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淀川【よどがわ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

淀川
よどがわ
大阪府北部を貫流する。全長 75km。琵琶湖南端に源を発する瀬田川が,京都府に入って宇治川となり,大阪・京都府境付近で木津川桂川を合せて川となる。大阪府に入り大阪市と摂津市との市境で神崎川を分ち,都島区毛馬で新淀川と分れる。そのあと大阪城の北で寝屋川を合せたのち中之島をはさんで堂島川と土佐堀川に分れ,さらに河口付近で安治川,尻無川,木津川の3つに分れ大阪湾に注ぐ。 1903年毛馬に閘門と洗堰が設けられ水量の調節をしている。現在の本流は,旧中津川流路を開削したほぼ直線上の放水路である新淀川である。古くから瀬戸内海水運の延長として重要な内陸水路で,伏見,淀,枚方 (ひらかた) など多くの河港が栄えたが,明治に入り水運は衰微。治水工事も古くから行われ,仁徳天皇茨田堤 (まんだのつつみ) の築造,延暦4 (785) 年の三国川 (神崎川) への疎通,宝永1 (1704) 年の大和川つけ替え工事などが知られる。現在淀川水系は農業用水,京阪神の上水道,工業用水に重要な役割を果している。流域の開発が進み,河川敷には多くの地区公園があり,淀川河川公園を形成。

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淀川
よどがわ
江戸時代前期の俳諧論書。松永貞徳著。寛永 20 (1643) 年刊新増犬筑波集』の下巻上巻は『油糟 (あぶらかす) 』。山崎宗鑑編『犬筑波集』の付合に批評加え,さらにみずから第三を付けて,その付心を解いてある。当時唯一の俳諧集である『犬筑波集』は天文年間 (1532~55) のもので,貞徳時代とは俳風を異にする。その相違を明らかにし,初心者への手引書としたもの。

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デジタル大辞泉

よど‐がわ【淀川】[地名]
琵琶湖の南端から発する瀬田川が、京都に入って宇治川とよばれ、大阪との府境で桂川木津川を合わせて、大阪湾に注ぐ川。全長75キロ。
大阪市の区名。神崎川と新淀川とに挟まれる。

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よどがわ【淀川】[書名]
江戸前期の俳諧論書「新増犬筑波集」の下巻。松永貞徳著。寛永20年(1643)刊。山崎宗鑑の「犬筑波集」の付句を評論し、自ら3句目を付けて注解したもの。→油糟(あぶらかす)

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デジタル大辞泉プラス

淀川
古典落語の演目のひとつ。「後生鰻」の上方での別題。

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世界大百科事典 第2版

よどがわ【淀川】
近畿地方の中央部を流れて大阪湾に注ぐ川。淀川水系の最大の水源は琵琶湖で,瀬田川から流出して宇治川と名を改めて京都盆地に入り,京都・大阪府界の山崎狭隘部において木津川桂川を合流して大阪平野に入る。次いで芥川,天野川などの支流を合わせて南西方向へ流れ,新淀川と神崎川,大川(旧淀川)に分かれて大阪湾に注ぐ。神崎川には支流の安威川,猪名川があり,また大川は寝屋川を合流し,大阪市西部で安治川,尻無川,木津川に分岐する。

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大辞林 第三版

よどがわ【淀川】
滋賀県の琵琶湖を水源とし、京都盆地南部を西流、盆地西端で桂川と木津川を合わせ、大阪平野を南西流して大阪湾に注ぐ川。長さ75キロメートル。上流を瀬田川・宇治川といい、狭義では桂川・木津川との合流点から下流をさす。歌枕 さみだれは近くなるらし-のあやめの草もみくさおひにけり/拾遺

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日本大百科全書(ニッポニカ)

淀川
よどがわ
琵琶湖(びわこ)の南端から流れ出し、京都盆地、大阪平野北半部を流れて大阪湾に注ぐ川。延長75キロメートル。流域面積8240平方キロメートルに及び、近畿地方の約4分の1の広さにあたる。流域には大阪市、京都市をはじめ都市も多く、近畿における社会、経済、文化の発展の基盤をなしている。上流部は瀬田川(せたがわ)といい、やがて宇治川(うじがわ)となり、京都・大阪府境の山崎(やまざき)の狭隘(きょうあい)部で木津川(きづがわ)・桂川(かつらがわ)をあわせて淀川となる。下流では、東淀川区江口(えぐち)で神崎川(かんざきがわ)を分かち、都島(みやこじま)区毛馬(けま)で新淀川と分かれて大阪市街地を貫通、中之島(なかのしま)で堂島川(どうじまがわ)と土佐堀川(とさぼりがわ)に分流、中之島西端からは安治川(あじがわ)、尻無川(しりなしがわ)、木津川の3分流となって海に流入する。河川行政上、淀川とよぶのは宇治市天ヶ瀬(あまがせ)ダム(関西電力発電所放水口)から新淀川河口までで(1965年建設省告示)、毛馬から安治川に至る流路は旧淀川として区別している。
 淀川は古来、畿内(きない)の交通動脈として政治・文化の動向に深く関係してきた。古代には河口部に難波京(なにわのみやこ)が、中流部に長岡京(ながおかきょう)、上流部に平安京が置かれた。中世には河口部の水運が神崎川に移り、江口と神崎(尼崎(あまがさき)市)が河港として栄えた。近世には伏見(ふしみ)と大坂の八軒家(はっけんや)との間に川舟が盛んに通航した。豊臣(とよとみ)秀吉は1596年(文禄5)淀川左岸に堤防(文禄堤(ぶんろくづつみ))をつくり、伏見(ふしみ)―大坂間の近道としたが、江戸時代になって堤が整備されて東海道の延長として京街道となり、伏見、淀(伏見区)、枚方(ひらかた)、守口(もりぐち)の宿駅が置かれ、河港としても栄えた。明治以降、水運は衰えたが、京阪神地方の上水源、工業用水源としてきわめて重要な役割を果たしている。一方、洪水をたびたび起こし、治水対策として南郷(なんごう)・毛馬の洗堰(あらいぜき)、淀の3川分流、新淀川の開削などの治水工事が行われ、1983年(昭和58)には毛馬に淀川大堰(おおぜき)が設けられた。[前田 昇]
『鉄川精他著『淀川――自然と歴史〈大阪文庫1〉』(1980・松籟社)』

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精選版 日本国語大辞典

よど‐がわ ‥がは【淀川】
[一] 近畿地方の中央部を流れる川。琵琶湖を水源とする瀬田川に始まる宇治川に、桂川・木津川が合流する地点から下流を呼ぶ。大阪平野を南西流し、デルタ地帯を形成して大阪湾に注ぐ。古代から水運に利用され、工業用水・上水道用水など経済的価値が高い。治水事業の歴史も古く仁徳天皇の頃から行なわれ、明治の大洪水の後、毛馬閘門(こうもん)を築造、放水路として新淀川が開削された。全長七五キロメートル。淀の川。
[二] 大阪市の行政区の一つ。市の北部にあり、昭和四九年(一九七四)東淀川区の西半部を分離して成立。東端に東海道新幹線新大阪駅があり、副都心として発展。
[三] 江戸初期の俳諧集「新増犬筑波集」の下巻の題。一冊。松永貞徳著。寛永二〇年(一六四三)刊。「犬筑波集」の付句を評論し、三句目をつけて注解したもの。天文年間(一五三二‐五五)の「犬筑波集」の作風に対して、およそ一〇〇年後の寛永の新風を示そうとした俳諧論書である。

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