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【ほし】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典


ほし
star
元来は,太陽と月を除くすべての発光天体に与えられた名称。狭義では恒星のみをさすが,夕空に輝き始める一番星,流れ星(→流星),ほうき星(→彗星)など,俗称としては惑星その他を意味する場合も多い。恒星は,古来その変わらぬ配置から,主として各種の神話にちなんだ星座に見立てられ,大空の区分に用いられた。暦法や航海術など科学の発達に貢献する一方,占星術やさまざまな迷信,信仰のもとともなった。その正体は,太陽と同様,内部の原子核融合反応によって発生した放射エネルギーにより光る巨大な気体塊である。宇宙には無数の星があり,肉眼ではそれらのごく一部しか見えない。太陽系にもっとも近い恒星はプロキシマ・ケンタウリであり,太陽から約 4.27光年の距離にある。もっとも遠方にある星々は数十~数百億光年離れた銀河の中にある。恒星はわれわれの太陽のように単独で存在する場合もあるが,二つの星が対となっている連星,数個の星からなる星系を形成しているもの,多数の構成要素から星団を形成しているものなどのほうがより一般的である。さらに,星ごとに明るさ,色,温度,質量,大きさ,化学的組成,年齢が大きく異なる。銀河系に属する恒星数は約 2000億個と推定されている。
観測される星の明るさは,見かけ上の明るさを表す等級が一つ上がると明るさが 2.512倍に,五つ上がると約 100倍の明るさになる。1等星は 2等星の 2.512倍明るく,6等星の約 100倍明るいことになる。なかにはシリウスの-1.5等のように,非常に明るいため等級が負の値をとる星もある。星の見かけ上の等級は,それ自体の光度を直接示すものではない。星本来の明るさは絶対等級で表され,10パーセク(32.6光年)離れたところで観察された場合の等級が絶対等級である(→光年パーセク)。星の色は青白色から赤まで広い範囲にわたっている。
星の色の測定にはいくつかの方法があるが,フィルタの助けを得て星の色を測定する方法が最も広く利用されている。星から発せられる光はほぼ黒体輻射のスペクトルを示すため,光の強度を波長域に分けて調べることでその星の表面温度を推定できる。また発生する吸収線(→吸収スペクトル)の型によっても温度を決めることができる。ほぼすべての星で水素がいちばん多い構成元素であるが,2万5000K(ケルビン)を上回る温度の星の外層部では水素は完全にイオン化(→電離)しているため,実質的に吸収線を生じない。1万K程度のもう少し温度の低い星では多くの水素原子がイオン化せずに存在し,十分な数の水素がより高いエネルギーレベルまで励起されているので強い吸収線を発生させる(→バルマー系列)。さらに低い表面温度をもつ星のスペクトルは異なる吸収線のパターンをみせる。広く行なわれているスペクトル型による分類では,星を高温から低温へ順に,O,B,A,F,G,K,Mの七つの大きな集団に分ける。この O-Mスペクトル順序は,色の順序でもある。O型の星は全天体中で最も高温であり,表面温度は 2万5000K以上と見積もられ,青色をしている。太陽も含まれる G型星は 5000Kから 6000Kと比較的低温で,白色から黄色である。M型は最も低温の星で,3500K以下の温度と暗赤色の色調が特徴である。
非常に高温な星のイオン化した水素のような例外があるものの,星の内部に多量にある構成元素の原子からは判定可能な吸収線が生じているため,スペクトル分析によりその星の組成について知ることができる。たとえば G型星のスペクトルは,鉄,カルシウム,ナトリウム,マグネシウム,チタンといった金属の吸収線が特色である。
実視連星を除いて,星の質量を直接決定するのは困難である。連星,特に矮星超巨星からなる連星については,星の大きさに関する詳しいデータが判明している。1920年代にマイケルソン恒星干渉計を使用して超巨星の視直径が測定された。光の干渉の原理に基づいたこの装置は,明るく大きな星の視直径を測定するのには効果的であるが,見かけの大きさが小さい天体の測定には使えない。その後,天文学者たちはこうした小さな星の直径を測定するのに適した光相関干渉法を開発し,1960年代の終盤からはスペックル干渉法(微傷変位測定法)という新しい手法により赤色巨星の大きさの再測定を行なっている。
星のスペクトルと絶対等級の相関性は,星の性質と進化に関する情報として特に重要である。スペクトル型に対する星の絶対光度を示すために,ヘルツスプルング=ラッセル図と呼ばれる図表が一般に使用されている。星々はこの図の数ヵ所の特定の部分に集団となって分布する傾向があり,大部分は高温で明るい星の位置する図の左上から低温で暗い星のある右下へ伸びる主系列と名づけられた狭い帯に沿って分布している。太陽を含む主系列の星はみな矮星である。その他に比較的多くの星が,主系列の上方,図の右上部分に集まっている。これらは低温で高い光度をもつ巨星であり,太陽のおよそ 100倍の明るさがある。さらにより明るい星である超巨星は,図のいちばん上に位置する。主系列の左下方には,白色矮星という高い表面温度をもちながらも光度が低い星がある。
星の進化は,密度の高い星間雲と星間微粒子がそれ自身の重力で内側へつぶれて星が形成されることから始まる。星間雲が濃縮するにつれて密度と内部温度が上昇し,かすかに赤い輝きを発するようになる。この段階で星は自身の重力による収縮によって発生するエネルギーで輝く。内部温度が数百万℃まで上昇すると,ジューテリウム(→重水素)がまず崩壊し,ついでリチウム,ベリリウム,ホウ素がヘリウムに変換される。この間,中心付近の温度は上昇し続け,熱核反応p-p連鎖が十分に持続するレベルにまで達すると星の収縮はやみ,星はその生涯の大部分を占める主系列段階へ入る。時間の経過につれて中心部の水素はヘリウムに変換され,中心温度は徐々に上昇して星の化学的組成が変化するとともに星の構造,大きさ,光度も変化する。太陽と同じ質量の星では,中心部の水素がすべて消費されてほとんどがヘリウムになると,周辺の薄い外殻部でエネルギーが発生するようになる。外殻での水素燃焼の結果,ヘリウムが常に供給されて増加し続けるため中心部は徐々に質量を増していき,大きさは逆に縮まっていく。星の外層は膨張して低温,赤色となり,収縮する中心部から発生するエネルギーが周辺部の水素を加熱し核反応を加速して光度を上昇させる。
星の進化の最終段階は大きく二つの因子に依存する。一つはその星自身の質量であり,二つ目は近接連星を形成する星かどうかである。1.4太陽質量よりも小さい質量の単独星は,外層が吹き飛ばされたのちに高温の小さな芯が残り,赤色巨星から白色矮星へと進化する。この白色矮星を一時的に包み込む膨張した気体殻は惑星状星雲として知られている。近接連星伴星が赤色巨星になりつつあるときにもう一方が白色矮星の段階に達すると,白色矮星は伴星の外層から物質を取り込む。この物質が白色矮星表面に蓄積していくと,ついには熱核反応が誘発される。こうした反応から発生するエネルギーが一瞬の激しい爆発により蓄積した物質を吹き飛ばすと,この星は新星となる。太陽より 5倍以上質量の大きな単独星は,重力の位置エネルギーが星内深部を高圧力高温に維持するため,水素の供給が枯渇したあとでも中心部で核融合によるエネルギーを発生し続けることができ,鉄のような重い元素を継続的に生産する。このような大質量の星の外層は超新星として猛烈な爆発を起こし,数ヵ月間にわたり通常の星より 10億倍も明るく輝く。爆発の過程での中性子捕獲反応により,鉄よりも重い元素が生成され,将来の星の形成の元となる星間物質が宇宙空間に増加する。超新星爆発ののち,星の中心部が中性子星として残ることがある。稠密に詰め込まれた中性子で構成されているため,この型の星は太陽よりはるかに大きな密度をもつが,直径は約 20kmしかない。多くの中性子星は短い間隔の電波を非常に安定した周期で放射しており,このような天文物体のことをパルサーと呼んでいる。超新星の残存質量が太陽質量よりも 2~3倍以上大きいと内部への縮退が続き,ついにはブラックホールを形成すると考えられている。

