Rakuten infoseek

辞書

書経【しょきょう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

書経
しょきょう
Shu-jing
中国の古典で,五経また十三経の一つ。58編。古くは『書』または『尚書』といったが,宋代からは『書経』という。伝説では,孔子が古聖王の記録 100編を整理編集したものというが,その真偽はともかく,戦国時代の思想家には,『書』を聖証として引用する者があった。漢の文帝(前2世紀)のとき,伏生が『今文尚書』28編を伝えた。これは帝堯の代から穆公(前7世紀)までの間を『虞夏書』『商書』『周書』に分けて,中国に政治が始まって以来,歴朝の聖王賢臣が天命を奉じ,徳を明らかにし,刑罰を慎んで,政教を施したさまを記述しているものであって,政治の理想を示している。その後,漢代には秦誓編が現れ,偽作の 102編『尚書』が現れた。この間に『尚書』100編の目録が定まったとみられる。この目録は『尚書』を帝堯以来の歴史記述とするものである。武帝(一説に景帝)のとき,孔子旧宅の壁の中から『古文尚書』が現れ,孔子の子孫の孔安国(前2世紀末没)が,『今文尚書』と対校して,58編を伝えたといわれるが,ほとんど世に行なわれなかった。東晋の元帝(4世紀初期)のとき,梅賾(ばいさく)が孔安国伝(孔安国のつくった注の意)『古文尚書』58編(一説に,その後堯典編の一部補入)を得たと称してこれを献上し,以後これが真の『尚書』として行なわれ,ことに唐の孔穎達が,貞観14(640)年,勅命によって『五経正義』を編集するとき,この本をもとにし疏を加えて『尚書正義』をつくったので,これが信奉されるようになった。朱子の弟子蔡沈著『書経集伝』(6巻)は今文,古文を弁別しているが,なおこの本によった。しかし,南宋頃から梅賾本を疑う説が現れ,明の梅鷟(ばいぞく)著『尚書考』,清の閻若璩著『尚書古文疏証』などで,『今文尚書』28編以外のいわゆる『古文尚書』の諸編と,いわゆる孔安国伝が偽作であることが明白にされた。閻若璩のこの著は清代の考証学の学風を開いたものとされている。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

しょきょう〔シヨキヤウ〕【書経】
中国の経書五経の一。20巻、58編。孔子の編といわれる。尭(ぎょう)舜(しゅん)から周までの政論・政教を集めたもの。もと「書」「尚書」。宋代から「書経」とよばれる。秦の焚書(ふんしょ)散逸、前漢の伏生(ふくしょう)の口伝今文(きんぶん)尚書」と、孔子の旧宅で壁中から発見された「古文尚書」との二系統があったが、現在「古文」とされている「書経」は東晋の梅賾(ばいさく)の偽作。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

しょきょう【書経 Shū jīng】
中国の経書。五経の一つ。先秦では単に《書》といい,漢代からは《尚書》と呼ばれ,宋以後《書経》と称される。《書》は史官の記録に由来する中国最古の文献であり,早くから民族の古典として尊ばれており,儒家はそれを自己の経典としたのである。周王朝の創業者である文王武王周公を主人公とする諸編,〈周書〉のいわゆる五誥(ごこう)がその根幹であった。ところが諸子百家との論争がさかんに展開されるころに,儒家の理念を投影した尭・舜の世の記録(〈虞書〉)や,禹および夏王朝の記録(〈夏書〉),殷王朝の記録(〈商書〉)が加上された。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

しょきょう【書経】
中国の、五経の一。五八編。尭ぎよう・舜しゆんから夏・殷いん・周の王者およびそれを補佐した人々の言辞の記録。儒家の理想政治を述べたものとして最も重要な経典。二九編は秦の伏勝が伝えた「今文尚書」、一六編は孔子の家の壁中から出たといわれる「古文尚書」に含まれていたもので、後者は後代の偽作とされている。初めは「書」、のちに「尚書」と呼ばれていたが、宋代以後「書経」と呼ばれるようになった。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

