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浄土教【じょうどきょう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

浄土教
じょうどきょう
阿弥陀仏の救済によって浄土に生れ,悟りを開くという大乗仏教のなかの一つの流れ。浄土の観念自体は,ベーダ文献中に起源を求めることができ,それにヒンドゥー教などの影響も加わって成立したものらしいが,インドのクシャン朝頃には,阿弥陀仏信仰は民衆の間に普及し,『無量寿経』『観無量寿経』『阿弥陀経』の「浄土三部経」が成立した。馬鳴 (めみょう) ,龍樹,世親 (天親) らによって次第に体系化され,中国に移入されて非常に普及し慧遠 (えおん) に発する念仏結社,白蓮社曇鸞道綽善導らによって盛んとなった。特に普及した原因の一つは,浄土思想が道教的観念と結合して民衆に受入れられたためと考えられる。日本でも空也源信らを経て,法然によって浄土宗が創始され,その弟子である親鸞は浄土真宗を,また一遍時宗を興し諸国を遊行して念仏を説き,その普及に努めた。

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デジタル大辞泉

じょうど‐きょう〔ジヤウドケウ〕【浄土教】
仏語。極楽浄土往生することを説く教え。阿弥陀仏の誓いを信じ、念仏して死後に極楽浄土に生まれることを願う教え。浄土宗浄土真宗時宗融通念仏宗など。浄土思想。

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世界大百科事典 第2版

じょうどきょう【浄土教 Jìng tǔ jiào】
仏典に説かれている諸仏とその建立した浄土をとく教説によって発達した教義信仰を総称していう。大乗仏教にあっては,菩薩は衆生を救済するため国土を浄める誓願をたて,無限の慈悲をそそぐ救済者たる仏になったのであって,それらの清浄な仏国土を浄土とよんだ。浄土には,兜率天(とそつてん)の弥勒浄土をはじめ,阿閦仏(あしゆくぶつ)の妙喜浄土,阿弥陀仏の極楽浄土,薬師仏の浄瑠璃浄土,さては霊山浄土や観音浄土などを数えうるが,一般に浄土教という際には,弥勒浄土と阿弥陀仏の浄土,とくに阿弥陀仏の西方極楽浄土に往生し成仏することを説く教えを指すことが多い。

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大辞林 第三版

じょうどきょう【浄土教】
衆生しゆじようを済度さいどするという阿弥陀の本願を信じ、ひたすら念仏を唱えれば、死後極楽浄土に往生できると説く教え。無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経などに基づいており、中国で発達した。日本には奈良時代に伝わり、平安時代に円仁・源信・空也などが現れ、末法思想の流行とともに広まった。法然の浄土宗、親鸞しんらんの浄土真宗、一遍の時宗などはこれに属する。浄土思想。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

浄土教
じょうどきょう
仏教でとくに清浄な仏の国に往生(おうじょう)するよう努めることを説く教え。もともと浄土とは諸仏の住むところというが、釈尊の死後、仏塔、仏影、菩提樹(ぼだいじゅ)などによって、信者たちは現在仏、釈尊への帰依(きえ)を表していた。十方(じっぽう)の世界には無量の諸仏が現存するという大乗仏教の興隆により、阿(あしゅくぶつ)の東方妙喜(みょうき)国、阿弥陀仏(あみだぶつ)の西方十万億土の極楽(ごくらく)世界に生まれて見仏聞法して悟りを得ることを求める信仰が発展した。とくに万人の願いである無量の寿、無量の光をもつ阿弥陀浄土の思想は、クシャン(貴霜)王朝下の西北インドで、紀元100年ごろに成立したといわれる。阿弥陀浄土を説いた主要経典は、『無量寿経(むりょうじゅきょう)』『阿弥陀経』、中国で撰述(せんじゅつ)されたと疑われる『観無量寿経(かんむりょうじゅきょう)』の浄土三部経であるが、『無量寿経』がその中心である。浄土往生には厳しい戒律生活や修行は要求されず、如来(にょらい)の本願を信じてただひたすら阿弥陀仏の名を唱えれば速やかに浄土に往生して不退転の位に入れるという信仰は、多くの人々の帰信するところとなった。[牧田諦亮]