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デジタル大辞泉

せい【星】
二十八宿の一。南方の第四宿。海蛇座のα(アルファ)星を中心とする七星をさす。ほとおりぼし。星宿

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せい【星】[漢字項目]
[音]セイ(漢) ショウ(シャウ)(呉) [訓]ほし
学習漢字]2年
〈セイ〉
ほし。天体。「星雲星座星辰(せいしん)衛星火星暁星恒星新星彗星(すいせい)土星流星惑星
月日の流れ。「星霜
重臣や高官。重要な人物。「巨星将星
〈ショウ〉ほし。「明星(みょうじょう)
〈ほし(ぼし)〉「星影星空箒星(ほうきぼし)
[難読]満天星(どうだん)海星(ひとで)夕星(ゆうづつ)

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ほし【星】
夜空に点々と小さく光っている天体。ふつう、天体のうち、太陽地球を除いた恒星惑星彗星(すいせい)星団あるいは星座をいう。狭義では恒星だけをさす場合もある。「満天の」「空」
星の光っている形に似た印。星の形。「★」「☆」など。「三つのレストラン」「肩章の
小さな点。また、斑点。「目にができる」
1が運行するところから》歳月。「移る」「改める」
相撲で、勝ち負けを示す白黒の丸いしるし。「大事なを落とす」
九星のうち、その人の生まれ年にあたるもの。また、その年々の運勢・吉凶。「の巡り合わせ」
兜(かぶと)の鉢(はち)に打ちつけてある鋲(びょう)の頭。その大小・形・位置などにより、大星・小星・角星・苛星(いらぼし)などの称がある。
碁盤の目のうちで、黒丸の打ってある所。全部で9か所。「打ち」→天元
花形。スター。はなやかな代表者。「歌謡界の」「我が社の希望の
10 紋所の名。円形を1に見立てていろいろに組み合わせたもの。三つ星や一文字に三つ星などがある。
11 大体の見当。目あて。目星。
「ふとした―が附いて」〈鏡花婦系図
12 犯人または容疑者。「を追う」
13 神楽歌の分類名。御神楽(みかぐら)の終わり近くにうたわれる歌。
[下接語](ぼし)相星明(あか)星霰(あられ)星一番星追い星織り姫星勝ち星綺羅(きら)星金(きん)星・銀星・黒星白星図星出来星流れ星七つ星糠(ぬか)星彦(ひこ)星一つ星箒(ほうき)星・本星・負け星三つ星夫婦(めおと)星目星

