辞林 第三版

かんじ【漢字】
中国で作り出され、今日も用いられている表意文字。原則として、一字一音節で一語を表す。殷墟から出土した紀元前一五世紀頃の甲骨文字が現存最古のもの。日本に伝来した漢字としては、一世紀頃の貨泉や委奴国王わのなのこくおうの金印などが古い。現在、中国・韓国・日本で使われている。五万字ほど作られたが、一時代で実際に使われたのは五千字程度。日本で作った「働」「榊」「峠」などの国字も、一般には含めていう。本字。真字。真名まな。男文字。 → 仮名

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日本大百科全書(ニッポニカ)

漢字
かんじ
表意文字の一つ。もと中国で、中国語を表記するためにつくられたが、のち、朝鮮、ベトナム(安南)その他周辺の諸国に伝わり、それらの諸国で使用されて、日本の平仮名・片仮名のような文字を派生したり、西夏(せいか)文字、契丹(きったん)文字、女真(じょしん)文字などの文字に影響を与えたりした。ベトナムでは、漢字に基づいた独特の文字「字喃(チュノム)」を発明したが、19世紀にフランスの植民地になって以後、ローマ字化が進んで、その文字は廃れてしまった。朝鮮では漢語の流入も多く、漢字が正式の文字・文語として長く使用され、古くは漢字の訓読や漢字に基づいてつくられた吏読(リト)、さらには日本の片仮名に類する訓点なども使用されたが、近時に至って、北朝鮮では、1949年に漢字が全廃されてハングルのみとなり、韓国(大韓民国)でもハングル化の傾向が著しい。中国本土においても、中華民国革命前後から国字改良運動がおこったが、中華人民共和国になって以後、1955年1月に「漢字簡化方案草案」が公布されて、字体の簡略化が行われ、その政策はその後もさらに推進されている。さらにまた、1957年には、漢語(ピンイン)(中国語のローマ字綴(つづ)り)方案が公布され、漢字の旧字体は、現在では台湾と、韓国、日本の一部とだけに限られて行われる状態となった。
 漢字の構成をみると、物の形や、抽象的な概念などを写したものや、それらを組み合わせたものなどがあって、その数は5万を超えるが、実際に文献で用いられるのは多くて6000~7000、日常よく使われるのは3000以内にとどまっている。[築島 裕]

起源

漢字の起源については、黄帝の史官倉頡(そうけつ)が、鳥の足跡を見てつくったとか、庖犠(ほうぎ)氏が八卦(はっか)をかたどってつくったとかという伝説があるが、特定の作者を決定することは困難であり、自然発生的におこったとみるべきであろう。現存する最古の漢字文献は、亀(かめ)の甲や牛の骨に刻まれた「甲骨(こうこつ)文」で、殷墟(いんきょ)から発掘されたものであり、紀元前15世紀ごろのものとされている。その字体はきわめて古風であって、象形文字に近く、実物の形を思い起こさせるようなもので、内容は占いの結果などを記すことが多い。それに次いで古いものは「金文(きんぶん)」といわれるもので、古い銅器に刻まれており、主として周の時代(前12~前3世紀)に行われた。しかし、この金文は、字体が多様で統一がなかった。伝説によると、周の宣王の太史籀(ちゅう)という者が、それまでの古体の字体を改めて「籀文」をつくったというが、これはのちに秦(しん)の時代に至って「大篆(だいてん)」ともよばれた。周の末ごろ春秋戦国時代には、諸国で種々の異なった字体が行われていたが、秦が天下を統一すると(前221)全国の文字を統一し、宰相李斯(りし)が籀文を改作した「小篆(しょうてん)」を天下に示して、それにあわない字体を禁止した。秦の時代にはまた「隷書(れいしょ)」が行われた。これは程(ていぱく)という人が獄中で考案したと伝えられるが、事務上の便利のために改作した実用的な文字であった。漢の時代(前2世紀~後3世紀)に入っても、前代から引き続いて「大篆」「小篆」「隷書」が行われた。通用字体としては「隷書」が用いられたが、そのなかにも種々の字体があった。それらは、現存する碑文や西域(せいいき)から発掘された木簡などによってみられるが、線が波形で筆端をはねる「八分(はっぷん)」が現れ、また楷書(かいしょ)の源流とみられるものもおこっている。また、前漢のころから、1字ごとに切り離した「章草」という草書もおこった。次の魏晋六朝(ぎしんりくちょう)(3~6世紀)のころには楷書が発達しているが、行書、連綿草も行われていた。それらは、法帖(ほうじょう)や敦煌(とんこう)から出土した写本などによって知られる。このようにして、唐の初め(7世紀)までに楷書、行書、草書などが出そろった。そのころ楷書のなかにも字体の異なったものが多くあったが、顔師古(がんしこ)が経籍の本文の誤りを訂正したときに、異体の文字を抜き出して「顔氏字様」をつくり、その子孫である顔元孫は、それを整理して『干禄(かんろく)字書』を著した。これは、正体、通体、俗体の別を立てて、それぞれの用途を示したものである。この後、異体の字はしだいに減少し、宋(そう)以後、印刷が発達するにつれて、標準的な字体が普及したが、写本などでは異体の字もいくらか行われていた。現在行われている活字体は、多く明(みん)時代(14~17世紀)以後の刊本の字体に基づいている。近時、中華人民共和国では、1955年以後、簡体字とよばれる新字体が制定されて一般に用いられているが、これは、旧字体の字画を簡略化したり、画数の少ない同音の音符を転用したりしたものである。一方、日本では、1946年(昭和21)に当用漢字1850字が公布されて、字数を制限し、49年には「当用漢字字体表」が出て、略字体が公認された。81年には常用漢字1945字が改めて公布され、そのなかに略字体も含まれることとなった。[築島 裕]

