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散楽【さんがく】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

散楽
さんがく
中国,日本の楽伎の一種。軽業 (かるわざ) ,幻術,奇術,相撲,物まね,歌舞劇など雑芸的芸の総称。中国では初め雑伎,百伎などと称した。 (1) 中国 周時代 (前 10~3世紀) に侏儒 (こびと) ,優人などの芸があり,漢代 (前2世紀~後2世紀) に西方 (インド) からもお手玉,縄渡り,棒登りなどの曲芸が入り,中国固有の軽業,相撲 (角抵) などと一つになった。散楽の散は,官員外のものの意で,宮廷楽舞のうちで特殊な地位におかれたからである。以後六朝に受継がれ,南朝の梁と北朝の北斉,北周に発達した。西域楽が大いに入った北朝では西方伝来の幻術が加わり,雑戯,百戯の名で宮廷に愛好された。隋代もこれを継ぎ,太常寺太楽署 (いわば文部省音楽局) で司るようになった。代では特に歌舞戯が発達し『大面』『撥頭』『踏揺娘』『窟儡子 (傀儡師) 』などの曲種が知られる。この歌舞戯は唐末に演劇 (参軍戯など) に展開し,宋代に雑劇となり,中国歌劇 (京劇など) の先駆となった。 (2) 日本 奈良時代に唐楽,三韓楽と並んで散楽が渡来した。正倉院の『弾弓散楽図』『信西古楽図』に描かれている。それより前,推古朝に百済から渡った伎楽は,呉楽ともいわれ,華南の楽伎と解されるが,散楽的色彩が濃い (ともに笛,杖鼓,銅 鈸で伴奏) 。唐代散楽歌舞戯の『大面』 (新羅朝で代面) と『撥頭』は,日本左方舞楽の林邑楽系の『蘭陵王』と『抜頭』にあたる。舞楽の西域楽系のものは,散楽と関係がある。中国系の散楽は平安時代末には,相撲節会の散楽,傀儡子,散所の雑芸となったが,歌舞戯の物まねが猿楽となり,猿楽能 (能) の先行芸となった。

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デジタル大辞泉

さん‐がく【散楽】
古代中国で、軽業・曲芸・奇術・幻術・こっけい物まねに類する西域起源の大衆的雑芸。公的な正楽・雅楽に対する俗楽。百戯。雑戯。
1が奈良時代に日本に伝来し、中世まで行われた軽業・曲芸・奇術・こっけい物まねなどの演芸。初め雅楽と並んで宮廷で保護・育成されたが、平安時代に入り、一般にも伝わって盛行、田楽・猿楽などに受け継がれ、民俗芸能の基盤となった。→猿楽

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日本文化いろは事典

散楽
散楽とは、中国から伝わった、滑稽な物まね、曲芸、呪術など多種多様な芸一般を広く指します。のちに散楽が発展して能・狂言の元になりました。

出典:シナジーマーティング(株)

世界大百科事典 第2版

さんがく【散楽】
古代日本に伝来した大陸の芸能。物まね,軽業,曲芸,幻術などを中心とする娯楽的な見世物芸で,百戯,雑技ともいわれた。渡来以前の日本にも俳優(わざおぎ)や侏儒(ひきうど)の芸能が宮廷に集中されたことがあったが,新たに伝わった散楽は令制では散楽戸で伝習された。散楽に関する文献は少ないが,正倉院蔵〈弾弓図〉〈散楽策問〉《信西古楽図》などから想像するに,軽業や曲芸,奇術や幻術,滑稽・物まねの三つがおもな内容であったと思われ,簡単な楽器で伴奏されたと推定される。

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大辞林 第三版

さんがく【散楽】
奈良時代に中国から渡来した雑芸ぞうげい。軽業・曲芸・奇術・滑稽物真似などを含み、相撲すまいの節会せちえ・競くらべ馬・御神楽みかぐらなどに行われた。のち田楽・猿楽などに受け継がれ、猿楽能の母体ともなった。 → 猿楽さるがく

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日本大百科全書(ニッポニカ)

