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歌川豊国【ウタガワトヨクニ】

デジタル大辞泉

うたがわ‐とよくに〔うたがは‐〕【歌川豊国】
浮世絵師。
(初世)[1769~1825]江戸の人。本姓、倉橋。通称、熊吉。号、一陽斎。歌川豊春の門下で、美人画や役者の似顔絵で人気を博したほか、挿絵など広い分野で手腕を発揮。また優秀な門下生を育成した。
(2世)[1802~1835]初世の養子。通称、源蔵。号、一竜斎豊重。役者絵・美人画、草双紙の挿絵を得意とした。
(3世)⇒歌川国貞(うたがわくにさだ)
(4世)[1823~1880]3世の弟子。初名、国政。

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世界大百科事典 第2版

うたがわとよくに【歌川豊国】
浮世絵師。(1)初世(1769‐1825∥明和6‐文政8) 江戸の生れ。倉橋氏。通称熊吉のち熊右衛門。号は一陽斎。歌川派の創始者歌川豊春の門人で,歌川派隆盛の端緒を開き,門下から優秀な画家を輩出させた。処女作は天明6年(1786)版の黄表紙挿絵《無束話親玉(つがもないはなしのおやだま)》。美人画では初め師風にならったが,のちに鳥居清長喜多川歌麿の影響を受け,また役者絵では勝川春英の作風を採り入れた画風を展開。

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大辞林 第三版

うたがわとよくに【歌川豊国】
(初代)(1769~1825) 江戸後期の浮世絵師。江戸の人。号、一陽斎。歌川派の祖歌川豊春(1735~1814)に師事。美人画から役者絵に転じて歌川派独特の似顔絵を開拓し一世を風靡ふうび
(二代)(1777~1835) 初代豊国の門人。初名、豊重。号、一竜斎。初代の養子となり、師の没後二代目となった。
(三代) ⇒ 歌川国貞くにさだ

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日本大百科全書(ニッポニカ)

歌川豊国
うたがわとよくに
(1769―1825)
江戸後期の浮世絵師。歌川豊春の高弟。芝神明前の人形師、倉橋五郎兵衛の子として生まれ、幼名を熊吉(くまきち)、のち熊右衛門(くまえもん)といった。幼時から絵を好み豊春に入門したが、その時期についてはつまびらかではない。初作とされるのは1786年(天明6)に刊行された万象亭(まんぞうてい)作の黄表紙『無束話親玉(つがもないはなしのおやだま)』の挿絵といわれているが、刊行年に問題があり、翌々年刊行の『苦者楽元〆(くはらくのもとじめ)』が確認できるもっとも古い作品とされる。このように画壇へのデビューを1787、1788年ごろとみるのが最近での一致した見解である。デビュー後、何年かは画名のあがらない時期があり、黄表紙などの挿絵を描いていたが、20代なかばごろより神田明神前の大店、和泉屋(いずみや)市兵衛から作品を発表するようになって、しだいに知られるようになった。とくに、1794年(寛政6)から発表し始めた役者絵のシリーズ『役者舞台之姿絵(やくしゃぶたいのすがたえ)』により一躍人気絵師として認められるようになる。その画風は勝川春好(しゅんこう)や春英(しゅんえい)などに影響されながらも、26歳という若さからか独特な新鮮さをもっており、豊国画の確立をみせている点からも記念すべき作といえる。その後、享和(きょうわ)年間(1801~1804)ごろまでは芸術的絶頂期とみられ、役者絵はもとより、美人画にも多くの優品をみいだすことができる。文化(ぶんか)年間(1804~1818)以降は、殺到する注文に応じ、乱作に陥ったが、人気は依然衰えず、門人の数も40名以上を数え、歌川派中最大の勢力を形成した。多くの門人のなかからは国芳(くによし)、豊重(とよしげ)(2世豊国)、国貞(くにさだ)(3世)、国政(くにまさ)(4世)などの著名絵師が輩出して、豊国一門は幕末の浮世絵界に指導的な役割を果たした。文政(ぶんせい)8年1月7日没。
 代表作とされるものには、版本では1799年刊行の『俳優楽室通(やくしゃがくやつう)』、1804年(享和4)刊行の『役者相貌鏡(あわせかがみ)』などがあり、錦絵(にしきえ)では美人画に『風流七小町略姿絵(ふうりゅうななこまちやつしすがたえ)』『風流三幅対』『今様美人合』などのシリーズが知られ、役者絵は『役者舞台之姿絵』のほか大首絵(おおくびえ)に優品が多い。[永田生慈]
『鈴木重三編『浮世絵大系9 豊国』(1976・集英社)』

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精選版 日本国語大辞典

うたがわ‐とよくに【歌川豊国】
江戸後期の浮世絵師。
[一] 初世。江戸の人。本姓倉橋。通称熊吉。号は一陽斎。歌川豊春に学び、師風のほか一蝶、玉山、春英の画風を折衷し、独自の作風を成した。男女の風俗画や、俳優の似顔絵に長じた。明和六~文政八年(一七六九‐一八二五
[二] 二世。初世豊国の養子。初名豊重、のち豊国。通称源蔵。号は一龍斎。俳優、美人などの錦絵、草双紙のさし絵を描く。本郷豊国。源蔵豊国。天保六年(一八三五)没。
[三] 三世。初世歌川国貞。
[四] 四世。二世歌川国貞。

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