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デジタル大辞泉プラス

大分県、株式会社くじゅう高原開発公社が製造する地ビール。「くじゅう高原ビール」シリーズ。スタウトタイプ。

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神奈川県、鎌倉ビール醸造株式会社が製造する地ビール。「鎌倉ビール」シリーズ。ペールエールタイプ。

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武鹿悦子による児童向けの詩集。全38編を収録。2013年刊行。翌年、第54回児童文学者協会児童文学賞、および第44回日本童謡賞受賞。

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世界大百科事典 第2版

ほし【星】
星ということばは,広くは太陽と月を除く天体すなわち恒星,惑星,すい星,星団あるいは星座を指し,狭くは恒星だけを指す(ただし太陽と月も場合によっては星と呼ぶ)。 原始時代の人類にとっては,彼らがもっとも畏怖(いふ)の目で仰いだ太陽と月とが,偉大な精であることはもちろん,空の無数の目のようにきらめく星もみな精であり,ときには神でもあった。バビロニア楔形文字の〈神〉が星の形であるのもこのことを示している。

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大辞林 第三版

せい【星】
二十八宿の一。南方の星宿。星宿。ほとおりぼし。

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ほし【星】
恒星・惑星・彗星・衛星などすべての天体の称。一般には、太陽や地球・月以外の天体をいうことが多い。特に恒星をいうこともある。 「夜空に-がまたたく」 「 -の数ほどある」
小さな点。
をかたどったしるし。「☆」で示す。ほしじるし。
目のひとみに生じる小さく白いかげり。 「目に-がかかる」
相撲などで、勝ち負けをあらわす黒白の丸じるし。 「 -争い」
犯罪容疑者、犯人をいう隠語。
九星のなかで、その人の生まれた年に配されているもの。運勢を支配するもの。 「 -まわり」 「幸運の-の下に生まれる」
かぶとの鉢板をはぎ合わせた鋲の頭。 →
囲碁で、碁盤の上に記された、九個の丸い点。

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ほし【星】
姓氏の一。

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日本大百科全書(ニッポニカ)


ほし
star

星ということば

普通、太陽、月のように円板状に見えず、点状に輝く天体を「星」という。したがって星ということばには、広くは恒星、惑星、衛星、彗星(すいせい)、流星などを含む場合もあるが、狭義には星座をつくる恒星をさす。英語のスターstarの場合は恒星のみをさす。惑星はプラネットplanet、衛星はサテライトsatelliteということばで区別する。
 広義の星に含まれるそれぞれの天体が天文学の対象であることはいうまでもないが、自然科学的な記述はそれぞれの項目に譲り、この項では、星の民俗、文化、信仰などについて展開する。[石田五郎・藤井 旭]

星と占い

古代の諸民族には死者の魂が天上に昇り、星になると信じていたものが多い。強者が死ぬと明るい星に、弱者が死ぬと暗い星になると考えた民族もある。
 天体の運動が人間社会に大きな影響力を与えるということは、紀元前数千年にオリエントのバビロニア王国で信じられており、日月五星(太陽、月、水星、金星、火星、木星、土星)の動き、およびそれに従うさまざまな判断が、出土した粘土板の楔形(くさびがた)文書から明らかである。バビロニアではとくに金星が観測され、その配置から兵乱、地震、洪水、暴風などの災害を予言した。また天体の動きを詳細に調べるために、とくに太陽その他の天体の通り道である黄道(こうどう)帯の天域が観察され、1年12か月の太陽の位置に対応して黄道を12の星座に分割することが行われていた。そしてこれが誕生時の天象から人の運命を占断するホロスコープ天文学の淵源(えんげん)となった。
 バビロニアの星の知識はギリシアに移植され、ギリシア神話に登場するさまざまな人物、動物、器物の名を冠した星座が48個も制定された。黄道十二宮も、おひつじ、おうし、ふたご、かに、しし、おとめ、てんびん、さそり、いて、やぎ、みずがめ、うお、と今日の形に確定された。誕生日に太陽がどの星座に位置しているかによって人の一生の運命が決まるが、さらに複雑、詳細な判断をするために、月、5惑星と12の星座との親疎関係を定め、また誕生時刻に東の地平線に昇ってくる星座を重要視するなどした。
 中国では、月の運動を重要視し、周期27日余りの動きに対応して全天を28の不等な部分に分割し、二十八宿(にじゅうはっしゅく)とよんだ。昴(ぼう)宿(プレヤデス)、畢(ひっ)宿(ヒヤデス)、参宿(オリオン座三つ星)、柳(りゅう)宿(うみへび座δ(デルタ))、心宿(さそり座アンタレス)などがこれである。二十八宿に付属して、全天1166星が宮廷内の制度に対応した名前でよばれる。天皇大帝のいる帝座、王宮である北極紫微垣(しびえん)、十二諸侯の府である太微垣(たいびえん)、行政立法府である天市垣(てんしえん)がある。細目では、天厩(てんきゅう)(うまや)、天溷(てんこん)・天廁(てんそく)(いずれも便所)、外屏(がいへい)(外の塀)、天屎(てんし)・外厨(がいちゅう)(台所)、玉井(ぎょくせい)(井戸)、酒旗(しゅき)(宴会場)などまで用意されている。これは地上界と同じ行政機構が天上界にも存在し、地上に起こることはまず天象によって示されると信じたことによる。そのため、日食・月食や客星(見慣れない星の出現)、彗星や大流星、赤気(オーロラ)などの天変は天帝の戒めとしてもれなく記録した。日食・月食の推測計算を専門に行うことは天文博士(はかせ)の重要な仕事であった。これは西洋のホロスコープ占星術に対し、東洋の天変占星術ということができる。
 以上のような天文学に関する中国の知識はそのまま日本に取り入れられた。そのため日本の多くの歴史書には天変現象の記録(とくに日食、月食、惑星の合(ごう))が多い。[石田五郎・藤井 旭]

