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永観【ようかん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

永観
ようかん
[生]長元5(1032)? 京都
[没]天永2(1111).11.2. 京都
平安時代の三論宗僧。幼くして出家し,三論,法相華厳の学を修めた。 30歳で奈良の光明山にこもって修行すること 10年,要請されて京都禅林寺 (永観堂) に住し,三論,浄土教宣布に努めた。康和2 (1100) 年東大寺別当職に就任したが,2年で禅林寺に戻り,同寺に没。主著『往生十因』『弥陀要記』『往生講式』。

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デジタル大辞泉

えいかん【永観】[人名]

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
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えいかん【永観】[年号]
平安中期、円融天皇花山天皇の時の年号。983年4月15日~985年4月27日。

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ようかん〔ヤウクワン〕【永観】
[1032~1111]平安中期の僧。浄土教先駆者法相(ほっそう)華厳三論を学んだが、念仏三昧(ざんまい)に転じた。東大寺別当を務めたのち禅林寺に住し、念仏を布教。著「往生拾因」「往生講式」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

永観 ようかん
1033-1111 平安時代中期-後期の僧。
長元6年生まれ。京都禅林寺(永観堂)の深観(じんかん)について出家。東大寺で受戒し,有慶らに三論,法相(ほっそう),華厳(けごん)などをまなぶ。山城(京都府)光明山寺にこもったのち禅林寺にもどり,念仏にはげみ,浄土教の布教につくした。康和2年東大寺別当。天永2年11月2日死去。79歳。京都出身。俗姓は源(みなもと)。「えいかん」ともよむ。著作に「往生講式」「往生拾因」など。
【格言など】みな人を渡さむと思ふ心こそ極楽にゆくしるべなりけれ(「千載和歌集」)

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

永観 えいかん

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世界大百科事典 第2版

えいかん【永観】

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

ようかん【永観】

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大辞林 第三版

えいかん【永観】

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

えいかん【永観】
年号(983.4.15~985.4.27)。天元の後、寛和の前。円融・花山かざん天皇の代。

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ようかん【永観】
1033~1111) 平安後期の僧。浄土教興隆の先駆者。南都で三論などを学び、三〇歳のとき浄土信仰に入った。のち京都の禅林寺に住し、三論および浄土教を説き念仏を広めた。著「往生拾因」「往生講式」など。えいかん。

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日本の元号がわかる事典

えいかん【永観】
日本の元号(年号)。平安時代の983年から985年まで、円融(えんゆう)天皇、花山(かざん)天皇の代の元号。前元号は天元(てんげん)。次元号は寛和(かんな)。983年(天元6年)4月15日改元。旱魃(かんばつ)や御所の火災などの凶事を振り払うために行われた。984年(永観2)、円融天皇が退位し花山天皇が皇位を継承した。◇「えいがん」とも読む。

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(C)Kodansha.
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精選版 日本国語大辞典

えいかん エイクヮン【永観】
[一] 平安時代、円融、花山両天皇の代の年号。旱魃(かんばつ)や皇居炎上など災害が起こったため天元六年(九八三)四月一五日改元。永観三年(九八五)四月二七日に至り次の寛和(かんな)に代わる。出典は「書経‐洛語」の「王殷乃承叙万年、其永観朕子、懐上レ徳」

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ようかん ヤウクヮン【永観】
平安中期の三論宗の僧。浄土教興隆の先駆者。文章博士源国経の子。禅林寺の深観に密教を学び、東大寺の有慶に三論を受け、法相・華厳にも通じたが、のち浄土信仰に入り、光明山に隠棲した。のち強く請われて禅林寺に住し、三論および浄土の教えを広め、康和二年(一一〇〇)には東大寺別当となった。著書に「往生拾因」一巻、「往生講式」一巻がある。長元六~天永二年(一〇三三‐一一一一

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