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流行歌【りゅうこうか】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

流行歌
りゅうこうか
ある時期に広く民衆に愛唱される大衆的な歌を総称していう。江戸時代には「はやり歌」といった。流行歌は本来比較的短期間流行し,まもなくすたれるのが普通であるが,長い期間歌い続けられる場合もある。近世都々逸のように本来流行歌であったものが,長く愛唱されて俗曲として伝承歌曲化・民謡化した例も少くない。明治時代以後は,それらの俗謡の流れをくみながらも西洋音楽の影響を受け,またレコード,ラジオ,テレビの発達によって商品化が進み,大規模に普及するようになった。今日では歌謡曲のほかフォーク・ソング,和製ポップス,映画やテレビ・ラジオの主題歌なども含まれるが,一般に歌謡曲の同義語として用いられることが多い。

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デジタル大辞泉

りゅうこう‐か〔リウカウ‐〕【流行歌】
ある一時期広く世間に流布し、多くの人に好まれ歌われる歌。特に昭和以降、歌謡曲をさしていう。はやりうた。

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世界大百科事典 第2版

はやりうた【流行歌】
日本の歌謡,歌曲の種目名。流行唄,時花歌などとも表記する。童謡(わざうた),時人の歌,巷謡などといわれるものが同義のこともある。一時期,広い地域に流行・伝播(でんぱ)する歌謡,歌曲のことをいい,原則として,成立の事情のいかんにかかわらず,その創作者はほとんど問題とされない。その伝承が組織的に体系化されるにいたったものは,不易性をもつ芸術的種目として除外される。古代の風俗(ふぞく)歌,童謡などや,中世以降の小歌から,現代の同様な性格のものまで含まれるが,この言葉の語感からすれば,主として江戸時代の大衆流行歌謡をいい,現代において洋楽の影響下に成立した流行歌曲は,流行歌(りゆうこうか),歌謡曲などと称して除外される。

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りゅうこうか【流行歌】
ある時期に,ある地域(通例は一つの国家)で,一般の民衆が集会の席や路上などでかってに歌う平易な歌謡。江戸時代には〈はやり歌〉といった。歌詞の内容は,時事の記録および批判,時代思潮流行語を盛りこんだ情歌など。節(ふし)は,その時期,その地域の民衆に最も受け入れやすく覚えやすいもの。直接的魅力をもつため速く普及するが,歌詞は時の流れとともに古びていき,節は芸術的価値に乏しいため長く人心をつなぎ止める力がないので,永続性はもたない。

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大辞林 第三版

りゅうこうか【流行歌】
ある時代に、多くの人々に好まれよく歌われる歌。はやりうた。特に歌謡曲をさすことが多い。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