星の名前

ヨーロッパではギリシア神話などに由来する名前が星につけられている。また中国でも前述のような占星術も関係して星に名前がつけられている。これに対し、日本には古来星の和名がない、と信じられていた。これは日本は農業国であり、農民は激しい昼間の仕事の疲れのため、夜はあまり星を見なかった、という説による。この説に反発した学者の新村出(しんむらいずる)の論説に感じた野尻抱影(のじりほうえい)は、その九十有余歳の生涯をかけて700種の星の和名を採集した。
 日本古来の星を表す神の名としては、天津赤星(あまつあかぼし)と天津甕星(みかぼし)があり、二つともに金星を示す。
 平安時代の中期、源順(みなもとのしたごう)が著した『倭名類聚抄(わみょうるいじゅしょう)』のなかには「日、陽烏(やたがらす)、月、弦(ゆみはり)月、満月、暈(かさ)、星、明星(あかほし)、長庚(ゆうつづ)、牽牛(ひこぼし)、織女(たなばたつめ)、流星(よばいぼし)、彗星(ははきぼし)、昴星(すばるぼし)、天河(あまのかわ)」の15項目がある。陽烏は太陽、明星は木星、長庚は金星である。清少納言(せいしょうなごん)の『枕草子(まくらのそうし)』には「星はすばる、ひこぼし、夕づつ。よばい星少しおかし、尾だになからましかば、まいて」とある。
 すばる(おうし座のプレヤデス)はよく目につく星である。とくに農事に関係して、「すばるまんどき粉八合」のたとえがある。「まんどき」は午(うま)の刻、すなわち南中のことで、明け方にすばるが天頂高くあるときにソバの種を播(ま)くとよくとれることを教えている。すばるはその形から、六連星(むつらぼし)、羽子板星、一升(いっしょう)星、苞(つと)星などの名がある。これに対し、おうし座のヒヤデスはその形から、釣鐘(つりがね)星、あるいはすばるに続いて出てくるところから、後(あと)星の名がある。
 北斗(ほくと)七星もよく目につく星列である。位置が北に寄っているため見える時間が長く、仏教の密教では、北斗、北辰(ほくしん)を祀(まつ)る行事が盛んであった。『倭名類聚抄』には北斗の名は出てこないが、『和漢朗詠(ろうえい)集』には「北斗星前横旅雁」(劉元叔)の詩句が出てくる。北斗、七桝(ななます)星、七つの星は平安時代の和歌に現れる。四三(しそう)の星は、北斗七星をさいころの四の目と三の目とを並べた形に見立てたもので、双六(すごろく)遊びのさいころの目の特殊なよび方である三一(さんいち)、三六(さぶろく)、四一(しっち)、四三(しそう)、五一(ぐいち)、五四(ぐし)のなかからとった名であり、江戸時代の『物類称呼』や『和漢三才図会』にもこの名が出てくる。七曜の星と書いて、ヒチヨウノホシ、ナナヨノホシとよぶ地方もある。またその形から柄杓(ひしゃく)星、鍵(かぎ)星、瀬戸内地方では舵(かじ)星ともよぶ。
 北斗の柄(え)の先の星は破軍(はぐん)星とよばれ、中世の武人に好まれた。今日では芝居の舞台で、武人が手にする軍扇の模様にみられる。この星は剣先(けんさき)星ともよばれる。日周運動により一昼夜の間に十二支の各方位を一周するが、陰陽道(おんみょうどう)では、この剣先に金神(こんじん)が宿るとし、この剣先が示す方向に向かって戦えばかならず敗れ、公事(くじ)(裁判)、勝負事には不利であるという。北斗の柄の先から2番目の星は、中国では開陽とよばれているが、そのすぐそばに小さな星があり、これは輔(ほ)、あるいは輔(そえ)星とよばれる。
 七夕(たなばた)の牽牛(けんぎゅう)、織女は乞巧奠(きっこうでん)(陰暦7月7日の行事)に飾り祀られ、織女星は織女、七夕とよばれ、牽牛星は彦(ひこ)星、犬飼(いぬかい)星の名がある。『倭名類聚抄』にも以奴加比保之(いぬかいほし)と訓じている。
 北極星は、北辰、妙見(みょうけん)とよばれた。陰陽道で北極星を尊王(そんのう)に見立て、妙見菩薩(ぼさつ)としたためである。平安時代に北辰に法燈(ほうとう)を捧(ささ)げ、真言(しんごん)宗では七曜(北斗)の星祭(ほしまつり)が行われ、北辰・北斗は同時に祀られるようになり、以後、北辰と北斗とが混同されることが多い。北極星は一つ星、子(ね)の星の名もある。これは子(ね)の方角、つまり真北に見えるからである。
 北極星のそばにあるこぐま座の二つの星を遣(や)らい星、番(ばん)の星とよぶ。これは北斗七星が日周運動で北極星の周りを回って、北極星をねらっているのを、北斗七星と北極星の中間に位置する二星が、追い払う、番をしているという意味である。
 W字形のカシオペヤ座は錨(いかり)星、山形(やまがた)星、五曜の星などの名がある。オリオン座のδ(デルタ)、ε(イプシロン)、ζ(ゼータ)星は日本各地で三つ星とよばれているほか、三光(さんこう)、三丁の星、三星様(さんじょうさま)、三大星(さんだいしょう)、かせ星、稲架の間(はざのま)といった名もある。オリオン座のα(アルファ)星(ベテルギウス)、β(ベータ)星(リゲル)は赤、白の対比の美しい輝星であり、平家星、源氏星の名がある。またオリオン全体を鼓に見立てて、鼓(つづみ)星の名もある。
 ふたご座のα、β星は二つ星、門杭(かどぐい)、または蟹の目(かにのめ)、猫(ねこ)の目とよばれる。おおいぬ座α星(シリウス)は全天で第一の輝星で青星(あおぼし)、大星(おおぼし)の名がある。
 りゅうこつ座α星(カノープス)は日本では地平線すれすれにしか出ないため、珍しい星とされた。中国では南極老人星とよばれ、「老人星現れば治安く、見えざる時は兵起こる」といわれた。日本では醍醐(だいご)天皇の昌泰(しょうたい)4年(901)、その前年に老人星が見えたことから年号を延喜(えんぎ)と改めた例がある。この星は漁師の間では布良(めら)星、和尚(おしょう)星の名でよばれるが、海で遭難した人の霊であるという。兵庫県ではこの星の見える方角から、鳴門(なると)星、淡路(あわじ)星の名がある。また南の空に出るとすぐに沈んでしまう横着な星ということから横着星の名もあり、岡山県では讃岐(さぬき)の横着星、香川県では土佐の横着星と、星が見える方向の地名をつけてよぶ。
 惑星の名前では金星に関する和名が多い。明星(あかぼし)、夕星(ゆうつづ)が広く使われているが、一番星、宵(よい)の明神(みょうじん)、彼(か)は誰(た)れ星(ぼし)、また出入りが早いところから飛び上がり星、盗人(ぬしと)星などもある。明け方早く出ることから飯炊(めした)き星、炊夫(かしき)泣かせという名もある。
 流星は流れ星、奔(はし)り星、飛び星、抜け星、星の嫁入りなどがあるが、古くは婚(よば)い星(与八比保之(よばいほし))が普及している。
 以上のように星の和名は、農耕漁労の実生活に密着して、庶民の生活に根ざした名前が多く使われており、民俗学的に興味深い。しかし、古来の日本人は太陽や月ほどに星を意識していなかったのではないかと思われる。中国から渡来した星名以外には、日本国内に全般的に流布した星名が少なく、ローカル性の強いことが特徴である。したがって星に関する神話的説話も少なく、宗教的信仰は、真言密教の星祭を除いてはあまりみられない。[石田五郎・藤井 旭]