漢字の六書

漢字の構成と用法を6種に類別して説明するものを「六書(りくしょ)」という。象形、指事、会意、形声、転注、仮借(かしゃ)で、前の四つは漢字の構成法であり、後の二つはその使用法である。「象形」とは物の形をかたどったもので、絵画と似ており、象形文字の性格の強いものである。「日」「月」「山」「水」「木」「魚」「馬」など、目に見える物体を表すことが多い。漢字のなかでもっとも基本的なものだが、字数は少ない。しかし、これを基にして、指事、会意、形声などの構成法によって別の漢字がつくられることが多い。「指事」とは、形を模写できない抽象的な概念を表すもので、「一」「二」「三」などの数字や、「上」「下」などがそれである。数字は横の線の数により、「上」は「―」の上部に「・」、「下」は「―」の下部に「・」を加えたものから生じている。「会意」とは、二つまたは三つの文字の形をあわせると同時に、その意味をもあわせたもので、「炎」は「火」の重なったもの、「位」は「人」の「立」つ場所の意、「東」は「木」の中に「日」のある方角の意といわれている。「形声」は「諧声(かいせい)」ともいい、二つの字をあわせたものだが、一方からは音をとり、他方からは意味をとって新しく字をつくり、それによって新しい字の音と意味とを示すものである。「江」「河」の場合、左側の「」は「水」の意であり、「工」「可」は発音を示している。「問」「聞」の場合、外側の「門」は発音を示し、内側の「口」「耳」は意味を表している。「形声」の例はきわめて多く、漢字の大部分はこれによってつくられている。以上の4種類によってすべての漢字はつくられるのだが、漢字のなかには、つくられた当初の用法ばかりでなく、のちになってから他の意味に転用されるものもある。「転注」とは、一つの語が、本来の意味から転じて、新しい意味をもつようになったとき、新しく別に文字をつくらないで、もとの意味を表す文字を転用して、新しい意味を表すものである。たとえば、「令」はもと号令の意味であるが、それから転じて号令を下す人、長官などの意味にも用いる。また「楽(ガク)」は本来音楽の意味だが、音楽は人の心を楽しませることから「たのしむ」の意味に用い、音も「ラク」と転じた。また、音楽は人の好み願うものであるから「願う」の意味にも用い、音も「ゲウ」(ギョウ)となった。次に「仮借(かしゃく/かしゃ)」は、意味とは関係なしに、同じ音の他の語に通用するものであって、たとえば、「革」は「皮革」の意味であるが、同じ「カク」の音で「あらためる」の意味にも用いる。また「耳」は本来「みみ」の意味だが、ジの音から「のみ」という助辞に用いるなどである。また、古く中国では、インドや中央アジアなど外国の人名・地名などの音を漢字で「身毒(しんどく)」「阿弥陀(あみだ)」などと写したが、これも「仮借」の一種とみることができる。[築島 裕]

