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朔旦冬至【さくたんとうじ】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

朔旦冬至
さくたんとうじ
陰暦 11月朔日 (1日) が冬至にあたること。この日は,非常にめでたいとされ,朝廷では,を催し,公卿たちから賀表が奉られた。また恩赦を行い,田租を免じ,あるいは叙位を行うこともあった。日本で朔旦冬至の祝いの初見は神亀2 (725) 年で,官人に賜禄をしている。暦法上,20年に1回まわってくる。朔旦冬至の年から次の朔旦冬至の前年までの 19年を1章という。貞観3 (861) 年採用され貞享2 (1685) 年に廃された宣明暦 (せんみょうれき) では,わずかのずれが積って,必ずしも1章の初めの年に朔旦冬至が起らず,この場合,暦日を変えて調節した。これを「改暦」という。朔旦冬至の儀式は,朝廷の勢力の衰微とともに衰え,江戸時代,天明6 (1786) 年,光格天皇が再興したという。

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デジタル大辞泉

さくたん‐とうじ【×朔旦冬至】
陰暦11月1日が冬至にあたること。19年ごとに1回めぐってくることから、瑞祥(ずいしょう)吉日として、宮中祝宴が行われた。

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世界大百科事典 第2版

さくたんとうじ【朔旦冬至】

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大辞林 第三版

さくたんとうじ【朔旦冬至】
陰暦11月1日が冬至にあたる日。19年に一度ある。吉日として宮中で祝宴(朔旦の旬しゆん)が行われた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

朔旦冬至
さくたんとうじ
陰暦11月1日が冬至にあたること、またその日。古代中国では、11月の月初めと冬至とをそれぞれ年始とする考え方があり、両者が重なったときを吉日とした。日本では聖武(しょうむ)天皇の726年(神亀3)から朝廷の祝日として祝われ、「朔旦の旬」とよばれる宴会や恩赦が行われた。古代には盛んであったが、中世になって衰微し、暦の変化も原因して、江戸時代の1786年(天明6)が最後となった。なお、朔旦とはついたちの朝の意。[酒井信彦]

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精選版 日本国語大辞典

さくたん‐とうじ【朔旦冬至】
〘名〙 陰暦一一月一日が冬至に当たること。一九年に一度あり、これを中古以来瑞祥(ずいしょう)とし、「朔旦の旬(しゅん)」と称して宮中で祝宴が行なわれ、叙位、免租などもあった。《季・冬》
※続日本紀‐延暦三年(784)一一月戊戌「勅曰、十一月朔旦冬至者、是歴代之希遇、而王者之休祥也」 〔史記‐武帝紀〕

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