星に関する科学的認識の変遷

古代バビロニア、古代エジプトでは星々は超越神として尊敬され、人間の運命を支配する超自然的な存在として畏怖(いふ)され、ここに占星術が誕生する基盤があると考えられている。ギリシアに入り、星座が神話によって装飾され、一般的通念として星空は神の世界とされていたが、イオニア学派に始まる自然哲学者により、星を自然界の物体として考える傾向が現れてきた。太陽は灼熱(しゃくねつ)の石であるとしたのは哲学者アナクサゴラスである。
 星の配置・明るさを記録し、星表を完成したのはアレクサンドリア時代(紀元前2世紀)の天文学者ヒッパルコスで、1000個の星、45の星座を記録する星表は、原表は失われたが、プトレマイオスの『アルマゲスト』に再録されてその面影を今日に伝えている。当時は肉眼視準の四分儀、六分儀を使用、角度で秒までの精度を保持している。
 このような星の座標の幾何学的研究は以降、イスラム教国のアラビア文化のなかで進められたが、恒星はあくまで惑星の位置を測るための目盛りにすぎず、星の本質にかかわる問いかけはなかなか現れなかった。1609年ガリレイが手製の望遠鏡で天体観測を始め、天の川が微光星の集まりであることを発見したことは、恒星の天文学上の意義が大きい。それは肉眼では見えない数多くの星が存在し、しかもそれらがはるかかなたの宇宙の深部まで広く分布していることを教えたからである。星が空間に固定したものでなく、空間を運動することを教えたのは1718年ハリーの固有運動の発見であり、これ以降、星の空間運動が社会通念となった。
 星が集まってつくる銀河系宇宙という考えは18世紀末のW・ハーシェルの大反射望遠鏡による探査によって始まり、大口径望遠鏡の出現によりその研究はいっそう進められた。星というものを正確に理解したのは1838年のベッセルの恒星の年周測定によるものである。恒星の距離が正確に理解され、太陽もこれら恒星のなかの平凡な一つにすぎないことが確定されたのである。星の進化はそのエネルギー源に関する理論的研究によって果たされた。1940年代に星の分光学的研究が進められ、星が自然界の実体として解明され、それまでの恒星に関するすべての知識が塗り変えられた、といっても過言でない。[石田五郎・藤井 旭]

