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数学基礎論【すうがくきそろん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

数学基礎論
すうがくきそろん
foundation of mathematics
20世紀初頭に始った,数学基礎に関する諸理論をさし,現在では数学の一分科となっている。数学は G.カントル集合論によって飛躍的な進歩をみたが,それは同時に逆理を導くことも明らかになった。形式論理の問題ともいえるこのような数学上の逆理を解決するために,数学の基礎への反省が,多くの数学者を数学基礎論に着目させる動機となった。数学の本質をどう把握するかによって次の3つの立場があった。 (1) 論理主義 イギリスの B.ラッセルを中心として主張された。数学を論理学に含めようとするもので,1930年代にアメリカの K.ゲーデルによってこの試みが失敗であることが証明されたが,記号論理学という分科が,現在でもすぐれた役割を果している。 (2) 直観主義 オランダの L.ブローエルの説をさしていう。数学的存在や真理は,それ自体独立に存在するものではなく,人間精神の構成的直観によって直接把握されるものであるという主張。ただし現在では,排中律を除いた論理と理解されている。 (3) 形式主義 ドイツの E.ツェルメロ,D.ヒルベルトらによって代表される立場。数学における「存在」とは,単に「無矛盾性」を意味するにすぎないと主張する。しかしながら,これもゲーデルらによってヒルベルトの考えどおりには実現できないとみられている。ゲーデル以後,数学基礎論は,数学の一分科として独立し,数学自体を対象化したものとなり,いろいろな「集合論」が考察の対象となるようになった。直観主義も,ブール束に基礎をおく古典論理と違った,もっと広い直観主義論理による形式として,各種の中間論理の一つの形で定式化される。

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デジタル大辞泉

すうがく‐きそろん【数学基礎論】
数学の基礎に関する理論。19世紀に導入された集合論が逆理(逆説)を派生させたが、その反省から生まれた、数学とはいかなるものであるべきかの理論。20世紀初頭に成立記号論理学を用いる。

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監修:松村明
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世界大百科事典 第2版

すうがくきそろん【数学基礎論 foundations of mathematics】
数学は矛盾のない理論体系と信じられており,諸科学の中でももっとも厳密な論証を誇るものとして,およそそのよって立つ基盤がゆらぐようなことがあろうなどとは考えられなかった。ところが,19世紀末G.カントルによって創設された集合論はまもなく逆理を生じた(パラドックス)。カントル自身が発見した逆理(1899),ブラリ=フォルティの逆理(1897)やラッセルの逆理(1903)がそれである。集合論におけるすこぶる有効な用法ときわめて類似したしかたによって容易にこれらの逆理が導かれるのみならず,同時期に提出されたリシャールの逆理(1905)〈25字以内の字数によっては定義されない最小の自然数は,現にこの文章によって25字で定義されている〉とともに,ほとんど形式論理の範囲内で現れることから数学は重大な危機に陥った。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

すうがくきそろん【数学基礎論】
一九世紀末から二〇世紀初頭に表れた集合論の矛盾を解決するため、二〇世紀初頭に成立した数学の一分科。数学の論理的構造を、記号論理を用いて研究する。広く数学的諸研究の理論的基礎となる。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

数学基礎論
すうがくきそろん
数学の基礎に関する数学的理論のことである。19世紀に導入された集合論は、ただちに逆理を発生させたにもかかわらず、他方では数学における基本的で有用な概念であることが漸次認められるようになった。この逆理の解明と除去が動機となって、数学の認識の本質、論理学と数学との関係などが論究され、数学の論理的構造、数学の証明に使われる論理への反省が全般的に論じられるようになり、三つの立場が生じた。すなわち、B・A・W・ラッセルの論理主義、ヒルベルトの形式主義、ブラウアー(ブローエルともよばれる)Luitzen Egbertus Jan Brouwer(1881―1966)の直観主義である。
 論理主義では、数学を論理学の一分科であると考え、記号論理の形で数学を再構成することを試みた。これはA・N・ホワイトヘッドと連名の大著『プリンキピア・マテマティカ』Principia Mathematica全3巻(1910~13)に集大成された。形式主義では、数学を記号論理の方法で形式化し、数学の証明そのものを、意味をもたない記号列の変換と考え、これを数学的対象とし、その形式化された数学の公理系の無矛盾性を証明しようとした。形式化された数学を対象とする数学を、形式化された数学と区別して、超数学あるいは証明論という。直観主義では、数学的真理や対象が、数学を考えていく意味や内容によって直接にとらえられるものであるという考えにたち、証明に用いる論理でも、排中律(命題については、真か偽かの二つの場合しかないとする法則)を普遍的に正しい法則としては認めない立場をとった。
 これらの三つの立場は、激しい論争を経ながら、互いに他に影響しあい、今日の数学基礎論へと発展した。まず、G・カントルの集合論はツェルメロ(1908)、フレンケルA. A. Fraenkel(1922)によって公理化され、J・ノイマン(1927)、ベルナイズP. Bernays(1936)によって整備された。ゲーデルは、集合論発生以来の問題であった連続体仮説が他の公理と矛盾しないことを証明した(1938)。さらにR・J・コーエンは連続体仮説の否定も他の公理と矛盾しないことを示し(1963)、連続体問題が集合論の公理系から独立であることが示された。証明論では、自然数論の無矛盾性がゲンツェンG. Gentzenによって証明された(1936)。また、自然数論を含む形式的体系は、その形式的体系のなかでは肯定も否定も証明できない(決定不能)命題を含み、さらに「形式的体系が無矛盾である」ことがその形式的体系のなかでは証明できない、という不完全性定理がゲーデルによって示され(1931)、解析学、公理的集合論の無矛盾性を証明論の立場から証明することの困難さが示された。この方向は、チャーチAlonzo Church(1903―95)やクリーニStephen Cole Kleene(1909―94)による帰納的関数(1936)、チューリングによるチューリング機械(1936)によって、計算可能という概念が確立するとともに、計算の理論へと発展し、今日では情報科学と密接に結び付くものとなった。
 また、形式的体系は直観主義体系、多値論理や様相論理などを包括するようになった。また、形式的体系の記号に対する集合論的意味づけを通して、各種の理論が展開されている。この方面の最初の成果はゲーデルによる完全性の定理(1930)であり、今日ではモデルの理論として大きく発展している。[西村敏男]

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精選版 日本国語大辞典

すうがく‐きそろん【数学基礎論】
〘名〙 数学の基礎に関する理論。集合論で発生した逆理を解決するための努力の集積として二〇世紀初頭に成立した。数学の論理的構造を分析するための有力な手段として記号論理学を用いるので、後者の一分科と考えられることもある。なお、この理論の成果は数学だけでなく、応用数学、計算機の基礎理論などにも影響を及ぼしている。

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