漢字の形

漢字の字形が、左右、上下、内外など二つの部分に分けることができる場合に、左の部分を「偏(へん)」、右の部分を「旁」(ぼう・つくり)、上の部分を「冠」(かん・かんむり・かむり)、下の部分を「脚(きゃく)」という。また、上部と左部とにまたがるものを「垂(たれ)」、左部から下部にまたがるものを「繞(にょう)」、上部と左右から挟むものを「構(かまえ)」という。「偏」には「」(人・にんべん)、「口」(くちへん)、「」(心・りっしんべん)、「」(水・さんずい)、「」(犬・けものへん)など、「旁」には「」(刀・りっとう)、「」(邑・おおざと)、「隹」(「鳥」の古い字体・ふるとり)など、「冠」には「宀」(うかんむり)、「」(くさかんむり・そうこう)、「脚」には「」(烈火・れっか)、「垂」には「广」(まだれ)、「」(やまいだれ)、「繞」には「」(しにょう・しんにょう)、「構」には「門」(もんがまえ)、「囗」(くにがまえ)などがある。漢字を字形のうえから分類して配列した辞書が古くからつくられたが、その際の項目として前記のような偏旁などをたてたとき、それらを「部首」という。部首の数は、古来、辞書によって、多くは500以上に及ぶものから、100に満たないものなど、さまざまであるが、現在では『康煕(こうき)字典』のたてた214部首が広く行われている。[築島 裕]

漢字の音

漢字にはかならず一定の発音がある。中国における発音は「漢字音」「字音」「音(おん)」「こえ」とよばれるが、それは時代により、また地域によって大きな変遷・相違があった。さらに、朝鮮、日本、ベトナムなどに伝来した漢字は、それぞれの国で特有の字音が行われた。ことに日本では、字音のほかに、日本語の訳語を漢字に定着させた独特の読み方がおこり、字音と併用された。これを「和訓」「訓」「よみ」などという。字音の分類は、頭子音によるものと韻(いん)(漢字音全体から頭子音を除いたもの)によるものとがある。頭子音の種類は、10世紀ごろの音を基にしたという『韻鏡(いんきょう)』では23種に大別し、韻の数は、7世紀ごろの北方音によるという『切韻(せついん)』では四声調206韻に分類している。しかし後世は減少して、『壬子(じんし)礼部韻』では107韻とし、さらにそれから1韻を削った106韻が現代に至るまで、漢詩をつくるときなどに行われている。声調(アクセント)は普通、四声(しせい)(平声(ひょうしょう)、上声、去声、入声(にっしょう))に分けられるが、そのなかの入声は、-p,-t,-kで終わる音で、現代中国の標準語音には存在しないが、古代漢字音に存在し、現代も一部の方言音には残り、日本漢字音では変形して現存する。四声のほかにも、古代の日本漢字音には、六声、八声などの別をたてたことがあった。[築島 裕]