星に関する伝承と俗信

人類は古来、晴夜には天空に星を仰ぎ見てきた。それは、人間を取り巻く諸々の自然現象のなかでもとりわけ神秘に富んだものであり、人々の想像力をかき立てずにはおかなかった。今日一般に用いられている星座名の多くはギリシア神話によるものであり、それはさかのぼって古代オリエントの星辰(せいしん)崇拝につながっている。これほど体系的で、しかも多数の星についての神話をもつ文化は世界的にも少ないが、とくに顕著な星・星座については多くの民族が独自に名称をつけ、さまざまな伝承を発達させてきた。星座については、主としてその形状から神や動物や器物などに見立てるが、その見立て方は多様である。たとえば北天のとくに顕著な「北斗(ほくと)七星」(おおぐま座)を見ても、ギリシア神話では、カリストという名のニンフがゼウスの子を身ごもって月と狩りの女神の怒りに触れ、大熊(おおぐま)の姿に変えられたのだとしており、また北米先住民の一部にもこれを熊の姿に見立てるところがある。中国では「北斗」すなわち北天にかかる柄杓(ひしゃく)の形に見立て、日本の農村でもひしゃくぼし、しゃくしぼしなどという所が多い。また北欧やバビロニアではこれを神や王の乗った車に見立て、アラビアでは柩(ひつぎ)に見立てている。北斗七星は北半球の中緯度以北の地域では、1年を通して地平下に没することがないため、天につながれた大熊(ギリシア)、盗賊(キルギス)、親の仇(あだ)をねらって巡り歩いている娘たち(イラン)などに見立てられることも多い。中国では「北斗」は、いて座の「南斗」と対(つい)をなし、人間の死を扱う天の役人とされた。
 南天の顕著な星座の一つに「さそり座」があるが、この名称もさまざまで、ギリシア人がオリエント起源の伝承を受け入れてこれをサソリとしたのに対し、中国人はこれを天の青竜と見なし、日本では尾部を釣り針、頭部の三角形を駕籠(かご)かつぎや天秤(てんびん)に見立てている。ポリネシアの広い地域では尾部のS字形を「マウイの釣り針」とよんでやはり釣り針に見立てているし、タヒチでは頭部をカブトムシとしている。
 星に関する伝説としてとくに有名なものに七夕(たなばた)伝説があり、中国を中心に広く分布している。これはいうまでもなく織女(しょくじょ)星(ベガ)と牽牛(けんぎゅう)星(アルタイル)にちなむ伝説だが、日本へは奈良時代前後に入った。
 星は方角の手掛りとしても重要であり、ことに大海原や大平原を旅する航海民族や遊牧民族の間ではそうであった。たとえば航海術に長(た)け、小船での大航海移民を成し遂げたポリネシア人たちは、星についての多くの知識をもっていたことで知られる。ハワイ―タヒチ間は3000キロメートル以上もあるが、この間を彼らは北極星(ホク・パアア)を頼りとし、ヒョウタンでつくった観測器でその高さを測りながら正確に航海した。日本の漁民や船乗りにとっても、北極星はその航海の目安とされ、ねのほし、あてぼし、ひとつぼしなどとよばれた。北極星は天の北極付近にあって一晩中ほとんどその位置を変えないから、方角の目安とされているが、天文知識の発達したエジプトでは、ピラミッドをつくる際に、内室と北極星とを結ぶ線上にトンネルを掘り、これを中心線としているものがあるという。
 星は季節を知らせるものとして、農耕とも関係が深い。日本ではとくにすばる(プレヤデス星団)が播種(はしゅ)の時期を知らせる星と考えられている地域が多い。ボルネオ島のある部族では、農作業によって1年を8期に分けているが、焼畑の伐採、火入れ、播種などの時期を知らせるのは、やはりすばるの高さであるという。また、古代エジプトでは、シリウスの昇る時刻によってナイル川の増水を予知した。ナイル川の増水は氾濫(はんらん)を引き起こしたが、沃土(よくど)をももたらし、シリウスは農耕の女神、イシスの化身とも信ぜられていた。あるいは、北海道のアイヌたちは織女星を「客人姿の星」とよび、その出現で春の訪れを知り、すばるを「アルワン・ノチウ」とよんで、それが東方に昇るのを見てサケの漁期を知った。
 さらに星は吉凶の前兆ともされた。とくに古代バビロニアでは、星の位置、運行から人間の運命を予知しようとする占星術が発達し、それはヘレニズム期にギリシアへ入るとともに、インドや中国にも伝播して梵暦(ぼんれき)や易経のなかに体系化されたという。もちろん、そのように体系化された占星術のほかにも、星を前兆とみる風習は世界各地にある。彗星、日食、月食などを忌むことはその例である。中国ではさそり座のアンタレスがその赤色の光ゆえに不吉な星とされ、国に大乱の訪れる前兆として恐れられた。また、ヨーロッパではシリウスがその強烈な光ゆえに干魃(かんばつ)、熱病をもたらすものとして忌まれた。日本では、南天に低くかかるアルゴ座(りゅうこつ座)のカノープスは、めらぼし、だいなんぼしなどとよばれ、漁民から大時化(しけ)の前兆とされた。また日本では、この星やシリウスを怨霊(おんりょう)の星とみなす伝承も少なくない。一方、中国ではカノープスを南極老人星と称し、これが見える年は天下太平であるとした。日本ではこのほか、農耕との関連で、さそり座のアンタレスなどをてんびんぼしとよび、これが高く昇る年は豊作であるとした。
 このように、世界各地の星に関する伝承は無数にあるが、一般的にいうと、採集狩猟民のような単純な文化をもつ人々においては、星についてあまり体系的な神話や知識は知られていない。天体や星座の名称も、ごく顕著なもののみに限られる傾向がある。これに対し、星についての信仰や知識が体系的な発達を遂げたのは、主として高文明地域においてである。古代バビロニアの星辰崇拝と占星術はまさにその例であり、その影響を受けたギリシアでも星に関する大掛りな神話が生まれた。エジプトでは太陽暦がつくりだされ、さらにそれはシリウスの観察によって精緻(せいち)な暦法に発展した。新大陸でも、マヤやインカでは高度な天文知識、暦法、占星術が行われた。日本へも中国経由で体系化された神話や知識が入ったが、日本の星に関する伝承は、農漁民の生活感に基づく素朴なものが多い。[瀬川昌久]

