Rakuten infoseek

辞書

Infoseek辞書サービス終了のお知らせ

普照【ふしょう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

普照
ふしょう
奈良時代の法相宗。日本に戒壇がまだ整わないので,天平5 (733) 年勅を奉じ栄叡とともに入唐して,受戒したのち,楊州大明寺で鑑真渡来を請うた。帰朝後は東大寺を講じた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

普照 ふしょう
?-? 奈良時代の僧。
母は白猪(しらいの)与呂志の娘。天平(てんぴょう)5年(733)戒律の師をまねくため栄叡(えいえい)とともに(中国)にわたる。道璿(どうせん)に来日をすすめて日本におくり,天平勝宝5年(753)鑑真(がんじん)の来日を実現して帰国。東大寺に住し,天平宝字3年(759)旅人の便をはかるため路傍果樹をうえるように上奏した。法名は業行とも。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

ふしょう【普照】
8世紀の入唐留学僧。生没年不詳。もと興福寺の僧。帰国後,東大寺唐禅院に住し,晩年西大寺大鎮となる。業行とも称した。母は白猪(しらい)与呂志女。733年(天平5)4月の第9次遣唐使丹治比広成に従い,舎人親王の命をうけ栄叡(ようえい)とともに入唐し,伝戒師の招請のため生死を賭して努力した。まず洛陽大福先寺で具足戒をうけ,道璿(どうせん)に日本への渡航を勧誘し,さらに栄叡とともに留学求法すること10年,742年に揚州大明寺に鑑真和上を訪ね,鑑真一行の渡航を懇願した。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

普照」の用語解説はコトバンクが提供しています。

普照の関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.