日本漢字音の種類

日本における漢字の読みとして、日本漢字音(字音、音)があるが、そのほかに、日本語の訳による読み方が漢字に定着し、和訓(訓、よみ)となった。「生」について、「セイ・ショウ」は字音であり、「うむ・いきる・なま・き」は和訓である。字音のなかには、呉(ご)音、漢音、唐音(宋(そう)音)などの種類がある。「行」について、呉音はギョウ、漢音はコウ、唐音はアンである。呉音は中国揚子江(ようすこう)沿岸地方の音で、たぶん朝鮮を経由して伝来したもの、漢音は中国北方の長安(いまの西安)地方の音で、呉音に次いで伝来したもの、唐音は10世紀以降に伝来したものといわれる。和訓は日本独自の読み方だが、その成立は7世紀以前にさかのぼるであろう。呉音は古くから仏教の経典の読み方などに用いられ、また文物調度品の名前や、ごく古く国語のなかに入った漢語なども呉音が多い。「和音」といわれたものは呉音に近い性格をもつ。漢音は、奈良時代以降、朝廷が「正音(せいおん)」として普及に努め、漢籍や一部の仏書には用いられたが、それ以前から行われていた「呉音」を排除するには至らず、両者併用されてきた。明治時代以降、欧米から輸入された新しい文物や思想学術の用語を翻訳するにあたって、多く漢音を用いた漢語がつくられたが、なかには「言語」(げんご。「げん」は漢音、「ご」は呉音)のように漢音と呉音とを併用する単語が生じた。このような併用は、江戸時代以前にはあまりみられない形式である。「唐音」は「宋音」ともよばれ、主として鎌倉時代以後に伝えられたもので、中国南方の音といわれる。時代によっていくらかの相違があり、禅宗の仏書やある種の事物の名称として用いられ、「看経」(かんきん)、「行灯」(あんどん)、「蒲団」(ふとん)、「普請」(ふしん)などの例があるが、数は少ない。
 このほか、「慣用音」と称するもので、前記のうちのいずれでもないものがある。「輸」をユ(正しくはシュ)、「耗」をモウ(正しくはコウ〈カウ〉)などがそれで、多くはその旁(つくり)などに引かれて誤読したものだが、一般に通用して認められているものである。また、古くは漢字音の表記法のなかで一定しないものがあり、たとえば末尾のnの音を、後世では「ン」と書くのに対し、「ニ」または「イ」と記したことがある。「ぜに」(銭)、「れいぜい」(冷泉)などはその名残(なごり)と考えられる。なお、漢字音と和訓とが一語のなかに併存するものがある。「重箱」(じゅうばこ)、「縁組」(えんぐみ)のように、上に字音、下に和訓のくるものを「重箱読み」といい、「湯桶」(ゆとう)、「赤本」(あかほん)のように、上に和訓、下に字音のくるものを「湯桶読み」という。平安時代から例があるが、中世以降にはことに俗語のなかに多く用いられた。[築島 裕]

日本における漢字の沿革

日本に漢字が伝来したのは、紀元1世紀までさかのぼるといわれるが、日本の地で記された文献のなかでは、5世紀から以後のものが現存している。当初は漢字だけで書かれた漢文であったが、そのなかに日本の地名や人名を表音的に書いたもの(万葉仮名)が古くから用いられており、それが基になって、9世紀以後、日本語独特の文字として「平仮名」「片仮名」がつくりだされた。奈良時代(8世紀)までは、日本で書かれた文献はすべて漢字ばかりであったが、『日本書紀』のように、正式な漢文で書かれたものばかりでなく、『古事記』のように、日本化した要素をもつ「和化漢文」もあり、また和歌などを記すときには、『古事記』や『日本書紀』などのように、1字1音の万葉仮名を連ねて書くことと並んで、『万葉集』のなかにみられるように、漢字の和訓と万葉仮名とを併用する書き方があり、その万葉仮名のなかにも、漢字の字音による「音仮名」と並んで、和訓の音による「訓仮名」も行われていた。平安時代(9~12世紀)に入って、平仮名、片仮名が発明された。平仮名は、当初はそれだけで単独で文を綴(つづ)ることが多かったが、のち、しだいに漢字を交えることが多くなり、中世に入ると「漢字平仮名交り文」が盛行するようになった。片仮名は、最初は漢文の訓読などの注記用として補助的に使用されるにすぎなかったが、早くから漢文の訓点に模した「漢字片仮名交り文」がおこり、僧侶(そうりょ)などの間でしだいに発達して、12世紀ごろには、仏教関係の文献はもとより、説話なども広く記されるようになった。
 一方、片仮名だけで和歌を書く風習はすでに10世紀のころからあり、最初は私的な覚え書きなどに限られていたであろうが、やがて撰書(せんしょ)のなかなどにも用いられるようになった。これは、片仮名という文字が発達して独立性、社会性を高め、漢字に肩を並べる力を得たことを反映するもので、藤原公任(きんとう)の『大般若経(だいはんにゃきょう)字抄』(1032ころ成立)のように、漢字の音訓を注記した注釈書のなかに片仮名が併用されるのも、これと一連の現象である。このようにして、中世以降は、漢字ばかりで書かれた漢文のほかに、漢字と平仮名や片仮名を交えた文が併行して使用されたが、それらのなかで、漢字は終始、文字としてもっとも高い価値を担い、仮名(かんな=仮〈かり〉字〈な〉の意)に対して、「まな」(真名)とよばれ、国語を表す文字の中心をなしてきた。もと仮名で書かれた文献をのちに漢字に改めた「真名本(まなぼん)」の出現も、その一つの例であろう。「真名本伊勢(いせ)物語」「真名本平家物語」などが伝えられている。また、本来の漢字では表現できない日本独特のことばは、仮名で書くのが普通であったが、漢字の形に似せた「国字」がつくられたのも、同類の例であろう。「榊(さかき)」、「噺(はなし)」、「峠(とうげ)」、「凩(こがらし)」、「辷」(すべる)、「辻(つじ)」、「込」(こむ)、「鱈(たら)」などはその例で、多くはその意味によって2字以上の漢字を合成したものである。また「麿」(麻+呂)、「杢」(木+工)のように、二つの文字をあわせて1字としたものもある。なお、本来の漢字の意味とは別に、日本で定めた意味をあて和訓としたものがある。たとえば、「萩」はもと「よもぎ」の意だが、日本では秋の草花の名とし、「沖」はもと「空しい」または「深い」の意だが、日本では海辺から遠い海上をさすなどである。さらに「鋲(びょう)」、「腺(せん)」、「粁」(キロメートル)のように、欧米の文物の輸入によって新しくつくりだした漢字がある。[築島 裕]

