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楽府【がふ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

楽府
がふ
Yue-fu
中国,韻文のジャンルの一つ。もともとは,前武帝のとき設けられた,各地の民謡を集めて記録する役所の名であったが,のちにその記録された楽曲や歌謡を楽府の名で呼ぶようになったもの。本来は作者不明の民謡が多かったが,やがてその旋律に合せた歌詞を替えとして創作するようになり,さらにその旋律がわからなくなって歌詞だけがつくられたが,それらもすべてもとの旋律の題名で呼ばれた。その名を楽府題という。したがって同じ楽府題で多くの作品がある。唐代に入ると新しい題で楽府風の歌謡をつくることが盛んに行われ,それを六朝以前からある楽府に対して「新楽府」と呼ぶ。

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デジタル大辞泉

が‐ふ【楽府】
中国前漢武帝の創設した、音楽をつかさどる役所。
漢代に1が巷間から採集し、保存した歌謡、およびそれを模して作られた詩の一体。長句・短句の交錯する自由な詩形により、祭儀から日常生活に至る広範囲な題材を扱い、多くは楽器に合わせて歌った。
漢詩の古体の一。漢代以降の2の題目・形式をまねて作った、伴奏を伴わない詩。代に流行新楽府(しんがふ)といわれ、「白氏文集(はくしもんじゅう)」にも収められる白居易のものが有名。

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世界大百科事典 第2版

がふ【楽府 Yuè fǔ】
〈がくふ〉とも呼ばれる。そもそも〈がくふ〉とは,中国前漢時代,宮中の御歌所を指す名称である。やがて長い年月を経て,派生的にある種の楽章・歌詞を〈がふ〉と呼ぶようになった。 〈がくふ〉の名の起りは,前漢の武帝の元狩年間(前122‐前117),郊祀(天地を祭る)用の歌を制作するために,長安城内の上林苑に創設された上林〈楽府〉である。その楽府には,郊廟歌(とは王家のたまや)・鼓吹曲・俗楽(各地の民歌・胡歌・宮廷人の作歌)の楽章・歌詞があった。

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がくふ【楽府】

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大辞林 第三版

がふ【楽府】
中国漢代、武帝の時に設置された音楽をつかさどる役所。
漢詩の一体。で採集・制作された民謡・歌曲(古楽府)、およびそれにならって作られた古体詩の一体。定型をもつ詩と異なり、長短の句を交えてつらね、抑揚・変化など声調を重んじる。題を古楽府に求めた擬古楽府と、新題による新楽府があり、新楽府は白楽天の作がよく知られている。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

楽府
がふ
中国古典詩の詩体名。もとは楽曲にあわせて歌われた歌詞で、楽曲により多様な形式があり、一の字数、一首の句数は一定しない。漢の武帝がつくった宮中の音楽署楽府(がくふ)で盛んに演奏され、制作された歌の意味で、楽府(がふ)の名が生まれた。楽府(がくふ)では各地の民謡を集めると同時に、文人による創作も行われ、宮廷の祭礼・宴会等に演奏した。のちにそれぞれの楽曲を楽府題(がふだい)といい、それに付された歌詞を楽府(がふ)とよぶようになった。
 古代の詩歌はほぼみな歌われていたと思われるので、楽府の歴史は遠く漢以前にさかのぼる。とくに宮廷・貴族の祭礼や宴会には楽章を歌い、戦争には軍歌を歌い、民間には日々の喜怒哀楽を歌う数多くの民謡があった。古くは、民情を探るために民謡を集める采(採)詩(さいし)官が置かれたとも伝えられている。つまり、楽府には儀礼歌、軍歌、民謡などがあったのである。漢代に楽府から定型詩の五言詩(ごごんし)が生まれ、音楽から離れた読むための詩が定着すると、楽府と狭義の詩との区別が生じたが、漢・魏(ぎ)以降、文人たちが楽府に興味を示し、魏晋(ぎしん)南北朝期を通じて大量の作品がつくられ、民間でも新しい歌曲が次々に生まれて盛んに流行した。それらの民歌の生気と新鮮な表現は文人たちに大きな影響を与えた。七言定型詩も南北朝期の楽府の盛行のなかから生まれ、定着したのである。
 しかし唐代に入ると、それまでの伝統的な音楽が失われ、楽府は単に詩題として楽府題を借り、そのスタイルを模倣するだけの古体詩に変容した。しかし一方では、西域から入った新しい楽曲、あるいは新たに発掘された民歌などによる新しい楽府が流行し、さらには民間的色彩と発想を取り入れた新題の楽府体の詩、いわゆる新楽府がつくられるなど、楽府は多様となった。唐人はすこぶる楽府を好み、七言絶句など近体詩の楽府作品も少なくない。注目すべきは、民情を訴え社会批判を行うために楽府体の詩がつくられたことで、杜甫(とほ)や白居易(はくきょい)に優れた作品がある。先秦(せんしん)・漢から唐・五代までの楽府は、北宋(ほくそう)の郭茂倩(かくもせん)の『楽府詩集』100巻に網羅的に集められている。宋以降の人々は伝統的な楽府にはあまり関心を示さない。楽府の制作は清(しん)末に至るまでけっしてとだえはしなかったが、歌謡としては、宋代に流行した「詞(し)」、元代の「小令(しょうれい)」、明(みん)代の「散曲(さんきょく)」など、新しい歌の制作に力を注いだ。それらも、もとはすべて民間的な歌謡であって、それぞれ楽府の名でよばれることがある。[佐藤 保]
『増田清秀著『楽府の歴史的研究』(1975・創文社) ▽小尾郊一・岡村貞雄著『古楽府』(1980・東海大学出版会)』

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精選版 日本国語大辞典

が‐ふ【楽府】
〘名〙 (「がくふ」の変化した語)
① 中国、前漢の武帝が設置した民間歌謡を採集する役所の名称。転じて、日本の雅楽寮。
※太平記(14C後)一「都(すべ)て三夫人・九嬪・二十七世婦・八十一女御・曁(およ)び後宮の美人・楽府(ガフ)の妓女と云へども、天子顧眄の御心を付けられず」 〔史記‐楽書〕
② (漢①で民謡を集めたところから) 主として民間で歌われた歌謡をさし、詩と区別した名称。唐以後、旋律は忘れられ歌詞だけ残り、それに倣って新しく作詞され、古詩の一体となった。抑揚、変化に富み、民謡的色彩が濃い。
※文華秀麗集(818)中「楽府 王昭君。一首。御製」 〔白居易‐新楽府・采詩官〕
③ (「白氏文集」によって日本で大いに読まれたところから) 特に唐の白居易が新しい題でつくった「新楽府」をさす。
※紫式部日記(1010頃か)消息文「をととしの夏ごろより、楽府といふ書(ふみ)二巻をぞ、しどけなくかう教へたてきこえさせて侍る、隠し侍り」

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