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戯作【げさく】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

戯作
げさく
「けさく」ともいう。江戸時代後期に流行した小説類をいう。狭義には,知識人たちが手すさびに書いた,黄表紙洒落本談義本,前期読本など,江戸後期前半の小説群をさす。広義には,上記のほか,合巻 (ごうかん) ,滑稽本,後期読本,咄本 (はなしぼん) ,人情本など,知識人ではなく職業的作家 (戯作者) たちによる江戸後期後半の作品を含めていう。初め文人たちが戯れに風刺諧謔を試み,あるいは雅文体を試みて余技に書いたものが,出版機構に乗って職業的作家たちに受継がれ,のちには手すさびの意義を失った。戯作の精神は明治以後の近代小説にも生きている。

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デジタル大辞泉

ぎ‐さく【戯作】
《「きさく」とも》「げさく(戯作)」に同じ。
「八文字屋が草紙、其磧(きせき)自笑の―多かる中に」〈浮・妾形気・

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げ‐さく【戯作】
《「けさく」とも》
戯れに詩文を作ること。また、その作品。
江戸後期の通俗小説類の総称。洒落本滑稽本黄表紙合巻(ごうかん)読本(よみほん)人情本など。伝統的で格式の高い和漢の文学に対していう。
[補説]2については、宝暦・明和(1751~1772)ごろは漢音で「キサク」「ギサク」と読まれていたが、しだいに呉音の「ケサク」「ゲサク」も用いられるようになり、文化・文政(1804~1830)ごろには呉音の読みが一般化したとされる。

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世界大百科事典 第2版

げさく【戯作】
江戸中期に知識人の余技として作られはじめた新しい俗文芸をいう。具体的には享保(1716‐36)以降に興った談義本洒落本(しやれぼん)や読本黄表紙,さらに寛政(1789‐1801)を過ぎて滑稽本(こつけいぼん),人情本合巻(ごうかん)などを派生して盛行するそのすべてをいう。またその作者を戯作者と称する。以上の戯作はその作者層や作品の質などを勘案すると,寛政期をとして,前,後の2期にわけて考えるのが実状に即した見方である。

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大辞林 第三版

ぎさく【戯作】
げさく戯作

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げさく【戯作】
ぎさくとも
戯れにつくること。また、その作品。
黄表紙・洒落本・談義本など、近世後期に江戸でおこった小説類の総称。一八世紀半ば、小説界の中心が京坂から江戸に移り、知識人が新しい様式の小説を書き出し、の意で著書に「戯作」と付したのが起源。けさく。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

戯作
げさく
近世小説の一群をさしていう用語。近世では「けさく」、ときに「きさく」と読み、幕末に入って「げさく」の読みがしだいに多く、今日の読みとなった。元来は、戯れにつくること、またその作品の味で、和漢古今に共通した一般語であるが、近世後期に入って、知識人が余技の小説、浄瑠璃(じょうるり)をいう際にしきりに使用し、やがて当時新しく発生した様式の小説の総称となった。様式では、洒落本(しゃれぼん)、滑稽本(こっけいぼん)、黄表紙(きびょうし)、合巻(ごうかん)、読本(よみほん)、人情本を含み、狭義では前三者の滑稽文学をさすこともある。この小説群の作者が戯作者である。
 その歴史は2期に分けられる。前期は、小説壇の中心が上方(かみがた)から江戸へ移動し始めた宝暦(ほうれき)(1751~64)ごろから寛政(かんせい)異学の禁(1790)のころまで、後期はそれから幕末を経て、その作風の名残(なごり)のあった明治初期(1885ころ)までである。
 前期では、近世社会がようやく渋滞して、適材が適所を得ずに文人趣味がはびこるなかで、余技として俗文学に筆をとる知識人が出現した。初めは都賀庭鐘(つがていしょう)、上田秋成(あきなり)ら上方の人々、ただちに江戸に移って平賀源内(ひらがげんない)、山岡浚明(まつあけ)、大田南畝(なんぽ)(蜀山人(しょくさんじん))、恋川春町(こいかわはるまち)など多くが参加した。初期読本、洒落本、初期滑稽本(談義本)黄表紙など新様式が誕生し、初めは少数の同好者間の遊戯であったが、しだいに一般化した。彼らは社会と遊離した立場から、「うがち」の姿勢をとり、余技のゆえに人生との対決の乏しいまま、「趣向」の構成が主となり、文章の妙を競った。しかし知識人らしく知性・感性に秀で、なにがしかの思想性の現れたものもあり、遊戯文学ながら高級なものであった。
 寛政(1789~1801)のころから知識人たちが小説壇から身を引き、そのあとに、前期戯作に学んだ山東京伝(さんとうきょうでん)、曲亭馬琴(きょくていばきん)、十返舎一九(じっぺんしゃいっく)、式亭三馬(しきていさんば)、為永春水(ためながしゅんすい)など専門または準専門の作者が出現し、後期読本、合巻、後期滑稽本、人情本がつくりだされる。そのころには知識程度の低い一般読者が増加し、また出版機構がその間に介在して、作品の品位は低下する。人生との対決はますます薄く、「うがち」も批判性が少なくなり、趣向第一となって、「ちゃかし」「見立(みたて)」「ないまぜ」「地口(じぐち)」など技巧的なものが複雑に跳梁(ちょうりょう)している。時代の風として、その方面に名人芸的に努力したので、日本語の性格を極限にまで発揮させてもいる。しかし売文家となった後期戯作者は、読者に卑屈な姿勢を呈する一面と、前期戯作者以来の一種の文人の誇りが合して、卑下慢(ひげまん)という、いわゆる戯作者気質をもつに至った。また大衆読者に対するために、偏屈で非情な前期の風がなくなり、善や美にすなおに共感する風を回復するなどのこともあった。
 明治初期も、仮名垣魯文(かながきろぶん)、山々亭有人(さんさんていありんど)などと幕末の流れは続いたが、西欧の文学観と作風が輸入されるにしたがって、小説壇はこの風潮から脱出して、戯作は創作に、作者は作家にと近代的に変化していった。しかしこの戯作時代に、口語的表現、長編小説、なお十分でないが性格描写、心理描写、さらには馬琴のごとく人生の理法を作中に述べるなどの試みがみえて、西欧の新作風の輸入の下地をなすものがしだいに成長したことを見逃してはならない。戯作者たちも参加した狂詩、狂歌、川柳(せんりゅう)、咄本(はなしぼん)なども、同じ表現上の特色をもっている。[中村幸彦]
『中村幸彦著『戯作論』(1966・角川書店) ▽中野三敏著『戯作研究』(1981・中央公論社)』