書経
しょきょう
儒教の五経の一つ。もと単に『書』といい、漢以後『尚書(しょうしょ)』とよばれ、『書経』と称するのは宋(そう)に始まる。『詩経』と並び称せられる古典のなかの古典である。編者は孔子(こうし)(孔丘)であると伝えられ、上古歴代史官の文書をもとに、堯(ぎょう)・舜(しゅん)以下、夏(か)・商(殷(いん))・周3代の帝王の事蹟(じせき)を100篇(へん)の書にまとめたという。史実のほか神話的伝承を含んでいるが、儒家はこれを天下統治の普遍的法則を示すものとして尊重した。
 現行の『書経』は58篇を存するが、その伝来・真偽をめぐって重要な問題がある。秦(しん)の始皇帝(しこうてい)の焚書(ふんしょ)と項羽(こうう)の咸陽(かんよう)焼打ちによる廃絶ののち、漢初ふたたび世に出た『書』は、秦の博士伏生(ふくせい)が伝えた29篇(序の1篇を含む)で、漢代通行の隷書(れいしょ)で書かれていたので『今文(きんぶん)尚書』という。その後、孔子の旧宅の壁中から、今文より16篇多い『書』が発見されたが、古代の蝌蚪(かと)文字で書かれていたので『古文尚書』とよばれた。この『古文尚書』は前漢の武帝(ぶてい)のとき孔安国(こうあんこく)が読み伝授したが、西晋(せいしん)末の永嘉(えいか)の乱に失われてしまった。ところが4世紀の初め、東晋の梅(ばいさく)が孔安国伝と称する『古文尚書』58篇を朝廷に奉ったのである。その内容は、今文の28篇を33篇に分け、これに偽作の25篇を加え、もと1篇の序は分割して各篇首に配し、かつ全篇にわたってこれまた偽作の孔安国の伝(注釈)をつけたものであった。これを『偽古文尚書』という。唐初、孔穎達(くようだつ)らが勅命によって『五経正義』を著したときには、まだ偽作のことは明らかでなく、『尚書』の正義(疏(そ)ともいい、注釈のこと)はこの本に依拠し孔伝を祖述したために、これが正統的な地位を得て継承されることになった。しかし、南宋(そう)の蔡沈(さいちん)が師朱子(しゅし)(朱熹(しゅき))の意を受けて注釈を施した『書集伝』では、今文・古文の区別に留意し、序と孔伝を疑って採用していない。清(しん)初、閻若(えんじゃくきょ)の考証『尚書古文疏証』に至って、偽作の様相は逐一明らかにされたのであった。今文の28篇(現行33篇)を『真古文尚書』と称する学者もある。[廣常人世]
『諸橋轍次著『経学研究序説』(1936・目黒書店) ▽平岡武夫著『経書の成立』(1946・全国書房) ▽小林信明著『古文尚書の研究』(1959・大修館書店) ▽松本雅明著『春秋戦国における尚書の展開』(1966・風間書房) ▽加藤常賢著『真古文尚書集釈』(1964・明治書院) ▽赤塚忠訳『中国古典文学大系1 書経・易経(抄)』(1972・平凡社) ▽池田末利訳注『全釈漢文大系11 尚書』(1975・集英社) ▽陳夢家著『尚書通論』(1957・上海商務印書館) ▽張西堂著『尚書引論』(1958・西安陝西人民出版社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

しょきょう ショキャウ【書経】
中国の経書。五経の一つ。孔子の編という。「書経」の名は「尚書」の宋代以後の称。堯舜時代から秦の穆公に至る古記録を一〇〇編にまとめたもの。古代の政治における君臣言行の模範とすべきものを集めたもので、史書としての価値も高い。現行のものは東晉の梅賾の依託になる「孔安国伝古文尚書」五八編であり、「偽古文尚書」といわれる。漢代には孔子の旧宅から発見された「孔壁古文」といわれる「古文尚書」五八編と秦の博士伏生の伝えた「今文尚書」二九編があったが、いずれも今は諸書に断片として伝わるだけである。注釈書として、漢の孔安国伝、唐の孔穎達疏の「尚書正義」が著名。

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

書経」の用語解説はコトバンクが提供しています。

書経の関連情報

他サービスで検索

「書経」のスポンサー検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE GROUP, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.