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最後の晩餐【さいごのばんさん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

最後の晩餐
さいごのばんさん
The Last Supper
キリストが死の前日,12人の弟子とともに祝った晩餐ユダヤ教の過越 (すぎこし) の定めによるものといわれ,キリストはパンとぶどう酒を祝福して弟子に与え,これを人類の罪のゆるしのため,あがないの犠牲として十字架につけられる自分のからだ,流される血であるとした。このキリストの犠牲を示す最後の晩餐において旧約に代る新しい救いの契約が布告されたものと解されており,新約の名もこれに基づく。またこの晩餐は神の国の到来とともに成立する救いの共同体の先取りという意味をもつので,初代教会の信徒はしばしば集り,この晩餐にならってパンとぶどう酒を食することによって,キリストの死を記念するとともに,死者すべての復活する日を待望した。この祝餐はエウカリスチア eucharistia (ギリシア語で感謝の意) と呼ばれたが,キリストの恩恵を信徒に分ち与える秘跡とされて後代に引継がれ,キリスト教会の最も中心的,神聖な典礼となった (→聖餐 ) 。カトリック教会ではこれをミサという。最後の晩餐は主の晩餐と呼ばれることがある。最後の晩餐への言及はマタイ,マルコ,ルカの各福音書のほか,『コリント人への第1の手紙』 11章 23~26に言及されている。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

さいご‐の‐ばんさん【最後の晩×餐】
キリスト受難前夜に12人の弟子とともにとった晩餐。教会の聖餐式はこれに基づく。絵画ではレオナルド=ダ=ビンチの作品が有名。ラストサパー(the Last Supper)。

出典:小学館
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とっさの日本語便利帳

最後の晩餐
イエスが受難の前夜に弟子たちと共にした晩餐。キリストはパンを自分の体、ブドウ酒を自分の血であるとして聖体の秘跡を示し、イスカリオテのユダの裏切りを予告した。

出典:(株)朝日新聞出版発行「とっさの日本語便利帳」

世界遺産情報

最後の晩餐
レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院は、イタリアのミラノにあります。絵はミラノ公ロドヴィコ・スフォルツァの依頼により、修道院の食堂壁画に描かれました。420×910cmの巨大なもので、1495年に取りかかり、完成は1498年。イエス・キリストが磔刑の前夜に12人の弟子とともにした晩餐を指し、「主の晩餐」とも呼ばれてます。一点透視図法が用いられ、食堂があたかも絵の中に繋がっているような錯覚を覚えます。

出典:KNT近畿日本ツーリスト(株)

デジタル大辞泉プラス

最後の晩餐
イタリア、ルネサンスの芸術家・科学者レオナルド・ダ・ヴィンチの絵画(1495-97)。原題《L'Ultima Cena》あるいは《Il Cenacolo》。キリストが磔刑前夜の夕食の席で、弟子の中に裏切る者がいると予言し、弟子たちが動揺した場面が描かれている。ミラノ、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院の食堂の壁画として制作。同修道院と教会は、1980年に世界遺産(文化遺産)に登録された。

出典:小学館
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最後の晩餐
イタリア、ベネチア派の画家ティントレットの大作(1592-94)。原題《L'Ultima Cena》。ベネチア、サン・ジョルジュ・マッジョーレ聖堂の内陣に描かれた、ティントレット最晩年の代表作。晩餐のテーブルを斜めに配し、明暗を対比させた劇的な描写で知られる。

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世界大百科事典 第2版

さいごのばんさん【最後の晩餐 The Last Supper】
イエス・キリストが十字架につけられる前の晩に12人の弟子たちとともに行った晩餐のこと。〈主の晩餐〉とも言う。《マルコによる福音書》14章17節以下の記事によると,この晩餐の席上で,イエスは自分を裏切ろうとしている者(イスカリオテのユダ)がいることを指摘するとともに,パンとブドウ酒をとって,それらが自分の体であり,多くの人のために流す契約の血であると言った。同様の記事は《マタイによる福音書》《ルカによる福音書》にもあり,これらの共観福音書では,〈最後の晩餐〉が過越(すぎこし)の食事(過越の祭)と結びつけられている。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

さいごのばんさん【最後の晩餐】
イエスが十字架につけられる前夜、十二弟子とともにした最後の食事。教会の聖餐式はこれに由来する。この場で、ユダの裏切りを指摘。宗教画などの題材に好んで描かれる。特に、ミラノのサンタ-マリア-デッレ-グラツィエ修道院食堂のレオナルド=ダ=ビンチが描いた壁画が有名。主の晩餐。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

最後の晩餐
さいごのばんさん
last supper英語
dernire Cneフランス語
letzte Abendmahlドイツ語
イエス・キリストが受難と死の前夜に使徒たちとともにした晩餐。『新約聖書』の「マタイ伝福音書(ふくいんしょ)」(26章20~29)、「マルコ伝福音書」(14章17~25)、「ルカ伝福音書」(22章14~23)の3福音書が、このできごとを報じている。それによれば、イエス・キリストは捕らえられ、十字架につけられる前日、12人の使徒と夕食をともにし、ユダの裏切りを皆に告げ、またパンとぶどう酒を祝し、「取って食べなさい。これはわたしの体である」「皆、この杯から飲みなさい。これは、罪がゆるされるように、多くの人のために流すわたしの血、契約の血だからである」ということばで、聖体の秘蹟(ひせき)を制定した。[大谷啓治]

美術

レオナルド・ダ・ビンチの壁画(ミラノ、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ修道院食堂)に代表されるように、美術のうえでも重要な主題となっている。福音書の記述に明らかなように、晩餐のエピソードは、前半ではイスカリオテのユダの裏切りの告発が語られ、ユダが去ったあとの後半部分は聖餐の儀式を象徴したものとなっている(マタイ26章、マルコ14章、ルカ22章)。12世紀からルネサンス期へと至る時代の晩餐図をみると、西ヨーロッパの美術では、「アーメン、わたしは言う、あなた達(たち)の一人がわたしを売ろうとしている」というイエス・キリストのことばに揺れ動く使徒たちの劇的な場面として描かれている。
 一方、東ヨーロッパのビザンティン美術では、福音書の記述の後半部分に焦点をあわせて、聖餐の儀式としての晩餐図が描かれている。しかし西ヨーロッパにおいても16世紀後半のトレント公会議ののちは、ユダの裏切りの告発という史伝的な場面設定をやめて、聖餐図としての最後の晩餐図に傾いてゆく。[名取四郎]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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