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【えき】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典


えき
Yi
中国の占法。『易経』,正確には『周易』に基づいて行われる。陰,陽という相対的な2つの原理の結合交錯の変化によって宇宙の万象は形成,消長するとし,その変化の過程を占う (易とは「変化」を意味する) 。そのために,陰,陽を象徴する画 (陰爻〈こう〉,陽爻) を3本ずつ組合せて8種の (か) を作り,さらにそれを2つずつ重ねた 64種の卦にそれぞれ意味をもたせ,筮竹算木を用いて卦を求め判断を下す。爻と卦の意味 (卦辞,爻辞) の解釈は次第に複雑化し,漢代には煩瑣な易学が成立して,思想,文化に広範な影響を及ぼした。日本には5世紀に伝わり,大宝律令では陰陽寮官職が定められ,以後全国に広まって今日にいたっている。本来の筮法は複雑で長時間の緊張を要するため,今日では略筮法や中法が行われている。

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デジタル大辞泉

い【易】[漢字項目]
えき

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編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
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えき【易】
古代中国から伝わった占い。50本の筮竹(ぜいちく)を用い、得られた卦(け)により吉凶を占う。日本には6世紀ごろ伝わったといわれる。「を立てる」
易経(えききょう)のこと。

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えき【易】[漢字項目]
[音]エキ(漢) (呉)(漢) ヤク(呉) [訓]やさしい やすい かえる かわる
学習漢字]5年
〈エキ〉
取りかえる。入れかえる。「易姓改易交易不易貿易
占い。「易者易断
占いの書。五経の一。「易経周易
〈イ〉やさしい。たやすい。「安易簡易難易平易容易
[名のり]おさ・おさむ・かね・やす・やすし
[難読]易田(やくでん)

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やす【易】
形容詞「やす(易)い」の語幹
「枝弱み乱れ―なる青柳の糸のたよりに風な寄りこそ」〈堀川中納言家歌合〉

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占い用語集

卜術を代表する占術であり、また古代中国の様々な叡智を包括した思想でもある。易の根本には陰と陽の組み合わせによる陰陽思想があり、「易経」を基にしている。占い手は筮竹やサイコロコインなどを用いて卦を立て、その卦を読みとることで問題の解決策を求める。易の代表的なものとして「周易」「断易」「梅花心易」などが挙げられる。

出典:占い学校 アカデメイア・カレッジ
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世界大百科事典 第2版

えき【易 Yì】
中国,殷代の亀卜(きぼく)に代わって,周代に生み出された筮竹(ぜいちく)による占い。大事には卜し小事には筮すといわれるように(鄭玄(じようげん)のことば),亀卜の権威はその後も保たれていたが,数的メカニズムを備えた筮がしだいに卜を圧倒していき,やがてそのテキストである《易》が整備され,ついでそれが経典の座を占めるにおよんで筮=易の地位は不動のものとなり今日に至っている。 筮という字は竹と巫からなる。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

い【易】
たやすいこと。 ⇔ 「難を先にして-を後にし/文明論之概略 諭吉

出典:三省堂
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えき【易】
古代中国で考え出された、占法の一。蓍めどきの茎、のちには筮竹ぜいちく五〇本を二つに分け、それによって陰陽を知り、卦を作り、易経えききように基づいて占う。また、その占いをする人。やく。 「 -を立てる」
「易経」のこと。

出典:三省堂
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やす【易】
〔「安」と同源〕
そうなりがちであることを表す。 「枝弱み乱れ-なる青柳の/堀河中納言家歌合」

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日本大百科全書(ニッポニカ)