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精選版 日本国語大辞典

ぎ‐さく【戯作】
〘名〙 (「きさく」とも)
① 戯れ、またはなぐさみに詩文を作ること。また、その作品。〔杜甫‐詩題〕
② 娯楽を主とした江戸後期の通俗小説。特に、宝暦・明和(一七五一‐七二)頃の、知識人の手になる談義本や初期読本などをさす。また、そのような小説を作ること。のち、「げさく」と読まれて、広く近世後期の通俗小説の称となる。→げさく
※読本・繁野話(1766)序「国字小説数十種を戯作(ギサク)して茶話(ちゃわ)に代ゆ」
[補注]明和・安永(一七六四‐八一)頃は、漢音で「キ(ギ)サク」と読まれているが、文化・文政(一八〇四‐三〇)頃には、呉音の「ケ(ゲ)サク」が一般化したと思われる。

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げ‐さく【戯作】
〘名〙 (「けさく」とも)
① 戯れに詩文を作ること。また、その作品。→ぎさく
※活所遺稿(1666)三「孟夏僑居武江二三十作杜鵑詩盖述思如此」 〔杜甫‐詩題〕
② 娯楽を主とした近世後期の通俗小説類。また、それをつくること。もと、宝暦・明和(一七五一‐七二)の頃、知識人が作った通俗文学の称に始まるが、その後広く近世後期小説全般をもさす。すなわち、狭義には、黄表紙・洒落本・談義本・前期読本などをさし、広義には、それらに合巻・滑稽本・人情本・後期読本・咄本などを加えた近世後期小説をいう。→ぎさく。〔浄瑠璃・神霊矢口渡(1770)〕
※人情本・春色梅児誉美(1832‐33)後「世の流行書肆の米箱をうるをす事、是将に小説家の戯作(ケサク)の種蒔万(よろづ)よしによれり」
[語誌](1)一般名詞としての「戯作」は、特に宝暦・明和(一七五一‐七一)の頃の知識人が本来の文業とはいえぬ卑俗な文章や詩文を綴る時に用いた遁辞であったが、一方で、当世風の、「おかしみ」を主とする娯楽小説が一つのジャンルとして確立、流行していった。
(2)寛政の改革(一七八七‐九三)以前の戯作は主に知識人の手になり「うがち」や「茶化し」の発想を「見立て」によって展開させたが、それは知識人たちの仲間内で洗練され成熟していったため、ある種の高踏性をもっていた。改革以後になると町人や下級武士らがこれを担うようになり、専業作者も登場し、読者層も拡大するなど、より大衆化した。
(3)②は古くは、漢音で「キ(ギ)サク」と読まれているが、次第に呉音の「ケ(ゲ)サク」の読みが一般化し、文政も末になると「ゲサク」と読まれることが多くなる。

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旺文社日本史事典 三訂版

戯作
げさく
戯作文学のことで,江戸時代の通俗文学
伝統的文学である漢詩文和歌和文などに対し,元禄(1688〜1704)以降の洒落本 (しやれぼん) ・読本 (よみほん) ・黄表紙・滑稽本・人情本などの総称。戯作者として著名なのは,山東京伝・式亭三馬・十返舎一九・為永春水など。幕末以後,仮名垣魯文 (かながきろぶん) などが出たが,政治小説・近代文学の発生とともに衰退した。

出典:旺文社日本史事典 三訂版
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