中国

179年(光和2)後漢(ごかん)の霊帝の世に支婁迦讖(しるかせん)が『般舟三昧経(はんじゅざんまいきょう)』を訳したことが、中国における浄土教の初伝として知られる。のち鳩摩羅什(くまらじゅう)らによって多数の浄土教経典が漢訳されて、インドの浄土教は中国に発展の機を得た。仏教が中国に入った経路にあたるシルク・ロードの重要な遺跡には、浄土教絵画・彫刻などを示す芸術作品が多くあったことが知られる。東晋(とうしん)、廬山(ろざん)の慧遠(えおん)(334―416)は『般舟三昧経』によって十方現在仏の一としての阿弥陀仏を想念する白蓮社(びゃくれんしゃ)という念仏団体をつくり、結社念仏をたてた。それは、後の中国の称名(しょうみょう)念仏とは異なるが、浄土教の始祖とされ、日本の浄土宗でも僧侶(そうりょ)の法名に蓮社号を用いる。中国仏教でとくに強調された末法(まっぽう)思想は、現実の不安定な世相に失望し、希望を後世に託そうとする浄土教信仰の発展に大きな影響を与えた。不老長生の法を求めんとした曇鸞(どんらん)(476―542)は菩提流支(ぼだいるし)から『無量寿経』を与えられて浄土念仏の修行者となる。その著『浄土論註(ろんちゅう)』はインドの二大思想(世親(せしん)の『浄土論』と龍樹(りゅうじゅ)の『十住毘婆沙論(じゅうじゅうびばしゃろん)』)を調和融合させたもので、このなかに庶民の浄土信仰の実践としての礼拝(らいはい)・讃歎(さんだん)・作願(さがん)・観察(かんざつ)・回向(えこう)の五念門が説かれ、中国浄土教の基礎を確立した。この後、道綽(どうしゃく)(562―645)、善導(ぜんどう)(613―681)らに受け継がれて中国人に相応した仏教としての浄土教が発展した。中唐以降には五台山の法照(ほうしょう)(?―821)が「五会念仏法事讃(ごえねんぶつほうじさん)」を中心として念仏の庶民化、普及に努めた。入唐(にっとう)僧円仁(えんにん)がこの五会念仏を日本に持ち帰り、日本浄土教の発展に大きな影響を与えた。宋(そう)代を通じて蓮社念仏は浙江(せっこう)省を中心に流行し、ついに禅浄(ぜんじょう)融合の念仏が中国仏教の主流となった。[牧田諦亮]

日本

奈良時代に浄土経典が中国から将来され、その萌芽(ほうが)は智光(ちこう)、善珠(ぜんしゅ)らにもみられるが、中国の官立仏教の風を伝えた奈良時代には振るわなかった。平安時代、最澄(さいちょう)により天台宗が開創されると、比叡山(ひえいざん)常行三昧堂(じょうぎょうさんまいどう)に円仁が中国の五会念仏を将来、「不断(ふだん)念仏」として発展し、「朝題目夕念仏(あさだいもくゆうねんぶつ)」の独特の宗風がおこり、比叡山に住した源信(恵心僧都(えしんそうず))が『往生要集』を著し、浄土教発展に果たした役割はきわめて大きい。ひいては鎌倉時代に、法然(ほうねん)(源空)による浄土宗が確立し、親鸞(しんらん)によって浄土真宗が、一遍(いっぺん)(智真(ちしん))によって時宗が成立し、当時の社会不安や末法思想の流行と相まって日本浄土教の大成をみることとなる。[牧田諦亮]
『望月信亨著『浄土教の起源及発達』(1930・共立社) ▽望月信亨著『支那浄土教理史』(1942・法蔵館) ▽藤田宏達著『原始浄土思想の研究』(1970・岩波書店) ▽中村元他監修・編集『アジア仏教史 インド編 大乗仏教』(1973・佼成出版社)』

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精選版 日本国語大辞典

じょうど‐きょう ジャウドケウ【浄土教】
〘名〙 浄土の往生を説く教え。また、その教典。念仏によって、死後、浄土に往生し、仏果が得られると説く教え。日本では円仁・空也・源信などをへて成立した。良忍の融通念仏宗、法然の浄土宗、親鸞の浄土真宗、一遍の時宗などがこれに属する。
※選択本願念仏集(1198頃)「謂宣浄土教者若千由旬十由旬已来竝須敬重親近供養

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