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源頼信【みなもとのよりのぶ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

源頼信
みなもとのよりのぶ
[生]安和1(968)
[没]永承3(1048).4.17.
平安時代末期の武士。満仲の子。初め藤原道兼 (道長の兄) に仕え,治部権少輔,左馬権頭を歴任。正暦1 (990) 年道兼を抜いて関白となった藤原道隆を殺そうとしたが,兄頼光にいさめられた。その後藤原道長に仕え,石見守,甲斐守となった。長元1 (1028) 年6月東国で前上総介平忠常が挙兵して上総国府を占領すると,検非違使平直方追討使として派遣されたが効なく,同3年あらためて頼信が派遣されると,同4年忠常は頼信の威望に恐れて下り,乱は鎮定された。その後美濃守,河内守を歴任し河内を本拠とした。

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デジタル大辞泉

みなもと‐の‐よりのぶ【源頼信】
[968~1048]平安中期の武将満仲三男鎮守府将軍藤原道長に仕え、平忠常の乱を戦わずして鎮めて武名をあげた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

源頼信 みなもとの-よりのぶ
968-1048 平安時代中期の武人。
安和(あんな)元年生まれ。満仲の3男。兄頼光とおなじく藤原道長につかえ,甲斐(かい),美濃(みの),河内(かわち)などの国守を歴任。鎮守府将軍もつとめた。長元4年(1031)平忠常の乱をたたかわずして鎮圧,武名をあげて源氏の東国進出の基盤をつくった。河内源氏の祖。武人としての説話が「今昔物語集」にみえる。永承3年4月17日死去。81歳。

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

みなもとのよりのぶ【源頼信】
968‐1048(安和1‐永承3)
平安中期の武将。源満仲の三男。母は陸奥守藤原致忠の娘(一説に大納言藤原元方の娘)。河内源氏の祖。摂関家に仕え藤原道長の近習としてその後援を受け武官文官,諸国受領を歴任,兄頼光とともに〈謀の賢かりし〉人物といわれた。1028年(長元1)房総の地に平忠常の乱が起こり,当初検非違使(けびいし)平直方,中原成道が追討使として派遣されたが実があがらず,30年9月に召還され,代わって甲斐守頼信(62歳)と坂東諸国司が追討を命ぜられた。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

みなもとのよりのぶ【源頼信】
968~1048) 平安中期の武将。満仲の三男、頼義の父、頼光の弟。藤原道長に仕えた。1031年平忠常の乱を戦わずして平定し武名を高めた。河内源氏の祖。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

源頼信
みなもとのよりのぶ
(968―1048)
平安中期の武将。清和(せいわ)源氏で満仲(みつなか)の三男。治部権少輔(じぶごんのしょうふ)、左馬権頭(さまごんのかみ)といった京官を経験するかたわら伊勢(いせ)、陸奥(むつ)、美濃(みの)、石見(いわみ)、上野(こうずけ)、常陸(ひたち)など諸国の受領(ずりょう)を歴任し、また鎮守府将軍(ちんじゅふしょうぐん)になるなど武名をうたわれた。一方、京都では兄の頼光同様に摂関家に仕え、とくに藤原道長の覚えをよくした。1028年(長元1)上総介(かずさのすけ)平忠常(ただつね)の反乱に際しては、追討使平直方(なおかた)の功があがらないのにかわって甲斐守(かいのかみ)であった頼信を派遣したところ忠常は戦わずして降伏したという。頼信は河内(かわち)守を経験したのを契機として同国古市郡壺井(つぼい)の里(大阪府羽曳野(はびきの)市)に本拠を構え、河内源氏の祖となった。現在、通法寺(つうほうじ)跡の南東の丘陵のブドウ畑の中に頼信の墓がある。[朧谷 寿]

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精選版 日本国語大辞典

みなもと‐の‐よりのぶ【源頼信】
平安中期の武将。満仲の子。伊勢・陸奥・常陸などの国守を経て鎮守府将軍となる。藤原道長に仕え、平忠常の乱に戦わずして忠常を降伏させて武名を挙げた。河内国石川に住み、河内源氏の祖となる。安和元~永承三年(九六八‐一〇四八

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