神話と信仰

太陽と月以外の天体である星の信仰は、古代世界ではとくにギリシア、ローマやバビロニア、インド、中国、メキシコのマヤなどがよく知られているが、各地の先住民族でも多少は行われており、サン人(かつての俗称「ブッシュマン」)やエスキモーおよびイヌイットなどでは、星は死んだ人間の霊がなったものと信じられている。またアメリカ先住民やポリネシア人などでは、天の川、北斗七星、宵(よい)の明星、明(あけ)の明星など、目だつ星だけが神話や俗信の対象となった。
 太陽の通路としての黄道(こうどう)を中心にいくつかの束をなしている恒星の群を星座といい、中国では宿(しゅく)とよぶが、ギリシア神話のおおぐま座・こぐま座などの話で知られるように、これをいろいろな神や英雄、動物などの姿に結び付けて神話や俗信を語ったりする風習は、もともとはバビロニアの占星術が源泉となっている。占星術は、恒星とは動き方の違う5惑星(火、水、木、金、土星)や彗星(すいせい)、日月などの色や動き、またそれらと恒星の座との関係が帝王や個人の運命、さらには国家や社会の運勢にまで影響するという観想から生まれた卜占(ぼくせん)法であり、この発達とともに天文観測の技術や天文台、そして後の天文学が生まれた。バビロニア、中国、朝鮮の新羅(しらぎ)、マヤなどでは、天文台とともに占星台も設けられていた。バビロニアの12の星座(十二宮)や中国の二十八宿の星は、占星術と結び付いて尊崇されていた。日本では、星辰信仰は奈良時代以前から陰陽道、宿曜道(すくようどう)などを通じて盛んとなり、とくに北斗七星は寿命をつかさどる神として、北辰とか妙見とかよばれて尊崇されている。朝鮮でも北斗は古くから寿命の神とされ、七星堂、七星岩などの聖壇で安産祈願などに信仰されている。[松前 健]
『野尻抱影著『星の神話・伝説集成』(1969・恒星社厚生閣) ▽吉田光邦著『星の宗教』(1970・淡交社) ▽原恵著『星座の文化史』(1982・玉川大学出版部) ▽大崎正次著『中国の星座の歴史』(1987・雄山閣出版) ▽斉藤国治著『古天文学の道――歴史の中の天文現象』(1990・原書房) ▽青木信仰著『人間と宇宙――天文学小史 地球を考える』(1994・日本基督教団出版局) ▽ロバート・ボーヴァル、エイドリアン・ギルバート著、近藤隆文訳『オリオン・ミステリー――大ピラミッドと星信仰の謎』(1995・日本放送出版協会) ▽斉藤国治著『宇宙からのメッセージ――歴史の中の天文こぼれ話』(1995・雄山閣出版) ▽榎本出雲・近江雅和著『21世紀の古代史 消された星信仰――縄文文化と古代文明の流れ』(1996・彩流社) ▽堀田総八郎著『縄文の星と祀り』(1997・中央アート出版社) ▽アンソニー・アヴェニ著、宇佐和通訳『神々への階――超古代天文観測の謎』(1999・日本文芸社) ▽長島晶裕他著『星空の神々――全天88星座の神話・伝承』(1999・新紀元社) ▽前川光著『星座の秘密――星と人とのかかわり』(2000・恒星社厚生閣) ▽坂上務著『暦と星座のはじまり』(2001・河出書房新社) ▽北尾浩一著『星と生きる――天文民俗学の試み』(2001・ウインかもがわ) ▽野尻抱影著『星の民俗学』(講談社学術文庫) ▽野尻抱影著『星と伝説』(中公文庫) ▽矢島文夫著『占星術の起源』(ちくま学芸文庫)』