流行歌
りゅうこうか
ある時期に庶民が愛好した歌曲。流行した時代や地域は、商品の流通機構、交通網の発達、映画、レコード、ラジオ、テレビジョンなどマスメディアの浸透状況によって異なる。なお、1910年代(大正中期)までは「流行唄」と表記されることが多く、「はやりうた」と読まれていた。「流行歌」の文字がレコードのレーベルに現れるのは1923年(大正12)、そして1930年代(昭和初期)には「りゅうこうか」という呼称が定着するが、1933年(昭和8)から「歌謡曲」ともいわれた。
 奈良時代の童謡(わざうた)をはじめ、古代や中世の流行唄(はやりうた)は数多く残っているが、色里町中(いろざとまちじゅう)はやり歌として著名なものは、1650年代(明暦・万治)から流行した京都・島原の「投(なげ)ぶし」、大坂・新町の「籬(まがき)ぶし」、江戸・吉原の「つぎぶし」である。しかし広範囲に及ぶのは、1770年代(明和)の「おかげまいりの歌」や「潮来(いたこ)節」からであろう。1840年代(弘化・嘉永)の「伊予(いよ)節」「よしこの」「大津絵節」、1850年代(安政)以降の端唄(はうた)などがこれに続くが、同時期から流行し始めた「都々逸」(どどいつ)は、昭和初期まで長い生命を保った。
 明治における最初の大流行歌は、『オッペケペー』である。1889年(明治22)川上音二郎が京都・新京極の高座で歌いだし、数年を経ずして全国に広まった。この曲に刺激されて生まれたのが『ヤッツケロ節』や『欽慕(きんぼ)節』で、とりわけ日清(にっしん)戦争の最中には「日清談判破裂して」がもてはやされた。こうした歌を街頭で歌ったのが壮士や書生であったから、「壮士歌」とか「書生節」とよばれたが、やがて月琴(げっきん)を用いた『法界節』や、花柳界からおこった『さのさ』『東雲(しののめ)節』が全国で愛唱される。『鉄道唱歌』『戦友』『ラッパ節』も大流行。1910年代(大正)になると、浪花節(なにわぶし)の影響を受けた『奈良丸(ならまる)くずし』『どんどん節』が、そして1914年(大正3)から『カチューシャの唄』が日本列島を風靡(ふうび)する。この歌によって、松井須磨子(まついすまこ)の人気は急上昇した。『鴨緑江(おうりょくこう)節』や『磯(いそ)節』のあと、1922年の『枯れすすき』と1924年の『籠(かご)の鳥』によって、映画が流行歌の強力な媒体となることが証明された。
 映画主題歌は昭和になるとともにいっそう多く製作され、『東京行進曲』や『女給の唄』が大きな話題となる。しかもこれらの歌は、電気吹き込みで音色が一段と改良されたレコードにより、家庭内に浸透した。その結果、三つの問題が派生してくる。第一は教育問題である。幼い子供たちが無意識に口ずさむため、人間形成に悪影響を与えるときめつけられ、その防止策が真剣に検討された。次に、1930年(昭和5)を境としてレコードの売上げは飛躍的に伸びだしたので、レコード・メーカーは流行歌の製作に重点を置き、音楽産業への傾斜を深めていく。そして、流行を予測し、最初から「流行歌」と銘打った曲が発売される。従来は庶民が愛好したので「流行歌」となったが、その性格は一変し、映画産業とレコード企業が庶民の嗜好(しこう)を左右する原動力となる。その次は、著作権意識の高揚とも絡むが、作詞や作曲の専業者が現れ、歌手がスターの座につくようになり、従来にない新しい職業が誕生したことである。さま変わりした流行歌の宣伝媒体として、ラジオや新聞、雑誌も参加してくる。『島の娘』や『東京音頭(おんど)』などの芸者唄にあこがれる者が現れる反面、それを拒否する声も大きくなった。その矢先に、『忘れちゃいやヨ』が大ヒットした。軍歌やラジオ歌謡からも流行曲が現れてくる。また映画は、『愛染かつら』や『誰(たれ)か故郷を想(おも)はざる』によって、主題歌の強さを誇示した。1930年代は、日本調が一つの頂点に達したときである。
 このころから外国楽曲の愛好者が増え、『ダイナ』や『雨のブルース』が歌われる。この流れは第二次世界大戦後になってますます顕著となり、ブギ、マンボ、サンバなど、さまざまなリズムの曲が生まれてくる。メロディーに終始していた日本人が、豊かな音楽性を身につけ始めた。美空ひばりから山口百恵(やまぐちももえ)や松田聖子(まつだせいこ)に至る十代歌手の出現は、その実証となろう。さらに1951年(昭和26)から始まった民間放送や、1953年に放送が開始されたテレビジョンは、流行歌の普及に拍車をかけた。1965年のグループ・サウンズの登場、1966年のフォーク・ブームなども幸いし、テープ・レコーダーの需要はうなぎ上りとなり、弱電産業は好業績を続ける。が、1973年の石油ショック以後にニューミュージックが台頭してからというもの、それまで「歌謡曲」とよばれていた流行歌に、「演歌」という名称が与えられるようになった。しかしニューミュージックも10年とは続かなかった。ピンク・レディーの驚異的な流行を最後に、日本の流行歌は1980年代には曲がり角にさしかかった。カラオケ・ブームとも相まって、レコードの生産枚数や放送の視聴率は頭打ちとなった。とくに演歌は不振で、当時のレコード売上げで100万枚を超えたのは『矢切の渡し』と『命くれない』のわずか2曲にすぎなかった。また、年末恒例のNHK「紅白歌合戦」では、1960~1970年代に80%を上回る視聴率を確保していたものが、1986年以降は50%前後と低迷している。
 かつて流行歌は庶民の生活を反映し、「涙」とか「悲しい」という歌詞を多用してきたが、高度成長のころからテーマは「愛」や「恋」に変わった。そして大量生産、大量消費を繰り返しているうちに、1990年代を迎え、様相は一変する。CD(コンパクトディスク)ではミリオンセラーが続出しはじめ、流行歌は若い世代の生を謳歌(おうか)する力強い歌声になった。ニューミュージックはロックやジャズをも取り込む。若者の生活と強く結び付き、「音楽人間」とささやかれるほどである。もっとも、嗜好の多様化や、イヤホンの普及によって流行の実態は把握しにくいが、カラオケの凋落(ちょうらく)と反比例するかのように、変質した流行歌は若い世代の支持を得ていくであろう。[倉田喜弘]
『園部三郎・矢沢保他著『日本の流行歌――その魅力と流行のしくみ』(1980・大月書店) ▽新藤謙著『日本の流行歌手――東海林太郎からピンクレディまで』(1979・三一書房) ▽添田知道著『流行歌明治大正史』(1982・刀水書房) ▽『高橋一著作集10 流行歌でつづる日本現代史』(1985・あゆみ出版) ▽古茂田信男他編『新版 日本流行歌史』上中下(1994~95・社会思想社)』

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精選版 日本国語大辞典

りゅうこう‐か リウカウ‥【流行歌】
〘名〙 ある一時期世間に流布し、その時その時の社会の雰囲気などを反映させて、多くの人に好まれ歌われる歌謡。流行歌謡。はやりうた。りゅうこううた。
※風俗画報‐二〇二号(1900)歌謡門「時時卑猥なる流行歌の他地方より侵入するは」

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