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柳生宗厳【やぎゅうむねよし】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

柳生宗厳
やぎゅうむねよし
[生]大永7(1527).大和柳生
[没]慶長11(1606).4.19.
戦国時代末期から江戸時代初期にかけての剣客。宗矩の父,柳生新陰流の開祖。初名新介のちに新左衛門と改め,石舟斎と号し,隠居後は但馬守と称した。幼少から剣術にすぐれ,諸流を学んだが,諸国修業中の上泉秀綱 (→上泉伊勢守 ) に教えを受け,新陰流極意を授けられ,柳生新陰流を開いた。文禄3 (1594) 年徳川家康に謁見し,兵法師範として仕えるよう請われたが辞し,宗矩を推挙した。

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デジタル大辞泉

やぎゅう‐むねよし〔やぎふ‐〕【柳生宗厳】
[1527~1606]安土桃山時代剣術家。大和の人。石舟斎上泉秀綱新陰流を学んで大成し、柳生新陰流創始徳川家康に兵法を伝授した。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

柳生宗厳 やぎゅう-むねよし
1529-1606 戦国-織豊時代の剣術家。
享禄(きょうろく)2年生まれ。大和(奈良県)添上郡(そうのかみぐん)小柳生郷の土豪。上(こういずみ)伊勢守から新陰流の兵法をまなび,一国一人(いっこくいちにん)の印可を伝授され,柳生新陰流を創始。文禄(ぶんろく)3年徳川家康の招きで,5男宗矩(むねのり)とともに無刀取りの妙技を披露した。慶長11年4月19日死去。78歳。通称は新左衛門,但馬入道。号は石舟斎。名は「むねとし」ともよむ。

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

やぎゅうむねよし【柳生宗厳】

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大辞林 第三版

やぎゅうむねよし【柳生宗厳】
1527~1606 戦国・安土桃山時代の剣客。柳生新陰流の祖。大和柳生の人。号は石舟斎。上泉かみいずみ秀綱に新陰流を学んで奥義を究め、柳生新陰流を創始。筒井順慶・三好長慶・織田信長らに仕えた。1594年徳川家康に見出だされて以来、徳川に仕えた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

柳生宗厳
やぎゅうむねよし
(1529―1606)
名は「むねとし」とも読む。戦国末期の兵法家、新陰(しんかげ)柳生流の祖。大和(やまと)国添上(そうのかみ)郡(奈良県)小柳生郷(こやぎゅうごう)の土豪、柳生美作守(みまさかのかみ)家巌の子。初め新介、新次郎、のち新左衛門(しんざえもん)。晩年は但馬入道(たじまにゅうどう)と称し、石舟斎宗巌(せきしゅうさいそうごん)と号した。幼少より武技に優れ、はじめ神道(しんとう)流を修めたが、1563年(永禄6)の秋、関東一の兵法者で新陰流をひっさげて西上した上泉伊勢守秀綱(かみいずみいせのかみひでつな)と奈良宝蔵院で面会し、たちまちこれに傾倒して、2年後には一国一人(いっこくいちにん)の印可と、新陰流絵目録4巻などを伝授された。しかしこの年、松永久秀(ひさひで)の軍に参加した宗巌は多武峯(とうのみね)の戦いで拳(こぶし)を射られて負傷し、さらに70年(元亀1)辰市(たついち)の戦いで長男の巌勝(としかつ)が再起不能の重傷を負い、77年(天正5)には久秀が信長に攻められ、信貴山(しぎさん)城で自刃して果てた。ここでひたすら兵法者への道を歩むことを決意し、柳生谷に隠退して新陰流の研究に精進し、無刀(むとう)の工夫(くふう)(技法)とそれに至る「心の道(みち)の付事(つけごと)」(心法)の確立を生涯の目標に掲げた。94年(文録3)徳川家康の招きにより、洛西(らくせい)鷹峯(たかがみね)の陣屋において五男宗矩(むねのり)とともにその妙技を披露し、家康の賞詞とともに入門の誓紙を受けた。晩年は行往座臥(ざが)すべて兵法三昧(ざんまい)の日々を送り、末期(まつご)に至るまでその完成に精進した。[渡邉一郎]

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精選版 日本国語大辞典

やぎゅう‐むねよし【柳生宗厳】
安土桃山時代から江戸初期の剣術家。大和国(奈良県)の人。号は石舟斎。父とともに初め三好長慶・松永久秀に属し、しばしば戦功を立てたが、のち一時織田信長に仕えた。剣術は初め神取新十郎に新当流を学んだとも、戸田一刀斎についてその奥義を究めたともいうが、のち上泉伊勢守に入門して、新陰流を学び、柳生新陰流を創始した。享祿二~慶長一一年(一五二九‐一六〇六

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