散楽
さんがく
曲芸、手品、幻術、滑稽物真似(こっけいものまね)を内容とする雑芸(ぞうげい)。発生は西域(せいいき)地方というが、奈良時代に中国から日本に伝来した。敦煌(とんこう)の壁画に軽業(かるわざ)、曲芸の図があり、『周書』などには散楽雑戯などの語がみられるから、中国ではすでに紀元前後のころに存在していたことがわかる。中国では貴族的な雅楽(ががく)に対し卑俗な俗楽として広く行われた。『唐会要(とうかいよう)』の散楽の条には、俳優、歌舞、雑奏、擲剣(てきけん)、縁竿(えんかん)、激水化魚竜など多くの曲目があげられている。また、正倉院宝物の弾弓(だんぐう)に描かれた「散楽図」や『信西古楽図』『新猿楽(さるがく)記』などによると、軽業、曲芸、奇術、幻術、物真似(ものまね)などの雑戯であって、乱舞(らっぷ)、俳優(わざおぎ)、百戯(ひゃくぎ)とも記されており、日本に入ってきたものも中国大陸のものと同じような内容であったと思われる。
 散楽は伝来当初は雅楽寮の楽戸(がくこ)で養成されていたが、平安初期の782年(延暦1)に散楽戸は廃止となり、国家組織から外された。しかし、滅亡することはなく、平安時代には一般に流布し、宴会の場や祭礼などに盛んに行われ、散楽法師とよばれる専門の者が生まれた。しかし、散楽芸の中心であった曲芸、軽業、奇術などは鎌倉時代になってしだいに衰え、田楽(でんがく)法師や放下(ほうか)師などの手に移り、のちには獅子舞(ししまい)、太神楽(だいかぐら)、寄席(よせ)に伝えられ今日に残った。散楽の中心芸がこうした推移をたどるのと並行して、散楽は猿楽(さるがく)と名称が変化し、しだいに猿楽という文字に統一され、芸内容も滑稽物真似や歌舞を中心としたものに変わっていった。この猿楽が鎌倉時代に発展して能と狂言を創造したのである。[後藤 淑]
『尾形亀吉著『散楽源流考』(1954・三和書房)』

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精選版 日本国語大辞典

さん‐がく【散楽】
〘名〙
① (正楽、雅楽、官楽などに対する語) 古代中国で、俗楽、雑楽などの民間芸能のこと。もと西域から伝わった、新舞楽、手品、軽業などや、小人数で演じる滑稽なわざ。〔周礼‐春官・旄人〕
② (①が奈良時代に日本に伝わり、やはり公的な雅楽に対して俗楽として扱われた) 中古・中世、卑俗な余興的に行なわれた曲芸や、即興的で滑稽な物まねの演芸。唐術、透撞(とうてき)、走索(そうさく)、品玉(弄玉)、刀玉、輪鼓(りゅうご)、独楽(こま)、一足、高足などの曲芸、軽業や、巫遊之気装貌(かんなぎのけそうがお)、京童之虚左礼(きょうわらんべのそらざれ)、東人之初京上(あずまびとのういきょうのぼり)などの滑稽な物まね、傀儡(くぐつ)のような人形遣いなどがあった。宮廷では多く相撲(すまい)の節会(せちえ)、競馬会(けいばえ)、神楽(かぐら)などの際に余興として行なわれた。伝来した後、散楽戸(さんがっこ)の職として雅楽寮の中に入れられ保護されていたが、延暦元年(七八二)廃止されて自由に民間でも行なわれるようになった。
※三代実録‐貞観三年(861)六月二八日「左右互奏音楽。種々雑伎、散楽、透撞、咒擲、弄玉等之戯、皆如相撲節儀
※江戸繁昌記(1832‐36)二「散楽〈俗、之を能と謂ふ〉」

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旺文社日本史事典 三訂版

散楽
さんがく
奈良時代に伝来した唐の雑芸
奇術・曲芸など滑稽をとしたものが多かった。平安中期以後,猿楽となまり,能の一源流となった。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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