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救貧法【きゅうひんほう】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

救貧法
きゅうひんほう
Poor Laws
イギリスの貧民救済に関する法律の総称。中世においては救貧は慈善として教会などによって行われたが,15世紀以降封建制度の解体によって乞食,浮浪者が著しく増加したため,チューダー朝は数次にわたって,強健で労働可能なものの放浪に厳罰を科して禁じた。エリザベス朝時代には個別的な施しではなく教区を救貧の責任者として,徴収した救貧税によって,老人,病人の救済をする一方労働可能な者は働かせる方式に改められ,1601年の救貧法がこの方式を確立した。 18世紀には救済は救貧院の中にいる人々にのみ行われたが,同世紀末にはこの方式は放棄され,生存できる水準以下の低賃金労働者に手当を支給するスピーナムランド制がとられた。 19世紀に入ると,産業化の要請のもとで,新救貧法が制定 (1834) され,救貧基準を引下げ,救貧はすべて国家の委員会が管轄する方式に改められたが,20世紀になって社会保障の立場から救貧政策は根本的に改訂された。

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デジタル大辞泉

きゅうひん‐ほう〔キウヒンハフ〕【救貧法】
生活困窮者の生活を扶助し、自活に導くことを目的とする法律。英国に始まる。日本では、恤救(じゅっきゅう)規則(1874年)・救護法(1929年)・生活保護法(1946年)がこれに相当する。

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監修:松村明
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世界大百科事典 第2版

きゅうひんほう【救貧法 Poor Law】
16世紀以来,イギリスで行われた貧民救済のための法律。救貧法はヘンリー8世の1531年法から始まり,1601年法で完成した。ヘンリー8世が1536年に行った修道院解散は,中世的教会の貧民保護を停止させた。さらに,当時のエンクロージャーによる農村人口の減少,産業の発展,貨幣悪鋳などの諸要因とあいまって,貧民が大量に発生し,その対策が必要とされたのである。1601年のエリザベス救貧法は浮浪と乞食の禁止と処罰,児童と成人を問わず労働能力ある者の就業,無能力者の保護を末端の地域自治体である教区に命じた。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

きゅうひんほう【救貧法】
貧困のため生活することのできない人々を保護する法の総称。一六世紀よりイギリスで発達した。初期の救貧法は、貧民に処罰を与え、労働の強制を行うなどの抑圧的なものであったが、二〇世紀に入り人道的な改善が行われた。日本では、戦前の救護法・母子保護法などがある。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

救貧法
きゅうひんほう
貧民に対する国家の救済を定めた法律の総称。資本主義の初期に登場し、近代的な公的扶助法制が確立するまで、長い間貧困対策の主柱をなしてきた。救済の対象、方法などは時期、国により異なるが、保護・救済の権利性を否認し、その内容を慈善的な救済のレベルに押しとどめてきた点は、救貧法全体に共通した特徴である。[横山寿一]

