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歌川豊広【うたがわ とよひろ】

美術人名辞典

歌川豊広
江戸後期の浮世絵師江戸生。岡島、名は藤次郎、号を一柳斎・一龍斎。歌川豊春高弟で、歌川豊国と共に双壁とうたわれる。安藤広重はその門下。文政11年(1828)歿、56才。

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デジタル大辞泉

うたがわ‐とよひろ〔うたがは‐〕【歌川豊広】
[1773~1830]江戸後期の浮世絵師。江戸の人。通称、岡島藤次郎。号、一柳斎。豊春弟子。美人画、草双紙仇討(あだう)ち物の挿絵を得意とし、肉筆画にもすぐれ、同門の初世豊国とともに歌川派の基礎を固めた。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

歌川豊広 うたがわ-とよひろ
?-1830* 江戸時代後期の浮世絵師。
歌川豊春の門下で,初代歌川豊国とならび称された。美人画を得意とし,合巻や読み本などの挿絵もおおくかいた。弟子に初代歌川広重がいる。文政12年12月21日死去。江戸出身。姓は岡島。通称は藤次郎。別号に一柳斎。

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大辞林 第三版

うたがわとよひろ【歌川豊広】
?~1829 江戸後期の浮世絵師。江戸の人。号は一柳斎。豊春の門人。歌川広重の師。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

歌川豊広
うたがわとよひろ
[生]安永2(1773).江戸
[没]文政12(1829).12.21. 江戸
江戸時代後期の浮世絵師。俗称岡島藤次郎。号は一柳斎。歌川豊春の門人。地味で理知的な美人画を描き,肉筆画を得意とした。合巻,読本の挿絵も多い。門人に歌川広重がいる。主要作品『 (けん) 』『江戸八景』。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

歌川豊広
うたがわとよひろ
(?―1829)
江戸後期の浮世絵師。歌川豊春の門人で、俗称を岡島藤次郎といい、一柳斎(いちりゅうさい)の別号がある。豊春門下では歌川豊国とともに双璧(そうへき)とされるものの、作画活動はきわめてじみなものであった。作品は、錦絵(にしきえ)では若干の風景画と美人画が知られる程度の寡作であったが、肉筆画には優品とされるものが少なくない。錦絵では三枚続の『豊国豊広両画十二候』や『南楼名妓(なんろうめいぎ)』、掛物絵の『屋根舟』などが代表作とされている。没年については諸説があったが、文政(ぶんせい)12年12月21日であることが近年明らかとなっている。なお豊広の門からは、風景画の名手、歌川広重が出ている。[永田生慈]

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精選版 日本国語大辞典

うたがわ‐とよひろ【歌川豊広】
江戸後期の浮世絵師。江戸の人。通称岡島藤次郎。号は一柳斎。歌川豊春を師とし、終生俳優を描かず、もっぱら仇討物を主として草双紙のさし絵を描いた。文政一二年(一八二九)没。

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