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精選版 日本国語大辞典

せい【星】
[1] 〘名〙 ほし。
※羅葡日辞書(1595)「Occido〈略〉ジツゲツ xeiga(セイガ) ニシニ イル」
[2] 二十八宿の一つ。南方に位する第四宿。海蛇座のアルファ星を中心とした星宿。ほとおりぼし。
※制度通(1724)一「井鬼柳星張翼軫の七宿、その並びやう短尾の鳥のごとし」 〔呂氏春秋‐制楽〕

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ほし【星】
〘名〙
① 一般には太陽・月・地球を除く天体。広義には、すべての天体。狭義では恒星をいう。
※万葉(8C後)二・一六一「北山にたなびく雲の青雲の星(ほし)離れ行き月を離れて」
② 星の光っている形に似たしるし。星の形をしたもの。「★」「☆」など。
※不在地主(1929)〈小林多喜二〉二「子供達は肩章の星の数や剣について、しゃべり出した」
③ (①が運行するところから) 歳月。星霜。
※日本開化小史(1877‐82)〈田口卯吉〉二「武勇の勢ひは、歳移り星改まるに従ひ、次第に鬱積し」
④ 神楽歌の曲の分類名。神楽の終わり近く、昔は明け方に歌われた「吉々利々(ききりり)」「得銭子(とくぜにこ)」「木綿作(ゆうつくり)」など一連の歌。
※広本拾玉集(1346)一「雲の上の小忌の衣に霜さえてほしうたふなり明け方の空」
⑤ 兜(かぶと)の鉢の鉄片を継ぎ合わせるために大形に作った鋲(びょう)の頭。その大小・形状・位置により、大星・小星・糠星(ぬかぼし)・角星(かくぼし)・苛星(いらぼし)・霰星(あられぼし)・乱散星(らんさんせい)などがある。
※平家(13C前)一「雲井をてらすいなづまは、甲の星をかかやかす」
⑥ 小さく丸い形の点。標的などの中心を示したりする黒点をいう。
※丸物草鹿之記(15C後か)「草鹿の事〈略〉矢あての星の外の星、大小合て廿三也」
⑦ 囲碁で、碁盤に記された九つの小さな丸い点、およびその位置。〔和漢三才図会(1712)〕
⑧ 病気のために眼球に生じる小さく白い翳(かげり)
※俳諧・犬子集(1633)一七「白き物こそ黒くなりけれ 目のうちのほしやじねんになをる覧〈貞徳〉」
⑨ 白い斑紋。特に馬の毛並みなどにいう。→星月(ほしづき)
※わらんべ草(1660)四「星ぶわく、額に星有」
⑩ 鼈甲(べっこう)などにある斑紋。商品としての値うちをさげる斑点状のきず。
⑪ 花形。スター。その存在が華やかで光り輝く人間をたとえていう。
※虚実(1968‐69)〈中村光夫〉出会「この二年間仙台から導きの星として仰いできた詩人から」
⑫ 九星のうち、その人の生まれ年に当たっているもの。そのめぐり合わせにより、人の吉凶が支配されるという。また、その年々の吉凶。運勢。めぐりあわせ。
※御湯殿上日記‐文明一七年(1485)四月三日「御ほしとも見まいらせたきよし御申ありて」
⑬ ねらったところ。めあて。めぼし。ずぼし。
⑭ (「入り山形に星印」の略) 江戸新吉原の遊里で、上級の遊女。
※洒落本・禁現大福帳(1755)一「凡星(ホシ)の無揚代がどふ始末しても九十匁より下で上らず」
⑮ 相撲の勝敗をしるす白と黒の丸い点。転じて、勝負の成績。
※閑耳目(1908)〈渋川玄耳〉福寿の権化「実力競争の大土俵に〈略〉全勝の星(ホシ)を重ねた大力士である」
⑯ 紋所の名。円形を①にかたどり、種々に組み合わせて図案化したもの。三つ星、一文字に三つ星、剣四つ星などがある。
⑰ 犯罪の容疑者、犯人をいう、警察の隠語。〔隠語輯覧(1915)〕
※自由学校(1950)〈獅子文六〉檻の内外「五百助は、公務執行妨害の現行犯で、引致されたので、逮捕に向った一隊が狙ったホシ(犯人)の一人では、なかった」
⑱ 前科をいう盗人仲間の隠語。〔隠語全集(1952)〕
※いやな感じ(1960‐63)〈高見順〉二「あの矢萩はたしかに殺人のホシ(前科)を持った男だ」

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ほし【星】
姓氏の一つ。

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