イギリスの救貧法

もっとも長い歴史をもつイギリスの救貧法Poor Lawは、本源的蓄積過程での大量の無産貧民の発生と、彼らの乞食(こじき)、盗賊、浮浪者への転化、そのことによる社会不安の増大、という事態を背景として生成した。ヘンリー8世の1538年法は、浮浪と乞食の禁止を主たる目的とするものではあったが、無能力貧民の存在を認め、治安判事による乞食の許可を定める形で貧民救済に着手した。同法は、一般に、もっとも初期の救貧法とされている。以後、貧民への弾圧と抱き合わせではあるが、労働の意志をもつ者、老人、無能力者などを労働意欲のない者とは区別し、彼らへの保護を拡大するとともに、救貧財源を救貧税poor rateによってまかなう方式が一般化していく。このような方向を集大成したのが1601年のエリザベス救貧法である。同法は、貧民・貧困児童の就業、労働不能者・老人・盲人などの救済を教区の責任で行うことを規定した。同時に、労働意欲のない貧民の懲治監House of Correction、監獄への収容を定め、従来の抑圧政策の継続も確認した。
 市民革命は、絶対主義的救貧行政を崩壊せしめ、貧民救済を教区の自由裁量にゆだねていったが、そのもとで各地に広がっていったのが労役場(救貧院)workhouse制度である(1722年ワークハウス・テスト法によって制度化)。同制度は、労働能力のある貧民に労働させ、その利益を救済費にあてることを目的としていた。しかし、ここでの労働と生活は悲惨を極め、労役場は「恐怖の家」に転じ、また、おりからの産業革命の進展による新たな貧民層の増大にも直面して、限界が露呈した。1782年には、労役場の収容施設への改善と院外救済を認めたギルバート法が制定され、同法を基礎として、賃金補助、雇用斡旋(あっせん)などを実施するスピーナムランド制度Speenhamland Systemが登場した。しかしこれらも、低賃金を合理化し、救貧税を増大させ、かえって事態を悪化させる結果となった。
 こうした救貧法の人道主義化を否定し、救援抑制策を強化する方向で抜本的な改革を断行したのが、1834年の新救貧法である。同法は院外救済を禁止し、ワークハウス・テストを制度化するとともに、貧民処遇の全国的統一化と救貧行政の中央集権化の方向を打ち出した。その厳格な実施は、労働者の反対にあって果たされなかったが、自立・自助を厳しく求めるその路線は、19世紀中葉以降も広く浸透し、同法は幾度か改正を経ながらも、1948年の国民扶助法制定まで存続した。[横山寿一]

日本における展開

日本における公的貧民救済制度は、明治以前にもさかのぼれるが、救貧法とよびうる立法が登場するのは、明治維新により救貧行政が全国的に一本化されて以降のことである。その起点は1874年(明治7)の「恤救(じゅっきゅう)規則」に求められる。とはいえ、同規則は、極貧で扶養者のない者(生業不能の70歳以上の病人・廃疾者と13歳以下の幼少者)のみを対象とするという、極度に制限的なもので、いわば封建的救貧法規の継承にとどまるものであった。その後、1899年の窮民救助法案、1902年(明治35)の救貧法案など、幾度か改善が試みられたが、いずれも流産し、結局、実効もあがらぬまま半世紀余りも存続した。第一次世界大戦後の窮乏の拡大と社会不安の増大、世界恐慌によるそれらのいっそうの深刻化という事態により、新たな救貧制度の創設が避けられなくなり1929年(昭和4)に恤救規則が廃止され、救護法が制定された。同法により初めて公的扶助義務が確立し、救貧の責任は国にあることが明確にされた。しかし実質は、恤救規則の内容をやや拡張、明確化した程度で、依然として権利の否定と慈恵の思想を貫いた制限扶助の域を脱するものではなかった。
 太平洋戦争の敗戦と連合軍による占領は、貧民救済にも新たな局面をもたらした。終戦直後、政府は、国民の深刻な窮乏に対処すべく、GHQ(連合国最高司令部)の覚書に基づき、「生活困窮者緊急生活援護要綱」を決定し、保護行政を実施し始めるとともに、既存の関係法規の統合化に着手した。1946年(昭和21)に生活保護法(旧法)が成立し、近代的な公的扶助法が実現した。同法は、保護の国家責任、無差別平等処遇、最低生活保障などを採用しつつも、他方で、不適格者の規定など、救護法の思想、原理を払拭(ふっしょく)しきれない側面をもっていた。そのため、新憲法制定後、憲法の規定との調整による再整備、保護基準の明確化などの必要が生じ、1950年に改正法(新「生活保護法」昭和25年法律144号)が成立し、旧法は廃止された。[横山寿一]
『右田紀久恵・高澤武司・古川孝順編『社会福祉の歴史』(1977・有斐閣) ▽小山路男著『西洋社会事業史論』(1978・光生館)』

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精選版 日本国語大辞典

きゅうひん‐ほう キウヒンハフ【救貧法】
〘名〙 生活困窮者の生活を扶助し、自活に導くための法律の総称。イギリスで一六〇一年に制定されたエリザベス救貧法が最初の本格的なものといわれる。日本では明治七年(一八七四)の恤救(じゅっきゅう)規則にはじまり、救護法、生活保護法へと移行した。〔袖珍新聞語辞典(1919)〕

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