えき
古代中国におこった占いの方法。国家の大事を決するとき、殷(いん)(前18~前12世紀)では、亀甲(きっこう)、獣骨を焼いてできたひび割れの形によって、その吉凶を決した。亀甲獣骨卜占(ぼくせん)といわれるのがそれで、甲骨文字はそのときの卜辞である。周代(前12~前3世紀)になると甲骨卜占より占筮(せんぜい)のほうが多く行われるようになった。『易経(えききょう)』による占いである。『周礼(しゅらい)』によると、大卜(たいぼく)の職では、三易(さんえき)の法をつかさどったとある。三易とは、『連山(れんざん)』『帰蔵(きぞう)』『周易(しゅうえき)』である。『連山』は殷の前の夏(か)王朝の易であり、『帰蔵』は殷王朝の易であるといわれるが、今日ではなくなっていて、事実のほどは明らかでない。そして今日、易といっているのは、周代の易ということで、『周易』といわれているものである。もともと卜占の書であるが、その内容には生活の知恵が集約されているとともに、処世の哲学があり、後世、朱子学はこのなかに形而上(けいじじょう)学を形成した。[安居香山]

易の名義

易の字源について、『説文(せつもん)』は「蜥易(せきえき)(えんてい)、守宮なり、象形(しょうけい)なり」として、トカゲの類の象形としているが、加藤常賢(じょうけん)の『漢字の起源』でも、金文(きんぶん)の字形からみて、正しい見解としている。トカゲは体色がよく変わることから、易の字には「かわる」という意味があるとされる。後漢(ごかん)の鄭玄(じょうげん)の『易賛(えきさん)』には、易に三義があると説く。易簡(いかん)(たやすい)、変易(かわる)、不易(かわらない)である。易は六十四卦(か)をもって天地間のあらゆる事象を説明して複雑のようであるが、その実、陰陽の二爻(こう)に基づいて説明する簡単、明瞭(めいりょう)なものであるというのが易簡である。天地間のあらゆる事象はつねに変化してとどまることがない、すなわち変易である。しかし、その変化のなかにも、変わらない法則性がある。すなわち不易である。易は、この変易と不易とを、象徴と数によってたやすく示してくれるとする。易簡とともに易の三義である。[安居香山]

易の形成

易の作者については、いろいろの説がある。まず八卦(はっか)を画(えが)いたのは古帝王の伏羲(ふくぎ)であるという伝説で、易の「繋辞(けいじ)伝」下に「仰いで象(しょう)を天に観(み)、俯(ふ)して法を地に観(み)、鳥獣の文(ぶん)と地の宜(ぎ)とを観(み)、始めて八卦を作る」とあるによる。これとは別に、『緯書(いしょ)』に「伏羲氏の天下に王たるや、神龍(しんりゅう)ありて、図を負いて黄河に出づ。法(のっと)りてこれに効(なら)い、始めて八卦を画く」(「龍魚河図」)という説もある。八卦を六十四卦としたのも伏羲であるというのと、それは神農(しんのう)であるという説があるが、いずれも伝説で定かでない。六十四卦には、卦辞(かじ)(卦全体についての判断の文句)と爻辞(こうじ)(爻についての状況判断の文句)があるが、卦辞は周の文王がつくり、爻辞は周公がつくったとされている。爻辞も文王がつくったという説があるが、爻辞のなかに文王以後の事件が述べられているところもあるので、爻辞は周公の作とするのが妥当といわれている。以上が経の本文についての成立説であるが、これに対して、経を解説した伝(でん)がある。「彖(たん)伝」(上・下)、「象(しょう)伝」(上・下)、「繋辞伝」(上・下)、「文言(ぶんげん)伝」「説卦(せっか)伝」「序卦(じょか)伝」「雑卦(ざっか)伝」の10編で、『周易正義』の序には、「其(そ)の彖象(たんしょう)等十翼(じゅうよく)の辞は、以(もっ)て孔子(こうし)の為(な)すところとなすは、先儒更(さら)に異論なし」と述べているが、宋(そう)の欧陽脩(おうようしゅう)以来これを疑う説が多く出ている。しかし、彖・象二伝については、孔子の作であることを疑うものはない。十翼すべてが孔子の作でないとしても、孔子門流の手になったものであろうと考えられている。[安居香山]

