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東ローマ帝国【ひがしローマていこく】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

東ローマ帝国
ひがしローマていこく
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デジタル大辞泉

ひがしローマ‐ていこく【東ローマ帝国】
395年、東西に分裂したローマ帝国の東半部、すなわちギリシャ小アジアシリアエジプトを支配した帝国。都はコンスタンチノープルヘレニズム文化、キリスト教の融合した独特のビザンチン文化を生み出した。1453年、オスマン帝国に滅ぼされた。ビザンチン帝国ビザンツ帝国。ギリシャ帝国。→西ローマ帝国

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世界大百科事典 第2版

ひがしろーまていこく【東ローマ帝国】

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大辞林 第三版

ひがしローマていこく【東ローマ帝国】

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日本大百科全書(ニッポニカ)

東ローマ帝国
ひがしろーまていこく

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精選版 日本国語大辞典

ひがしローマ‐ていこく【東ローマ帝国】
(ローマはRoma) コンスタンティノポリスを首都とする中世ローマ帝国。ビザンチン帝国、ビザンツ帝国ともいうが、正式の国名はローマ帝国。三三〇年のコンスタンティヌス一世のコンスタンティノポリス遷都、または三九五年のローマ帝国の東西分治をもって国家の始まりとみる。ローマの政治制度、ヘレニズム文化、キリスト教の融合した世界を現出
(1)初期(四~六世紀)。皇帝専制政治と官僚組織を整え、民族移動、ササン朝ペルシア外圧を受けたのちユスティニアヌス一世の盛期を生んだ。
(2)中期(七~一〇世紀)。イスラム教徒、スラブ人の圧迫に対して軍管区制が進み、聖像崇拝論争を経てギリシア正教会が完成する。
(3)後期(一一世紀以降)。封建化が進み、十字軍、トルコ人の侵入を受け、一時第四回十字軍に支配されラテン帝国の出現を許したが回復。一四五三年オスマン‐トルコに滅ぼされた。

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