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慈恩寺【じおんじ】

日本大百科全書(ニッポニカ)

慈恩寺(中国)
じおんじ
中国、陝西(せんせい/シャンシー)省西安(せいあん)市にある寺。唐の太宗の代648年(貞観22)10月、皇太子治(ち)(後の高宗)が、母文徳皇后の慈恩に報ずべく進昌坊無漏(しんしょうぼうむろ)寺(一説に浄貴寺)址(し)に創建した寺。10余院を擁した壮大雄麗なこの寺は、インドより帰国直後の玄奘(げんじょう)三蔵を上座に迎えて、伽藍(がらん)・教学ともに当代第一と称された。651年(永徽2)玄奘伝来の経像の罹災散逸を防ぐために5層の(せん)塔が建造され、その南壁には太宗御製・遂良(ちょすいりょう)筆「大唐三蔵聖教序」碑が置かれたが、世上ではこの塔を大雁塔(だいがんとう)とよんだ。玄奘に参ずる僧俗は中インドの那提(なだい)三蔵をはじめ多くを数え、殷賑(いんしん)を極めたが、658年(顕慶3)玄奘が西明寺(さいみょうじ)に移ると、その高弟基がかわって教化に努め、法相(ほっそう)宗を成立させ慈恩大師とよばれた。玄宗の代に北宗禅の義福(ぎふく)が住し、徳宗の代にインド僧牟尼(むに)室利(しつり)が止住して栄えたが、唐末より衰微。現在は、則天武后によって7層に改修され、明(みん)の天順年間、清(しん)の康煕(こうき)年間に重修された大雁塔と仏殿および法堂などが残るのみである。[里道徳雄]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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