易学の沿革

(しん)の始皇帝の焚書坑儒(ふんしょこうじゅ)のとき、卜筮の書ということで易はその難を免れた。『春秋左氏(さし)伝』には占筮の書としての易がしばしば用いられている実例が出ている。漢代に至り儒学が復興すると、易は六経(りくけい)の首に置かれた。『漢書』「芸文志(げいもんし)」の六芸略(りくげいりゃく)は、易・書・詩・礼・楽・春秋と次第している。しかし漢代では、当時流行した天人相関思想に基づき、易によって政治の得失を占う傾向が強かった。孟喜(もうき)(前70―前50ころ)、京房(けいぼう)(前78―前37)はその代表的人物である。漢代の易学を「象数易(しょうすうえき)」というのは、易の解釈にあたって卦の象と数を重んじたからである。こうした複雑な易解釈に対して、魏(ぎ)の王弼(おうひつ)(226―249)は、十翼によって経文全体の意味を把握することに努めるとともに、老荘哲学を取り入れて易理論をたすけ、『周易注』を著した。漢の費直(ひちょく)(前1世紀)の法を継承発展せしめたものである。唐代に編纂(へんさん)された『五経正義』の『周易正義』は、王弼の注を採用し、王弼が注しなかった「繋辞伝」「説卦伝」「序卦伝」「雑卦伝」については、韓康伯(かんこうはく)の注を用いた。漢代の象数易に対して、王弼の解釈を義理易という。宋代の易学はおおむね王弼の流れをくむ。しかし朱熹(しゅき)(朱子、1130―1200)の『周易本義』では、易を卜筮の書と規定し、易の経文を卜占の答えとみる点に特徴がある。元(げん)以後の科挙(かきょ)の必須(ひっす)教養としての四書、五経は、朱子学系の注釈書が主として用いられ、易では程頤(ていい)(1033―1107)の『伊川(いせん)易法』や朱熹の『周易本義』が用いられた。
 日本には、易は奈良時代に伝来しているが、江戸中期以後、朱子学が盛んとなり、山崎闇斎(あんさい)、伊藤東涯(とうがい)、新井白蛾(あらいはくが)、真勢中洲(ませちゅうしゅう)、松井羅州(らしゅう)、榊原篁洲(さかきばらこうしゅう)、皆川淇園(きえん)などの易研究家がいた。明治期に入っては根本通明(みちあき)、遠藤隆吉(りゅうきち)らが処世哲学的理論をたてて活躍し、占筮家としては高島呑象(どんしょう)が知られている。[安居香山]

易の思想

易は本来占筮の書で、これによって処世の道を決するのであるが、思想的には陰陽の変化をもって天地人三才の道を述べたもので、「説卦伝」に「聖人の易を作るや、まさにもって性命の理に順(したが)わんとす。ここをもって天の道を立つ、曰(いわ)く陰と陽と。地の道を立つ、曰く剛と柔と。人の道を立つ、曰く仁と義と。三才を兼ねてこれを両にす」とある。三才それぞれに陰陽の徳が含まれているのである。陰陽は相対立するものであり、自然界、人間界のすべての事象は、みなこの二者に配される。

 この陰陽は単に相対立するだけでなく無限に変化する。四季が循環するごとく、陰極まれば陽となり、陽極まれば陰となる。この無限の変化作用を説いて「一陰一陽、これを道という」と易では説く。こうした変易する実相も、その実、不易な道によってたつ。そして生成発展をしてやまない。陰陽の二元によって説かれる原理は、まことに易簡であるが、その哲理はきわめて深遠といわねばならない。[安居香山]