日本の漢字の現状と将来

大陸から漢字を受け入れてから約1500年の間、日本では漢字を文字の中心として尊重してきた。しかし、明治以後、欧米の合理主義思想によって、漢字のかわりに、表音文字である仮名またはローマ字を使用しようとする主張がおこり、太平洋戦争ののち、その方向に沿った国字政策が行われ、1946年(昭和21)に当用漢字1850字が公布されたが、やがてそれに反対する風潮が強くなり、その音訓を増加し、さらに文字を増加して、1981年に常用漢字1945字が改めて公布された。そして、その方策も、「規制」から「目安」へと軟化した。その後、2010年(平成22)に改定が行われ、常用漢字は2136字となっている。
 終戦から現在に至るまでの間に、国民一般の知的水準は向上したが、漢字についての関心は低下し、仮名、ことに片仮名による外来語が激増して、国語表記の実態は大きく変わり、漢字の減少は、単に文字だけの問題ではなく、文章の文体までも変化させるに至った。一方、初等教育においては、教育漢字(当用漢字のなかの881字で、義務教育で読み書きができるように教えるもの、のちに若干増加)、常用漢字の枠に限定されて、楷書中心に傾き、行書や草書は急激に衰えた。テレビや印刷文化の発達も大きな原因であろう。近時は、漢字の単純化・画一化の時代といってよいであろう。[築島 裕]
『林泰輔著『漢字要覧』(1908・国定教科書共同販売所) ▽岡井慎吾著『漢字の形音義』(1916・六合館) ▽山田孝雄著『国語の中に於ける漢語の研究』(1940・宝文館) ▽橋本進吉著『国語学概論』(1946・岩波書店) ▽藤堂明保著『漢字語源辞典』(1965・学燈社) ▽白川静著『白川静著作集』全12巻(1999~2000・平凡社) ▽白川静著『常用字解』(2003・平凡社) ▽B. Karlgren tudes sur la phonologie chinoise (1915~24, Uppsala)』

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精選版 日本国語大辞典

かん‐じ【漢字】
〘名〙 日本で日本語を書き表わすのに仮名とともに用いられる文字で、仮名が主として音韻上の単位にあたるのに対して、漢字は音訓すなわち語の単位に対応する。まな。まんな。おとこもじ。本字。
※古事談(1212‐15頃)六「主上召維時〈略〉被『云』可漢字之由
[語誌](1)用法は複雑で、また字数が多く、世界の文字の中で特異の性質をもつ。もともと中国で、紀元前千五百年前後に発生したものとされ、語またはその音を表わし、その字形の成立については漢代以来六書(りくしょ)という六つの形式が伝統的に説かれている。その書法として、歴史的に篆、隷、草、楷、行その他の書体が行なわれ、今日の日常では楷行草、特に印刷では楷書をもとにした明朝体等が用いられる。主として楷書について字形の構成を字体という。日本には三、四世紀ごろには伝わっていたと見られる。
(2)日本では、借用した中国語の発音(すなわち字音)で用いられ、ついで中国語に対応する日本語(すなわち字訓)があてられた。また、それらの読み方を借りた表音の用法が発展して、日本語のための特別の表音文字である平仮名、片仮名を生み出した。現在、政府は、常用漢字表を制定して、日常使用する範囲の漢字一九四五字とその音訓及び字体について標準を示している。なお、人名に用いる漢字の範囲が別に定められている。

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