占筮法

「繋辞伝」に「大衍(えん)の数五十、その用四十九」とあるように、易占では50本の蓍策(しさく)(メドハギという多年生植物の茎)を用いたが、後世では30センチメートルほどの竹の棒、すなわち筮竹(ぜいちく)によって卦をたてた。このほかに算木(さんぎ)といわれる長さ10センチメートルほどの角材で、隣り合う2面に溝をつけた木6本が用いられる。溝のない面が(陽)を、溝のある面が(陰)を表し、占筮の進むにつれて、これで卦を組み立てていく。この占筮法には、本筮法、中筮法、略筮法の3通りがある。本筮法では、一つの卦の六つの爻を出すために、18変の操作を繰り返すため、きわめて煩瑣(はんさ)である。そのため近時の易占では、多く略筮法が用いられている。蒙(もう)の卦に、「初筮には告ぐ。再三すれば涜(けが)る。涜るれば告げず」とあるように、誠意をもって神明に問う気持ちで占わねばならない。でた卦がよくないとして、再三占うことは、神明を冒涜(ぼうとく)するものとされる。したがって、初筮によってでた結果で、易占をしなければならない。
 略筮法では、筮竹50本のなかから1本抜いて太極(たいきょく)とし、残りの49本を扇型に開いて持ち、心を込めてこれを左右に分ける。左手のが天策(てんさく)で右手のが地策である。右手のを机上に置き、そのなかの1本を取って左手の小指と薬指との間に挟む。これを人策とする。これで天地人の三才が整ったことになる。次に左手の筮竹を8本ずつ(2本ずつ4回)数える。8で割り切れるときは残さない。そして残った筮竹と、小指に挟んだのを加え、その数によって八卦の卦を決める。これによって、内卦(ないか)(卦の下半分)が決まる。残数と卦の決め方は次のようである。

 同じ方法で筮竹49本をもって外卦(がいか)(卦の上半分)を決める。こうして得られた二つの卦をあわせて、求めるところの卦が得られるわけである。次に占断の対象となる爻位を決めるため、前と同様な方法で6本ずつ(2本ずつ3回)数えて、割り切れれば残さないで、小指の1本を加えて、次のように爻位を決める。
 1本(割り切れた場合)…初爻
 2本……二爻  3本……三爻
 4本……四爻  5本……五爻
 6本……上爻
(六爻は卦の下から、初、二、三、四、五、上、と数えていく)
 以上によって卦と爻とが得られたわけで、卦の彖、象の辞によって、占う事項の吉凶を判断し、爻辞によってさらに細密な占断を下すことになる。簡略な卦辞や爻辞によって占断を下すのであるから、占者の学識や経験が、重要となってくる。
 このほか擲銭法(てきせんほう)というのが『儀礼(ぎらい)正義』に説かれている。3枚の貨幣を投げて、次の要領で下から六爻を決めて、卦をたてる法である。

 近時ではさらにこれを簡略化して、1枚の銭を6回投げて卦を決め、占う方法をとるものもあるが、これは易占の本来からすれば当を得たものとはいえない。[安居香山]
『高田真治・後藤基巳訳註『易経』上下(岩波文庫) ▽本田済訳注『中国古典選 易』(1966・朝日新聞社)』

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精選版 日本国語大辞典

い【易】
〘名〙 たやすいこと。⇔
正法眼蔵(1231‐53)出家功徳「一向専心行道易」 〔陸機‐文賦〕

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えき【易】
[1] 〘名〙
① 占いの方法の一つ。易経の原理に基づいて、算木と筮竹とを使い、八卦、六十四卦によって、自然、人事の吉凶を判断する方法。また、占いをする人。
※宇治拾遺(1221頃)一「易のうらなひする男きて」 〔易経‐繋辞下〕
② 連歌、連句の様式の一つ。易の六十四卦にかたどったもので、一巻が六四句からなる形式。
書紀(720)大化元年九月「易に曰はく、上を損して下を益す、節(したが)ふに制度を以て、財を傷り、民を害せざれ、といへり」 〔礼記‐経解〕

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やく【易】
〘名〙 =えき(易)

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